野田秀樹氏が中心となって旗揚げした「夢の遊民社」の元劇団員で、「いいとも青年隊」として活動していた過去もある、エンターテインメント集団「THE CONVOY(ザ・コンボイ)」の今村ねずみさん。「どの世界にも通用せず、行き場がなかった」という彼が作り出したのが、北野武さんをして「死ぬまでに一度は観るべきだ」と言わしめた、公演『THE CONVOY SHOW(ザ・コンボイショウ)』です。変わらぬエネルギーを放出し続けるねずみさんの、柔軟な姿勢とモノを考える力に迫ります。

—ねずみさんは「いいとも青年隊」だったんですよね。

 2代目ね。今言われると恥ずかしいけど、「森田一義アワー 笑っていいとも!」(フジテレビ系)のオープニングで「お昼休みは~♪」ってやっていたからね(笑)。

 その頃、夜はショーパブで働いていたので、夜中まで働いてトイレ掃除をしてから、そのまま(生放送が行われていた)新宿アルタに行っていました。でも、カメラの前に自分がいることでいろいろ錯覚するよね。

 今思うと、テレビで売れる子は売れる子なんです。そこで引っ張ってもらえる子は、引っ張ってもらえる子なんです。自分は、「夢の遊民社」にいた時も役をもらえなくて、ずっと裏方をやっていました。それで、ショーパブに行って、テレビにも行ったけど、全然どこにも通用しないなと…。

 僕は、幼い頃から音楽をやっていたわけでもないし、踊りをやっていたわけでもない。ただ役者になりたくて東京に来て、歌や踊りを本気になって勉強し始めたのは、30歳です。遅いですよね?その代わり、30歳を過ぎて本気でレッスンしましたよ。

—そう聞くと、人生に遅すぎるということはない…と希望が湧きます。

 “やりたい”という衝動に年齢は関係ないです。ただ、それを続けられるかどうかです。何十年と続けることが大変なんです。

—「ザ・コンボイ」は結成35年。こんなに長く続いているグループは珍しいです。

 我々も永遠ではないですよ。でも、なかなかありそうでないでしょう?こういう集団。男ばかりの集団で「歌って踊って、独自のエンターテイメントスタイル」というと、他もやってるじゃん、と思うかもしれないけど。…では、「ザ・コンボイ」とは何なのか。

—「ザ・コンボイ」とは何なのですか? 

 他の集団との違いは、10~60代までの男が集まって“同じこと”をする…というところ。これは、なかなかないです。ストーリーの中で生きる、このライブ感。普通の演劇の何役をやっている、とはちょっと違う味わいがあると思います。

 男版・宝塚歌劇団、ジャニーズシニア、小劇場、ミュージカル。こういうスタイルは各々はあっても、それをミックスしたものは見たことがないでしょう?ということです。全員が主役で脇役で…というストロングスタイルは、ありそうでないんじゃないかな。35年続けているおじさん達(ザ・コンボイのオリジナルメンバー)だけではなく、若者も加えてやっていますから。

—続けてこられたのは、なぜですか?

 他にやることがなかっただけだから、本当に(笑)。「ねずみさん、これやりませんか?」なんてイイ話が来たら、そっちに行っていたと思うよ。

 この世界にいたら、我が強い人たちが集まって「売れたい」「有名になりたい」となるけど、僕の場合はそういう機会があまりなかったから、セルフプロデュースするしかなかった。唯一できたのが、演劇の場だったということ。

 始まりは「役者になりたい」という思いだけで上京しました。そして、それで飯を食ってこられた。皆、1回や2回は公演ができるかもしれないけど、35年間やってきた。これが答えなんだと。

—北野武さんの「死ぬまでに一度は観るべきだ」という言葉が大きく取り上げられた時期がありましたが、あの頃はどんな思いでしたか?

 がむしゃらでしたね。あの頃は、良い作品を作ったら良いグループになると思っていました。でも、グループと作品作りは違う、これで飯を食うとなると別なんです。皆、売れたいし有名になりたいし、ここよりもあっち、となったりする。そうなった時に、グループの理想論は、あっという間に吹き飛びます。

—やはり、売れることやお客さんが入ることが大事ですか?

 そう思いませんか?綺麗事じゃないでしょう。当たり前ですよ、エネルギーになるから!一番面倒くさいのは、人ですね。「ザ・コンボイショウ」・グループ・個人、それぞれがセパレートしていくんです。やめればいい、と思っても、振り向いたらまた皆が戻ってきている。こんな面倒くさいやつとまた一緒になって、進むの戦うのって…結局、お互い信じ合ってやっているけど、芸能界は、それだけじゃできないことはいっぱいあります。

—本当にやめよう、と思ったことはありましたか?

 しょっちゅうある。打たれ弱いので(笑)。一時期、グループの方向性がバラバラになったこともあったけど、「ザ・コンボイショウ」をやることで、ホームグラウンドを持つという強さがあるんですよ。戻る場所がある。お互い贅沢になって、それに気がつかなくなっていました。

 メンバー個々のソロ活動もあれば、グループの活動もあるという感覚が芽生えた時に、またうまく動き出したというか。35年あれば、平和な夫婦はいないよね?って。俺は結婚してないから、その感覚は分からないけど。

—まだ独身なんですよね。

 これは、皆に不思議がられる“世界七不思議”です。「私生活はどうなっているんですか?」とよく聞かれるので、「僕はアイドルだから」とか答えています(笑)。

 自分の時間は、ずっと「ザ・コンボイ」の皆と過ごしてきたし、本当のこと言うと、これだけ人と付き合っているから、家に帰ってまで誰かと付き合いたくないんです。「独りにして!」と思ってしまう。だから「ザ・コンボイショウ」がハネたら、すぐ海外に行っていました。かっこいいでしょ?人に疲れて一人旅していました。

 女性と付き合ったことはあるものの、少ないですね。僕はちょっと“ウザい”タイプかもしれないけど、食事や旅行に行くにはベストパートナーになれると思う。女性と買い物に行って一緒に見るのが好きだし、「パンプス買うの付き合って」とか言われると、一緒に行って、靴売り場の店員さんと仲良く話をしながら選んだりね。

—スタイルを保つ秘訣を教えてください。

 大したことはしてないですけど、今年になって、ピラティスは今の段階で200レッスンしています。なぜかというと、今年の初めには、12月に「ザ・コンボイショウ」があるということが分かっていたわけです。となると、そこから12月に向けていろいろ始動するんですね。レッスンに行くと奥様たちが、白髪頭のおやじに「年のわりに動けますね」とか言ってくるわけ。それで天狗になっちゃって(笑)、すみません。

 実際、「ザ・コンボイショウ」を続けていたら、若い人たちも新しく入って一緒にやっているので、彼らの体に近づきたいと、努力しているだけです。

 やはり、昭和と、平成・令和の筋肉は質が違います。脳みその質だと、昭和の脳みその方がいいですよ。アナログで生きた時代なので、無駄なことをやって知恵がついています。若い人たちは、スマホがなくなったら多分生きていけないです(笑)。

—今回は、どんなショーになりますか?

 35年間の「ザ・コンボイショウ」を本当に詰め込んだので、これまでの集大成になっています。若い彼らは俺たちに何を見せてくるのか、俺たちは彼らに何を見せるのかという、お互いの出し合いもあります。初めての人はもちろん、今までずっと観てくれていた人でも、100倍楽しめる内容になっています。

【インタビュー後記】

実は、90年代に頑張ってチケットを入手し、「ザ・コンボイショウ」を観に行っていた口ですが、最近は足を運べていませんでした。今回、ねずみさんにお会いして、この35年間、一切手を抜かずにコンボイの活動を続けられてきたということは、痛いほど伝わってきました。日々鍛錬し、動ける体を作り上げる。鋭い眼光と優しい眼差しが、怖くもあり優しくもあり…。舞台に関しては相当厳しいだろうと感じたのですが、若いメンバーは物怖じせずに意見を言えています。緩急のある稽古場の様子を垣間見て、本番もしっかり観なければと思った次第です。

■今村ねずみ

1958年6月11日生まれ、北海道出身。劇団「夢の遊民社」、2代目「いいとも青年隊」を経て、1986年「THE CONVOY」を結成し、『THE CONVOY SHOW』を主宰。作・構成・演出を手掛け、自ら出演もする公演は、劇場、ホテル、日本武道館などあらゆるところで展開される。カンパニーの活動の他、舞台『蜘蛛女のキス』『キサラギ』、映画『菊次郎の夏』など多数出演。「第35回菊田一夫演劇賞」受賞。35th Anniversary THE CONVOY SHOW vol.41『コンボ・イ・ランド』は、12/10~18に東京・こくみん共済coopホール(全労済ホール)/スペース・ゼロで上演。12/30、31に大阪・森ノ宮ピロティホールで上演。