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「本当に大変な時は人のことを考えた方がいい」六角精児の‟幸せ”とは

島田薫フリーアナウンサー/リポーター
初めての帝劇で味わった感動を語る六角さん(撮影:すべて島田薫)

 現在、東京・帝国劇場で上演中の「レ・ミゼラブル」で、悪役テナルディエを演じる六角精児さん。ミュージカル界の金字塔と言われ、世界中にファンがいる作品に新たに加わる思いとは…。仕事、人生、今までとは違う夫婦の日常の過ごし方から、六角さんが思う“幸せ”までを聞きました。

-今回、初ミュージカルということになるんですね。

 細かいことを言うと、ミュージカルで本格的に歌ったり踊ったりするのが初めてなんです。2年前、「怪人と探偵」にミュージカル俳優たちと一緒には出たけど、自分はほとんど歌ってなくて。ミュージカルをよく知らないんですよ。知らないのにミュージカルがどうだとか言えるわけがないし、実際に自分がやったらどうなるのか確かめてみたいという気持ちがあったんです。

 ちょうどその時、「オーディションを受けてみませんか?」という話があって。僕は6月(24日)で59歳になるんですけど、まだ50代の頭も体もちょっとだけ融通が利く時にやってみたいと思って挑戦した次第です。

-帝国劇場も初めてだとか。

 そうです。東京だと大体の劇場に出てますけど、帝劇だけは出てなくて、ここに立ってみたいと思ったのも理由の1つです。でも、帝劇で上演されているのはミュージカルじゃないですか。僕は「Endless SHOCK」(※毎年、帝国劇場で上演される堂本光一さん主演の人気舞台)には出られないと思うんです。大体誰に言えばいいのかな…堂本光一さん?滝沢秀明さん?無理だわね(笑)。

-それでも、かなり厳しいと言われるオーディションで選ばれたわけですから。

 ダメ元でしたから、まさか受かると思っていなくて。正直、驚きました。合格を聞いて、自分も帝劇の舞台に立てるんだと喜んでいたら、日が経つにつれてプレッシャーを感じるようになって、かなり悶々としていた時期もありましてね。今は、やるしかないと比較的さっぱりした気持ちで臨んでいます。

-合格の理由は何でしょう?

 分からないな。僕が言うのも口幅(くちはば)ったいですけど、あえて言うなら「味わい」ですかね(笑)。

 実際にこの大劇場での拍手を全身で受け止めた時に、「これぞ感動!」というものを味わいました。今、このコロナの時期だから特に強いものだったのかもしれませんが、同時に、人が非日常の空間を訪ねて自分の心を動かすことが決して不要不急ではない、必要なことなんだということを強く感じましたね。僕もそこに1つ役目を持っていることを、誇りに思いました。

 僕は劇場には神様がいると思っているんです。帝劇は大きい劇場ですし、由緒あるところなので、その神様もきっと、そう簡単には認めてくれない。でも、まぁなんとか劇場に無事に立たせていただいた。最低限、参加する切符だけは手にしたという感じです。

-神様が受け入れてくれるには何をしたらいいのでしょう?

 どんなことをしても、そう簡単にはいかないと思います。これはうちの劇団(「扉座」)の横内謙介座長の言葉ですけど、「劇場に神様がいるとしたら、お芝居にただ熱心でも振り向いてくれない。何を気に入るか分からない。でも、手を抜いていたら、ある時天罰が下る」。だから一筋縄じゃいかないんです。

 一生懸命やるだけでは認めてもらえないけど、ふとしたはずみに受け入れられているという時もあるわけで…。まぁ、とても広い意味で真摯に舞台と向き合うしかないんじゃないでしょうか。

 個人的には、紀伊國屋ホールの神様には、気に入られているんじゃないかなと思うんです(笑)。今でも紀伊國屋に出ると、幸せな気持ちになります。役者には、自分が温かみを感じる劇場はいくつかあるもんで、帝劇はやっと隅っこの方に立てたことで、今、自分なりの喜びを感じています。

-「レ・ミゼラブル」への出演が決まり、何かしたことはありますか?

 去年の8月から、ボイストレーニングを始めました。自分の喉(のど)を楽器として使うので、下半身を鍛えて横隔膜を利用する形を作っていくんです。声を喉の前ではなく、奥の方で出す訓練をしていく。バンドでボーカルはやってますけど、そんなこと考えて歌っていませんでした。この作品はセリフのように聞こえるものも、全部、音符になってるんですよ。音符にセリフを乗せてしっかり言わなきゃいけない役なんです。

 実際、稽古を始めたらかなり難しい。「譜面に書いてある」と言われるんですけど、歌の難易度、精密度が今までと格段に違いますから。壁を越えた時の達成度合いは大きいんじゃないかと思います。

-今の時点で点数をつけるとしたら?

 点ですか? 50点くらいじゃないでしょうか。不合格ですかね。でも多分50点くらいだと思います。足りないところは、これからお客さんとの間で見つけていこうと…。僕は唯一、お客さんに芝居を投げかけることのできる役なので、千秋楽に初日とは何か違ったものをつかめていたらいいなと思っています。

-今、世の中は大変な状況が続いていますが、六角さんは常に変わらない。自然体ですよね。

 1つ悪いことがあると、次も悪いことがあると連鎖的に考えるかもしれないけど、僕の場合はあまり悩まない。今のコロナにしても、外からの要因が多い。それを自分が避けようと思って避けられますか?だとしたら、どうしようもないことを考えるより、「きょう1日は楽しく生きていこう」という気持ちでいた方が、もし次の日にロクでもないことが起こったとしても、あきらめがつくと思うんですよね。

 コロナだけでなく、自分の周りで起こっているほとんどのことは、自分の考えが元になって起きたことじゃないと思うんです。だったら、本当に大変な時は人のことを考えた方がいいですよ。

 僕だったら、嫁さんのことを考えます。自分が大変だと思ったら、一緒にいる嫁さんはもっと大変だと思って、彼女が喜ぶことを考えます。たとえば、「きょうあいつは何が食べたいだろう」と考えて、自分が食べたいものと照らし合わせて買っていく。自分も奥さんも酒を飲むから、ちょっと遠回りして焼き鳥を買っていったり、この間はアップルパイを買っていったな。自分は食べないけど会話になるしね。

 こういうことは前の結婚の時にはできてなかったけど、今、こう言えているのは、人から優しさと愛情をもらって、自分の中の優しさの器が満たされているからかな(笑)。今、幸せなんだと思う。

-六角さんが思う幸せとは何ですか?

 別に大きな仕事に就きたいとか全然思ってないし、何かやりたいことがあるわけでもない。ただ幸せだと思うことは1つだけあって、誰かに何かを頼まれた時に、そのことを自分なりにクリアすること。ハードルが高ければ高いほど、振り返った時によかったなと思えるんです。

 俳優としてやることはけっこう辛いことが多くて、今回はミュージカルで大変でしょ。他の時も大量のセリフがあったり、難しい役が来たりして困難が伴います。でも、その困難を越えた時の充足感が、自分にとって幸せなんじゃないですかね。求められていることが俳優ならば、その中で自分なりに精いっぱいあがきたいと思います。

-コロナ禍で変わったことはありますか?

 お酒を飲む量が少なくなった。(コロナ前は)お店に行ったら「飲まなきゃいけない」ってわけじゃないけど、周りの人と話しながら飲むからお酒が進む。今、家で奥さんと2人で飲んでいると、3杯で眠くなるんだよね。寝るのが早くなったよ~。子供みたいに10時になったらそろそろ寝ようかって。夜中2時に寝ていたのが4時間早くなったね。

-健康的にはいいですね。

 果たしていいのかどうか。もうちょっと自堕落な生活や意味のないことが自分の生活には必要だと思うけどね。なんでもないことや無駄なことってけっこう大切だから。

【インタビュー後記】

写真撮影の時は「♪タラタラタッ、タラタラタッ」と、ずっとテナルディエの曲を歌ってくれていた六角さん。話を聞いていると、とてつもない努力はされているのでしょうが、不思議と肩の力が抜けるというか、考えてもどうにもならないことは悩んだりせず、少し無駄な時間を作るのも大事かなという気持ちになります。破天荒なエピソードも多い方ですが、優しさあふれる夫婦の日常も、つい顔が緩んでニコニコしながら聞いてしまいました。

■六角精児(ろっかく・せいじ)

1962年6月24日生まれ。兵庫県出身。1982年より劇団「善人会議」(現「扉座」)創立メンバーとして、主な公演に参加。その後、テレビや映画などで幅広く活躍する。2000年から出演した「相棒」シリーズで人気を博し、2009年の「相棒シリーズ鑑識・米沢守の事件簿」で映画初主演。近年の出演作はWOWOW連続ドラマW「華麗なる一族」、NHK連続テレビ小説「おちょやん」、映画「すばらしき世界」など。歌とギターを担当する「六角精児バンド」でも活動。「レ・ミゼラブル」は東京・帝国劇場で7月26日まで上演中。東京公演後は福岡、大阪、長野でも上演される(8月4日~10月4日)。

フリーアナウンサー/リポーター

東京都出身。渋谷でエンタメに囲まれて育つ。大学卒業後、舞台芸術学院でミュージカルを学び、ジャズバレエ団、声優事務所の研究生などを経て情報番組のリポーターを始める。事件から芸能まで、走り続けて四半世紀以上。国内だけでなく、NYのブロードウェイや北朝鮮の芸能学校まで幅広く取材。TBS「モーニングEye」、テレビ朝日「スーパーモーニング」「ワイド!スクランブル」で専属リポーターを務めた後、現在はABC「newsおかえり」、中京テレビ「キャッチ!」などの番組で芸能情報を伝えている。

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