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「低価格ライター」の起用は搾取なのか? ゲーム攻略サイトの労働条件を考える

鴫原盛之ライター/日本デジタルゲーム学会ゲームメディアSIG代表
低価格で働く、ゲーム攻略サイトのライターが増えた理由とは?(※画像はイメージ)(写真:アフロ)

「パズドラ」や「モンスト」など、スマホ用ゲームの大ヒットを機に相次いで攻略サイトが誕生した。

ブームに乗ってサイト運営側が大きな収益を上げた一方、非常に安い原稿料でライターに記事を発注するサイトも出現し、それを抵抗なく引き受けるライターも少なからず存在した。なかには労働の対価としてまったく釣り合わない、ライターとして生計を立てるのはとうてい不可能な、信じられないほどの低価格で記事が書かれたケースも実際にあった。

いったいなぜ、かくも低価格で記事が作られるようになったのだろうか? その実態を明らかにすべく、2013年から攻略記事の掲載を始めた、現「SQOOL.NETゲーム研究室」を運営する、株式会社SQOOL代表取締役の加藤賢治氏にお話を伺ってみた。

株式会社SQOOLの加藤賢治氏(筆者撮影)
株式会社SQOOLの加藤賢治氏(筆者撮影)

素人ライターがクラウド求人サイトから殺到、「100円ライター」も出現

加藤氏の運営するサイトでは、2013年からスマホ用ゲームの攻略記事の掲載を始めたところ、人気を集めたことから記事を増やすべく、外部のライターも起用するようになった。ライターを募集するにあたっては、サイト内で告知をするだけでなく、クラウド求人サイトも利用していた。

「当時はスマホ用ゲームが大好きです、ライターをやりたいですという人がすごく多くて、クラウド求人サイトにはたくさんのライターが集まっていました。攻略サイトを運営する側としも、クラウド求人サイトを利用すれば人を探す手間もお金も掛からないですし、うちのような知名度の低いサイトでも人が集めやすいので、すごく便利でしたね」(加藤氏)

ライターを集めやすくなったとはいえ、クラウド求人サイトにはプロだけでなく、商業誌で執筆した経験のない、まったくの素人も当時はたくさん集まっていたという。

「『とにかく書きたい、自分の好きなゲームの記事が書けて、しかもお金がもらえるなら楽しくて言うことがありません』という学生や主婦が圧倒的に多く、『大金はいらない、安くてもお小遣いさえ稼げればやりたい』という人もたくさんいました。

 つまり、ゲーム代が欲しい、課金アイテムやガチャを買うお金さえもらえればいいという、プロの仕事というよりはゲーム代の確保がそもそもの動機だったんですね。

 ごく一部ですが、もの凄いコアなゲームファンで、とても良い記事を書くライターもいました。でも、それだけの才能があってもプロとして生計を立てようとは一切考えず、ガチャさえ回せればそれでいいという考えでやっていたんです。

 その結果、『たまにお小遣いが入ればいい』という素人と、『仕事として生計を立てているので、記事1本につき数万円が欲しい』というプロのライターとを比べた時に、素人のほうが攻略記事のクオリティが勝つという、言わば逆転現象が起きたんです。

 速攻でゲームをクリアして記事を書く素人と、プロのライターとを比べたときに、表現力は多少劣っていても素人が書いた記事のほうが読まれることが、一時期ずっと続いていました。そこで、価格のアンバランスが生じてしまったんですね」(加藤氏)

「SQOOL.NET研究室」のトップページ(筆者撮影)
「SQOOL.NET研究室」のトップページ(筆者撮影)

「小遣いさえ稼げればそれでいい」という素人ライターが増えた結果、プロとして生計を立てているライター側から見れば、彼らの存在が原稿料の相場を大きく下落させたということになる。とはいえ、素人でも多くのPV数を稼ぎ出せる実力の持ち主が実際にいる以上、相場が安いほうへと引っ張られるのは必然と言えよう。

「プロのライターから見れば、『そんなに相場を下げないでくれよ』とみなさん思ったことでしょう。でも、市場価格というのは需要と供給のバランスで決まるものですから、我々から見れば、もうそれはどうしようもないことなんです。

 一時期、『100円ライター』という時代がありました。素人とプロのライターとが一緒くたになってしまいましたので、そうするとプロの原稿料も当然引き下げられるわけです。もし100円で記事を書くライターがいたとすれば、専らPV数を稼ぐことで生きているサイトは、当然ながら安く引き受けてくれるライターに仕事を頼みますからね。

 安い原稿料で記事を書く人がたくさんいたからこそ、低価格問題が起きたわけです。しかも、攻略記事を自分たちで書かずに、『(ほかのサイトからパクって)コピペしてね(※)』というサイトもいろいろと存在する状況でしたので、『じゃあ100円でお願いします』という案件が出てくるわけです」(加藤氏)

なお加藤氏は、原稿料の相場の下落が進んだ状況にあっても、自身のサイトではライターのパクリ行為は一切禁止しており、原稿料の低価格化は問題であるとの認識をずっと持っていたそうだ。

「うちのサイトでは雇用ではなく、『記事1本につき、何円払います』という業務委託ですべてお願いしていました。うちで仕事をずっと続けてくれているライターの単価は、少しずつですが上げるようにはしていましたが、大手に比べるとどうしても力が劣っていました。

 それでも、『ほかのサイトはもっと安かったです』『こんなにもらっていんですか?』とか、『SQOOL.NETの原稿料は、ほかの3倍ですよ』というお話を、うちで記事を書いていたライターから何度か聞いたことがありました。

 攻略記事に関しては、本当は時給換算で1,200円とか、それ以上の金額にしたかったのですが、ここは私の不徳といたすところで本当に申し訳ないなのですが……残念ながら、1,000円にも満たなかったライターが多かったと思います」(加藤氏)

僭越ながら、筆者はスマホ用ゲームに特化した攻略サイトで仕事をした経験はない。その理由は、まさに原稿料の相場が安過ぎるからなのである。

(※ゲーム攻略サイトのパクリ問題については、同じく加藤氏にご登場いただいた拙稿、駆逐されたゲーム攻略サイト 激減に追い込んだまとめ・パクリサイトの手口にて書いているので、詳しくはこちらをお読みただきたい。また、ライターなのに平気で記事をパクってしまう、倫理観の欠如も非常に根が深い問題であり、機会があれば改めて書いてみたい)

現在の「SQOOL.NET研究室」のゲーム攻略記事コーナー(筆者撮影)
現在の「SQOOL.NET研究室」のゲーム攻略記事コーナー(筆者撮影)

ライター、攻略サイト運営側の双方にあった「甘え」

ゲーム攻略サイトが多くの読者を集め、記事の需要がたくさんあったにもかかわらず、原稿料の相場は低下したまま上昇に転じなかったのはなぜなのか?

加藤氏は、そこには「甘え」の構造があったことを指摘する。

「まず、ライター側のお話からしますと、『原稿料をアップして』と、自分から交渉をしようとする人がほとんどいないんです。ある程度の実績を積んだら、『もっと上げてほしい。私はこんなことができますので、これだけの金額を出してください』って言えるはずなのですが。

 先程、うちでは少しずつ原稿料を上げていたとお話をしましたが、それは元々の金額が低過ぎたから、徐々に上げていったんですね。黙ったままでも金額が勝手に上がることはまずないですから、『上げてほしい』と言ったほうががいいとは思うのですが、そういう文化がないように思いますね。

 原稿料が自然に上がるのは、『そのライターが、うちのサイトからもしいなくなったら困る』という場合しかないと思います。でも、実はそういうケースはほとんどありません。ライターがよほど特別なスキルを持っていない限りは、もしいなくなっても別のライターに仕事を頼めば解決してしまいますので、普通の会社みたいに定期昇給のようなことを考えなくてもいいんですね。

 挙句の果てには、安い金額でも引き受けるライターも現れるようになって、そこと比べられて『高い』と言われてしまうという、とても複雑な事情が起きてしまったわけです。でも、メディアの立場としては、儲けさせてくれるライターにはきちんと払いたいんですよ。

 うちのサイトでは、ある程度の実績を持っているライターには、アナリティクスのデータを公開しています。ところが、せっかく開示をしても、そこで見られる数字を意識したうえで、一生懸命考えて仕事をするライターはごく少数なんです。でも、数字を意識して仕事ができるライターは、やっぱり成果が出せるようになって、金額も上がるんですね。

 逆に、数字を開示したら思った以上に自分の記事を読まれていなくて、ショックのあまり辞めてしまうライターもいました。記事のタイトルやアイキャッチで見せ方を工夫できず、読者の興味を引けなかった編集側の責任も、もちろんあるとは思いますが」(加藤氏)

「SQOOL.NETゲーム研究室」のゲーム攻略コーナートップページ(筆者撮影)
「SQOOL.NETゲーム研究室」のゲーム攻略コーナートップページ(筆者撮影)

また加藤氏によれば、社会経験に乏しく未熟なため、自分自身が搾取されていることにまったく気付かないライターもいたとのこと。そこに付け込んでライターを安くこき使う、言わば「やりがい搾取」で儲けたサイトも確かにあったという。

「今は減りましたが、特にゲーム系のサイトは、あからさまに搾取をしている所が多かったですね。私は攻略サイトを運営する側として、なるべくそういう状況にならないようにしてきたつもりですが、そんな搾取をするサイトが現れる業界になってしまったことに対しては、本当に申し訳ないと思っています……。

 繰り返しになりますが、プロのライターがじっくり時間を掛けた記事よりも、素人のゲームファンが素早く攻略して書いた記事のほうが読まれるという時期がしばらく続いていました。そこを逆手に取って、常識的にはあり得ないような低価格で記事を書かせていたサイトもあったようです」(加藤氏)

つまり、低価格でも仕事を引き受けるライターに依存してしまうという、メディア側の「甘え」もあったのだ。

では、まだキャリアが浅く、社会経験の少ないライターが不当な搾取を受けないよう、「甘え」にはならない程度にフォローする仕組みはないのだろうか? 例えば、クラウド求人サイト内に、事前審査によって異常な低価格案件の掲載を止めるシステムを作るとか、あるいはライターとメディア側との賃金交渉をサポートする仕組みを用意してくれれば、まだ駆け出しのライターでもより安心して仕事に取り組めるだろう。

だが、現時点ではそこまでの体制は出来上がっていないようだ。

「当初は『安く使ってやろう』という目的で、クラウド求人サイトを利用した所は、おそらくなかったと思います。プロのライター以外にも、『小遣いさえ稼げればいい』という素人もたくさんいましたので、低価格でも仕事を受けてしまう人が多く集まるという、そういう特徴があるプラットフォームだということですね。

 クラウド求人サイトは、いろいろな人に等しく仕事の機会を与えるという意味では、すごく社会性のあるプラットフォームだと思います。原稿料の低価格化を招いたのは、サイトの仕組み自体がそうさせたと言うよりは、素人ライターと攻略サイトが結び付きやすくなったということでしょうね。ですが、低価格化の『歯止め』ということに関しては、仕組みがまだまだ弱いと思います」(加藤氏)

ライターとしての基本的なスキルを持つ書き手よりも、コアなゲームファンの素人が書いた記事のほうが人気が出るという、ゲーム攻略サイト特有の現象が発生した結果、原稿料の相場がある時期から一気に低下した。そんな状況下にありながら、ライター側も攻略サイトの運営側も問題意識が低く、未解決のまま現在に至っているのである。

一朝一夕に解決する問題ではないだろうが、今後は攻略サイトに従事する誰もが適正な報酬かどうかを考える意識が高まり、それぞれがWin-Winとなる関係が構築されることを願ってやまない。無論、そのためには掲載される攻略記事が、商品として相応のクオリティが担保されることが大前提であることは、改めて言うまでもない。

ライター/日本デジタルゲーム学会ゲームメディアSIG代表

1993年に「月刊ゲーメスト」の攻略ライターとしてデビュー。その後、ゲームセンター店長やメーカー営業などの職を経て、2004年からゲームメディアを中心に活動するフリーライターとなり、文化庁のメディア芸術連携促進事業 連携共同事業などにも参加し、ゲーム産業史のオーラル・ヒストリーの収集・記録も手掛ける。主な著書は「ファミダス ファミコン裏技編」「ゲーム職人第1集」(共にマイクロマガジン社)、「ナムコはいかにして世界を変えたのか──ゲーム音楽の誕生」(Pヴァイン)、共著では「デジタルゲームの教科書」(SBクリエイティブ)「ビジネスを変える『ゲームニクス』」(日経BP)などがある。

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