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プレー中は気づかないゲーム音楽の裏側 音楽のプロによる異例のレビュー本誕生の訳

鴫原盛之ライター/日本デジタルゲーム学会ゲームメディアSIG代表
「ゲーム音楽ディスクガイド」を監修した田中治久氏(筆者撮影)

レコードやカセットテープの時代から現在に至るまで、ゲームに使用されているBGMや、原曲をアレンジした楽曲などを収録したアルバムが数多くリリースされている。筆者も幼い頃からゲーム音楽が大好きで、今でも仕事や移動の最中などに愛聴し、新品・中古を問わず、ゲーム音楽が収録されたアルバムをときどき購入している。

これはあくまで私見だが、ゲーム音楽のアルバムを購入する際は、メーカーの公式サイトや通販サイトで検索しても、聴きたいゲーム音楽は実際に音源化されているのか、作曲者は誰なのか、あるいは専門家による評価はどのくらいかといった情報が見つからない場合があることが、今も昔も悩みの種だ。

しかし、そんな悩みを解決してくれそうな1冊の本が、今年の5月に発売された。その名もズバリの新刊、「ゲーム音楽ディスクガイド」である。

本書は、音楽およびゲーム音楽に造詣の深いライターが選んだ名盤の数々を、およそ270ページにわたって掲載している。筆者も早速購入して拝読したところ、今までその存在すら知らなかったアルバムが多数紹介されているだけでなく、筆者のようなゲームメディア出身者とはまったく違う視点で語られた、レビューの面白さにもたいへん感銘を受けた。

本書のライティングスタッフは、いったいなぜゲーム音楽にフォーカスした本を作ろうと思ったのだろうか? 本書の監修を手掛けたゲーム音楽史研究家で、作曲・編曲家でもある田中”hally”治久氏(以下、hally氏)にお話を伺った。

「ゲーム音楽ディスクガイド」(※画像提供:Pヴァイン)
「ゲーム音楽ディスクガイド」(※画像提供:Pヴァイン)

ゲーム音楽を「音楽」として論じた、本書ならではの価値

hally氏によると、本書の制作が決まったきっかけは、電子音楽やクラブ音楽などを中心に紹介する音楽雑誌の編集部が、ゲーム音楽に関心を持ったことだったという。

「ゲーム音楽は長年、一般的な音楽メディアにほとんど扱ってもらえない存在だったのですが、2014年にインターネット上で『Diggin' in The Carts』という、日本のゲーム音楽の歴史を追ったドキュメンタリーが公開され、これが今までゲーム音楽に関心を示さなかった音楽メディアが興味を持つ、ひとつの契機になったんです。

 2017年には、『Diggin' in The Carts』の第2弾企画として、日本のゲーム音楽のコンピレーションアルバムがリリースされたのですが、この時に電子音楽に強い雑誌『ele-king(エレキング)』が、『Diggin' in The Carts』の監督にインタビューを行ったところ、そこから発展する形で、ゲーム音楽のディスクガイドをぜひ作ったみたいという構想が生まれたんです」(hally氏)

(参考リンク:「Diggin' in the Carts エピソード1: テレビゲームミュージックの到来」)

https://www.redbull.com/jp-ja/diggin-in-the-carts-episode-1-2017-15-04

本書のレビューは、「このゲームのこの曲は、〇〇という音源を使用している」「このアレンジ曲は、ここにしか収録されていない」など、ただゲームを遊ぶだけでは気付かない、楽曲に関する詳細な情報が掲載されている。また、ゲーム自体の知名度や、ファンの評価が高いものを優先して載せるのではなく、あくまで音楽だけを基準にして掲載する作品を選んだのも、本書ならではの特徴だ。

「本書は『Diggin' in the Carts』の延長線上にあるものですから、『ゲーム音楽ファンのためのゲーム音楽ガイド』という域を超えて、電子音楽または音楽全般が好きなすべての人に対してアプローチできるものにするというコンセプトにしました。ですから、ゲーム音楽を純粋に『音楽』として捉えて、うまく読ませる文章を書けるライターが必要となるのですが、これが実はなかなかいないんです」(hally氏)

そこで、ゲーム音楽を音楽の1ジャンルとして見たうえで、レビューができるのは誰なのかということで、hally氏をはじめとするゲームにも音楽にも詳しいライター陣に白羽の矢が立ったというわけだ。

アイドルタレントや著名人の歌が収録された、今となっては懐かしい、そして珍しいアルバムも詳しく解説されている(筆者撮影)
アイドルタレントや著名人の歌が収録された、今となっては懐かしい、そして珍しいアルバムも詳しく解説されている(筆者撮影)

とはいえ、現在までにゲーム音楽に関するアルバムだけでも、配信も含めると実に数万タイトルもの数がリリースされている。膨大なタイトル数のなかから、いったいどうやって、あるいはどういうコンセプトによって、最終的に掲載タイトルを約950タイトルに絞ったのだろうか?

「まずはみんなに書きたい作品を自由に選んでもらって、その中から1,000タイトルぐらい選ぶ形でスタートしようと決まっていました。最初の候補リストには1,300タイトルほどあったので、そこから全体のバランスを考えながら掲載するものを絞り込みました。

 監修者の立場としては、本書の構成、章立てをどうするかが一番悩みましたね。たいていのディスクガイドは年代順、またはアーティスト順に並べて書いてあるのですが、ゲーム音楽の場合はどちらの方法でもうまくいかないんです」(hally氏)

では、章立ては最終的にどうやって決めたのだろうか?

「プレイステーションが登場するくらいの時代までは、基本的にはゲームメーカーごとに分けて、さらにメーカー単位でハードごとに分けて掲載すれば大丈夫だろうと思っていましたので、実際にそのとおりにまとめました。でも、そこから先の時代は、メーカーという括りがあまり大きな意味をなさないケースが増えてくるんです。

 じゃあ、どうやってまとめればいいのか、いろいろと考えた結果、『音楽性』から切り取る方法を思い付きました。例えば、これはロックみたいだとかジャズみたいな曲だなとか、そういう観点から分類をしたんです。ゲーム音楽について、そういう切り口から掘り下げて書いた本は、今までほとんどなかったんですね」(hally氏)

その結果、例えば本書の「第4章 ハード制約から解放された音楽」では、「シンフォニック」「プログレ」「フュージョン」などのジャンルで作品を分類して掲載したことによって、筆者のように音楽に明るくない読み手にも、「このゲーム音楽は、このジャンルに寄せたものなんだな」ということがわかりやすくまとまっているのだ。

さらに、本書の章立てを決める過程において、「メーカーやアーティストが『音楽性』を生み出す時代から、『音楽性』がメーカーやアーティストを引き寄せる時代への転換が、プレステが出た辺りの時代にあったことに気付けたのは大きな発見でした」と、hally氏が指摘したことも、ゲーム音楽の歴史や文化を語るうえでは、非常に大きなポイントとなるのではないだろうか。

コナミのゲーム音楽アルバムを解説したページより。使用音源の名称や特徴なども挙げつつ、音楽ライターの目線で書かれたレビューはどれも読み応えがある(筆者撮影)
コナミのゲーム音楽アルバムを解説したページより。使用音源の名称や特徴なども挙げつつ、音楽ライターの目線で書かれたレビューはどれも読み応えがある(筆者撮影)

ただ欲を言えば、本書で取り上げた作品の一部は、現在どこで入手できるかが書かれていないので、入手方法もすべて併記してくれればよかったと思われる。とはいえ、「実はこんな作曲技法を使用していた」「この作曲者は、本作がデビュー作だった」などといったように、自身が過去に何度も聞いた曲であっても、レビューを通じて新たな情報がたくさん得られるので、読んでいてとても楽しい。

「ゲーム音楽文化は、日本以外にもアメリカやヨーロッパなど、ぞれぞれの地域で独自に発展をしていったのですが、少なくとも20世紀の時代は、ゲーム音楽だけのレコードが商売として成立し、独自のマーケットが完全に出来上がったのは日本だけです。日本が誇る、成熟した音楽文化であるというのは間違いありません。

 でも、ゲーム音楽の存在は知っているという人でも、その全体像を把握するのはとても難しいんですね。ゲーム音楽と言われて思いつくものは、人によって『マリオ』だったり『ドラクエ』だったりとさまざまで、自分がプレイしたことのある範囲内でイメージを限定してしまいがちです。例えば男性ですと、いわゆるBL系作品はまず遊ばないと思いますが、そこにも独自性のある音楽があり、良い曲も間違いなくあるんですね。

 そういう自分でイメージできる範ちゅうには収まり切らないような、ゲーム音楽の広さ、懐の深さを知ることができる一冊になっていると思いますので、ぜひお読みいただければと思います」(hally氏)

海外で発売されたアルバムも数多く紹介されている(筆者撮影)
海外で発売されたアルバムも数多く紹介されている(筆者撮影)

本書によって、ゲーム音楽の研究がさらに進む可能性も

本書のように、ゲーム音楽をゲーム自体と同一視するのではなく、音楽のなかの1ジャンルとして論じた本は極めて珍しい。

ゲーム音楽を専門に研究している、中部大学の尾鼻崇氏にお話を伺ったところ、「ゲーム本体と音楽を切り離し、音楽として優れたゲームの音盤を紹介するというアプローチは珍しく、その点において類書はないと言っていいのではないでしょうか。ゲーム音楽に関係する書籍の内容が、産業的に成功したタイトルや、高名な作家が関わるタイトルに集中しがちな点からしても、本書の独自性は十分にあると考えます」という。

ゲーム音楽が音盤化された、草創期の作品も詳しく説明されている(筆者撮影)
ゲーム音楽が音盤化された、草創期の作品も詳しく説明されている(筆者撮影)

また尾鼻氏からは、本書はゲーム音楽の研究、および教育の現場でも有用であるとの見解もいただいた。

「研究面はもとより、教育面における活用が期待できます。ゲーム音楽というカテゴリーは『ゲームのための音楽』であり、『教会の音楽』や『映画の音楽』と同様に、その音楽の目的や役割に沿ってカテゴライズされたものといえます。そのためゲーム音楽には、サラダボウルのように極めて多様なタイプの音楽が内包されています。その意味で、ゲーム音楽は現代の音楽の縮図という意味も持ちます。

 これらをリアルタイムで、20世紀のゲームを体験してこなかった若い学生に伝えるための手段として、本書はとても有用です。本書を用いることで、ゲーム音楽を(広い意味での)音楽史の中に位置づけることができると考えられるからです」(尾鼻氏)

本書の発売を機に、ゲーム音楽の魅力が少しでも多くの人に伝わり、また研究・教育機関でも活用され、文化の発展にも寄与することを願ってやまない。

 (c)2019 ele-king books / P-VINE, Inc.

ライター/日本デジタルゲーム学会ゲームメディアSIG代表

1993年に「月刊ゲーメスト」の攻略ライターとしてデビュー。その後、ゲームセンター店長やメーカー営業などの職を経て、2004年からゲームメディアを中心に活動するフリーライターとなり、文化庁のメディア芸術連携促進事業 連携共同事業などにも参加し、ゲーム産業史のオーラル・ヒストリーの収集・記録も手掛ける。主な著書は「ファミダス ファミコン裏技編」「ゲーム職人第1集」(共にマイクロマガジン社)、「ナムコはいかにして世界を変えたのか──ゲーム音楽の誕生」(Pヴァイン)、共著では「デジタルゲームの教科書」(SBクリエイティブ)「ビジネスを変える『ゲームニクス』」(日経BP)などがある。

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