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藤井風、Vaundy、BE:FIRST……。世代交代の紅白に「3年ぶりに戻ってきた」ものとは

柴那典音楽ジャーナリスト
(紅白歌合戦公式ウェブサイトから)

『第73回NHK紅白歌合戦』が開催された。

復活した賑やかな「お祭り騒ぎ」演出

3年ぶりにNHKホールでの有観客での開催となった今回の紅白。大勢の出演者たちがステージに揃ったオープニングから、過去2年は影を潜めていた賑やかな演出が戻ってきたことがまずは印象的だった。

ステージと観客が一体になって会場は大きな盛り上がりを生み出していたし、出場者同士のコラボも見どころになっていた。

ただ、そこには良し悪しがあったと言わざるを得ないだろう。たとえばSEKAI NO OWARI「Habit」ではFukaseが楽屋エリアから歌いながらNHKホール内を移動し、ダンサーに加え出場者たちもステージに多数登場してTikTokで話題になったダンスを踊った。こうした紅白でしか観られないような華やかなパフォーマンスもあった一方、前半の「謎解き紅白」や「きつねダンス」のくだりなど、エンタメ性や企画性の面でも首を傾げてしまうような演出もあった。

とはいえ、特に2010年代に入ってからの紅白歌合戦は、単なる音楽番組というよりも、今年流行ったもの、ニュースになったこと、アニメやドラマやスポーツの名場面など、さまざまな要素を数時間の中で次々と見せていく「エンタメのごった煮」的な側面もあった。そうした番組構成が久しぶりに戻ってきたと言うこともできるだろう。

BE:FIRSTのダンスの切れ味、AR技術を駆使したウタの演出

ここからは、特に印象的だったパフォーマンスについて触れていきたい。

まずはBE:FIRST。プレデビュー曲の「Shining One」を紅白歌合戦のために新たに制作されたダンスパートを織り交ぜたスペシャルパフォーマンスで披露。一糸乱れぬダンス、特にブレイク部分の動きには目を釘付けにする切れ味が宿っていた。

ウタの「新時代」も、かなり挑戦的な演出だった。ウタは映画『ONE PIECE FILM RED』に登場するヒロインの歌姫で、歌唱はAdoが担当。アニメキャラクターとしては紅白史上初の出場となる。背景のLEDビジョンにアニメーション映像を映しつつ、3DCGのキャラクターが歌い踊るという演出だ。AR技術を用いたリアルタイムの3Dレンダリングで生身のダンサーとウタが共演するという見せ方には、NHKの高い技術力を感じた。

ハイライトとなった藤井風とVaundy

初出場で最も強いインパクトを与えたのはVaundyだろう。22歳の現役大学生にしてすでに多くのヒット曲を持つ彼は、その中から「怪獣の花唄」を披露。バンド編成でのステージは、力強い歌声にも、客席を煽った言葉にも、骨太の迫力を感じさせるものだった。続けてmilet、Aimer、幾田りらと4人で歌った「おもかげ」も、三者三様の個性的な声を持つ女性ボーカリストとの抜群のハーモニーを聴かせてくれた。

そして、ハイライトとも言えるのが、藤井風だった。サプライズのステージ登場で多くの人たちを魅了した昨年に続き、今年はTikTokをきっかけに世界中にバイラルが広まり2022年に海外で最も聴かれた日本の曲となった「死ぬのがいいわ」を披露。直前に密着取材をした番組『NHK MUSIC SPECIAL 藤井風 いざ、世界へ』が放送されていたこともあり、この曲がグローバルな現象を巻き起こした背景をしっかりと解説してからのパフォーマンス。真っ赤な照明の光の中でのグランドピアノの情熱的な演奏から、最後に倒れ込む場面まで、目が離せないパフォーマンスだった。

ベテラン勢の存在感

終盤には松任谷由実、安全地帯、桑田佳祐の出演が続いた。

松任谷由実は「松任谷由実 with 荒井由実」という名義で、70年代の荒井由実の歌声をAIで再現するという触れ込みだったが、最新テクノロジーよりもSKYEの鈴木茂、小原礼、林立夫、松任谷正隆をバックにした「卒業写真」のアナログではあるが豊かな歌と演奏のほうに感じ入った。

安全地帯も、冒頭の玉置浩二の「メロディー」の弾き語りも含めて歌声の持つ力を存分に伝えてくる演奏だった。桑田佳祐 feat. 佐野元春, 世良公則, Char, 野口五郎「時代遅れのRock'n'Roll Band」は事前の収録だったが、冒頭のブルースのセッションから加山雄三のカバーも含めて、たっぷりと時間をとってこの面々が集まったことの意味や貴重さを伝えるものだった。やっぱり印象に深かったのは、これが初めての出演となる佐野元春の姿だろう。桑田佳祐から佐野元春へのリスペクトを感じるような演出でもあった。「同級生」という設定でこれだけのレジェンドが集まっている中、自然体で混じってベースを弾いているハマ・オカモトもさすがだった。

11月に『紅白歌合戦』の第1弾出場者が発表されたときには「馴染みのある歌手がいない」という批判の声が主に中高年層から聞かれたりもしたが、結局のところ、特に後半の「特別企画」の流れは70年代から第一線で活躍し、今年にアニバーサリーイヤーを迎えて旺盛な活動を繰り広げてきたベテランの歌手が続いて登場する構成となった。加山雄三や鈴木雅之の出場も含め、年齢層の高い視聴者への配慮も感じる番組企画でもあった。

総じて言えるのは、会場が再びNHKホールになったことによって、これまで以上に「生で歌うこと」の迫力や価値が増したということ。2010年代あたりから紅白はいつも前半の「賑やかし」を後半の「歌の力」が凌駕してくるような全体構成になっていた。今年の紅白に「戻ってきた」のはそのことだったとも言えるだろう。

音楽ジャーナリスト

1976年神奈川県生まれ。音楽ジャーナリスト。京都大学総合人間学部を卒業、ロッキング・オン社を経て独立。音楽を中心にカルチャーやビジネス分野のインタビューや執筆を手がけ、テレビやラジオへのレギュラー出演など幅広く活動する。著書に『平成のヒット曲』(新潮新書)、『ヒットの崩壊』(講談社現代新書)、『初音ミクはなぜ世界を変えたのか?』(太田出版)、共著に『ボカロソングガイド名曲100選』(星海社新書)、『渋谷音楽図鑑』(太田出版)がある。

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