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マカロニえんぴつ、Saucy Dog……2022年の音楽シーンはロックバンド復権の1年に

柴那典音楽ジャーナリスト
マカロニえんぴつ(画像提供:トイズファクトリー)

2022年の音楽シーンに、新たな潮流が生まれつつある。

その一つが「ロックバンドの復権」だ。

コロナ禍の2年間は、バンドシーンにとっては試練の時期だった。ライブハウスの苦境に加え、フェスの中止や延期が相次いだことで、新人バンドがライブの現場で人気を広げる機会が失われてきた。YOASOBIやAdoなどネットカルチャー発のニューカマー、優里や川崎鷹也などTikTokをきっかけに人気を広げたシンガーソングライターがブレイクしてきた2020年から2021年のトレンドの背景には、そういった事情もあった。

が、2021年下半期には、そうした逆風の中でも着実に力をつけてきた実力派のロックバンドが飛躍を果たしてきた。その代表が、1月12日にメジャー1stフルアルバム『ハッピーエンドへの期待は』をリリースしたマカロニえんぴつだ。

■マカロニえんぴつの巧みなソングライティング

マカロニえんぴつの魅力は、はっとり(Vo & G)を筆頭にメンバー全員が音大出身のバンドならではの巧みなソングライティングにある。ルーツに挙げるのはユニコーン。他にもハードロックやプログレ、ブラックミュージックなど多彩な影響源を融合したユニークな音楽性、耳に残るキャッチーなメロディが武器だ。

これまで数々のタイアップ曲を発表してきたが、昨年11月にリリースした「なんでもないよ、」は真っ直ぐな愛情を歌い上げる歌詞が受けノンタイアップながらストリーミングチャートを席巻。昨年末には『第63回輝く! 日本レコード大賞』で最優秀新人賞も受賞した。

アルバムでは、はっとりだけでなく、長谷川大喜(Key)、高野賢也(B)、田辺由明(G)とメンバー全員がソングライティングに携わっている。田辺由明が作曲を手掛けた「好きだった(はずだった)」では、レッド・ホット・チリ・ペッパーズの「Can't Stop」のギターリフを大胆に引用。こうした遊び心や仕掛けも魅力の一つだろう。

また、カツセマサヒコの青春恋愛小説を原作にした映画『明け方の若者たち』に主題歌として書き下ろした「ハッピーエンドへの期待は」などに見られる、リアルな恋愛の描写も若年層を中心に共感を呼びつつある。

■”エモい”魅力のSaucy Dog

また、新世代バンドの中でも大きな注目を集めているのがSaucy Dog(サウシードッグ)だ。2017年にインディーズから初の全国流通盤をリリースした3人組。2021年3月には武道館公演も実現するなど着実に支持を広げてきた。

彼らの魅力は、繊細な響きをもったヴォーカル/ギター石原慎也の歌声を軸に、優しく聴き手に寄り添う楽曲。失恋の切なさを歌う「いつか」や女性目線で描かれた「シンデレラボーイ」などのラブソングが”エモい”と評判を呼び、ストリーミングチャートでも上位にランクイン。

ドラマ主題歌に起用された「あぁ、もう。」や「ノンフィクション」も反響を集めている。22年はさらなるステップアップを果たす1年になりそうだ。

こうした流れに続く存在として挙げられるのが、大阪出身の3人組、ハンブレッダーズ。バンドを率いるムツムロアキラが歌うのは、自分の弱さや、愛するカルチャーへの率直な思い。こうした”エモい”歌詞を魅力にしたバンドのムーブメントに括られそうな彼らであるが、「再生」で《僕の感動とお前の「エモい」を同じにすんな》と歌うような皮肉な反骨精神もいい。

■「RADAR:Early Noise 2022」選出の2組、ボカロ出身クリエイターのバンドも

2021年11月にメジャーデビューした6人組のシティソウルバンド、Penthouseもブレイク期待株だ。東京大学の音楽サークルを母体に結成された6人組で、ソウルやシティポップを下地にしたグルーヴィーな曲調と人懐っこいメロディセンスが持ち味。メンバーにはショパン国際ピアノコンクールの出場で話題を呼んだピアニストの角野隼斗もCateen名義で参加している。ハードロックやブルースを基盤にしつつポップスの最新の様式も旺盛に取り入れるヴォーカル/ギター浪岡真太郎のセンス、巧みな演奏と引き出しの多さも魅力だ。

札幌を拠点に活動するオルタナティブバンド、CVLTE(カルト)も注目株だ。ハイパーポップ、メタルコア、ラップなど様々な要素を取り入れたジャンルにとらわれないユニークな音楽性が魅力。海外アーティストとのコラボも繰り広げている。曲ごとに方向性はバラバラだが、ダークで妖艶なメロディとaviel kaeiの歌声の求心力が強靭な骨格になっている。

ちなみに、先日、音楽ストリーミングサービスのSpotifyは、2022年に飛躍が期待される10組のアーティストを「RADAR:Early Noise 2022」として選出。これまでも藤井風やVaundyなど人気アーティストをブレイク前にいち早くセレクトしプッシュしてきた企画だが、PenthouseとCVLTEはそこにも選ばれている。

ボカロ出身のクリエイターが結成したバンドにも注目だ。下北沢で活動しフロントマンのくぅがボカロPとしても活動する4人組NEEは「不革命前夜」のミュージックビデオがユーチューブで1200万回再生を突破。新曲「月曜日の歌」も反響を呼んでいる。

人気ボカロPからバンドに転身した栗山夕璃率いるVan de Shopも色気ある歌声とスタイリッシュなサウンドで求心力を高めている。

移り変わりの早い音楽シーンだが、ライブを重ねてきたアーティストはブームの浮沈に左右されない強さを持つ。バンドシーンからの次なるスターの登場に期待したい。

音楽ジャーナリスト

1976年神奈川県生まれ。音楽ジャーナリスト。京都大学総合人間学部を卒業、ロッキング・オン社を経て独立。音楽を中心にカルチャーやビジネス分野のインタビューや執筆を手がけ、テレビやラジオへのレギュラー出演など幅広く活動する。著書に『平成のヒット曲』(新潮新書)、『ヒットの崩壊』(講談社現代新書)、『初音ミクはなぜ世界を変えたのか?』(太田出版)、共著に『ボカロソングガイド名曲100選』(星海社新書)、『渋谷音楽図鑑』(太田出版)がある。

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