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外出自粛の日々の中、自然発生的に広まった「#うたつなぎ」が示す新しい音楽文化の萌芽

柴那典音楽ジャーナリスト
発起人となったLOCAL CONNECTのISATOら(提供:平井一雅)

新型コロナウイルスの感染拡大で外出自粛の日々が続き、重苦しいムードが漂う日々。

たくさんのミュージシャンたちが「#うたつなぎ」というハッシュタグでSNSを通して自らの歌を届けている。

「#うたつなぎ」とは、ヴォーカリストがアカペラもしくは弾き語りの歌唱動画を投稿し他のヴォーカリストを指名、指名された人がまた歌唱を投稿しさらに他の人を指名するというリレー形式の企画だ。

発起人となったのは、京都出身の5人組ロックバンドLOCAL CONNECTのヴォーカリスト・ISATOと大阪出身の3人組ロックバンドHEADLAMPのヴォーカリスト・平井一雅らの仲間たち。

3月31日、まずはISATOが自身の楽曲「幸せのありか」をアカペラで歌い、「歌よ、CONNECTしてくれ!」と呼びかけた。そのツイートで指名した平井一雅が自身の楽曲「NEW ORDER」を弾き語りで歌った。

平井一雅はISATOと共に「#うたつなぎ」を始めたきっかけについて、

この人達の歌が持つ力を信じてるからきっと面白いことになると思って、やらへん?って言うと始めてくれたこの人のお陰。そして大好きなPON兄やんへ繋いだ絆の企画です

出典:平井一雅Twitter

とツイートで説明している。

ISATOの最初のツイートには「#どこまでつながるかな」ともあったが、彼らの思いつきから始まった企画は、自然発生的にムーブメントとして広がっていった。あっという間にジャンルや世代を超え、様々なミュージシャンが参加する社会現象的な動きへと拡大していった。

■「#うたつなぎ」参加ミュージシャンたち

到底すべてを網羅できるほどの数ではないのだが、3月31日から4月12日まで、どんな人たちが参加しているのか、紹介していきたい。

まずはライブハウスで活動するバンドマンやシンガーソングライターを中心にした動きとして「#うたつなぎ」は広まっていった。

竹原ピストルは「家で家族で過ごす“この期間”が少しでも良き語らいの時間になりますように」と「みんなで風邪っぴき」を披露。

セカイイチの岩崎慧はピアノ弾き語りで「Nothing has changed」を歌い、小山田壮平(AL/andymori)とアナログフィッシュの佐々木健太郎へ。

小山田壮平はandymori時代の代表曲「革命」を、佐々木健太郎はシュガー・ベイブ「パレード」のカバーを歌っている。

MAN WITH A MISSIONのジャンケン・ジョニーは”自宅にいるときの姿”として新曲の「The Victors」を歌い、ストレイテナーのホリエアツシへ。

ホリエアツシは初期のレア曲「シルエット」を歌っている。

オーイシマサヨシは「アニメ界にこの同盟を結びます」と、OxT 名義の「UNION」を弾き語りで披露。

そこから仲村宗悟、小野友樹、豊永利行といった声優陣にもつながっている。

また、大石昌良からバトンを受け取ったTRICERATOPSの和田唱は「FUTURE FOLDER」を歌い、シンガーソングライターのK、藤巻亮太へ。

Kは「光るソラ蒼く」を歌い、藤巻亮太はレミオロメンの代表曲「3月9日」を弾き語っている。

■世代とジャンルを超えてつながる音楽のバトン

「#うたつなぎ」のハッシュタグは、アーティストたちの仲の良い親交や、先輩・後輩の関係性を垣間見せるものにもなっている。なかでも大きな注目を集めたのが菅田将暉の参加だ。

TOTALFATのShunからバトンを受け取ったTOSHI-LOW(BRAHMAN/OAU)は、BRAHMANの「今夜」を弾き語り、「次のタスキ(強制)は歌いながら頭に浮かんできた男へ渡すわ 菅田将暉へ リクエストは……『今夜』で!」とツイート。

菅田将暉は「怖い先輩から届いたリクエストの曲を唄わされました。次は、優しい先輩に託します。」と石崎ひゅーいへ。

石崎ひゅーいは「思い出職人 菅田くん から届いたリクエストの曲を唄います」と菅田将暉からリクエストされた「花瓶の花」を歌い、次は、地元の超優しい先輩 将司さんに託します」とTHE BACK HORNの山田将司へ。

そして山田将司は石崎ひゅーいにリクエストされたハナ肇とクレイジーキャッツ「ウンジャラゲ」をカバー。

山田将司から「次は戦友ACIDMAN大木くんにバトンを渡します」と告げられたACIDMANの大木伸夫は「将司に言われたらやるしかない、と急いでハットを被った私」と新曲「灰色の街」を歌う。

また、HAWAIIAN6の安野勇太は「Stand by You」を歌い「心の師である細美武士さんに繋ぎます」とツイート。

SNSをやっていない細美武士(ELLEGARDEN、he HIATUS、the LOW-ATUS、MONOEYES)は安野のアカウントから投稿し、MONOEYESの「明日公園で」を歌った。

また、「#うたつなぎ」は世代を超えたアーティストのつながりにも結実している。そういう意味では、崎山蒼志高野寛SASUKEのリレーが印象的だ。崎山蒼志は「塔と海」を歌い、高野寛は代表曲「ベステンダンク」を歌った。そして高野寛が指名したSASUKEは作ったばかりの新曲を披露。10代から50代、そして10代という音楽のバトンがわたっている。

他にもアイナ・ジ・エンドは「グランジ遠山さんとあやぺたちゃんから回ってきました」と、清竜人の「ヘルプミーヘルプミーヘルプミー」を弾き語りでカバー。

高橋優は「」を。

04 Limited SazabysのGENは、ELLEGARDEN「Make A Wish」をカバー。

片平里菜は、「満月の夜空に旅立った愛犬への子守唄」を。

佐藤千亜妃は、未発表曲の「橙ラプソディー」を。

秋山黄色は「猿上がりシティーポップ」を。

Vaundyは未発表曲の「極楽浄土」を。

そして、Official髭男dismの藤原聡は、新曲の「パラボラ」をピアノ弾き語りで披露している。

他にも本当に沢山のミュージシャンが「#うたつなぎ」のハッシュタグで楽曲を投稿している。興味ある方は検索してみてほしい。

そして気になった楽曲やアーティストを見つけた方は、SNS上だけでなく、Apple MusicやLINE MUSICやSpotifyなどのストリーミングサービスで楽曲を再生してほしい。よければCDを買ってみてほしい。

感染拡大で当面のイベントが自粛となりミュージシャンが大きな打撃を受けている今。CDを買うことはもちろん、再生回数に応じてアーティストに課金額が還元されるサブスク型のサービスで楽曲を”聴く”こと自体だって、リスナー側からの支援になる。「#うたつなぎ」の企画は、その一つのきっかけにもなるだろう。

■歌とは「コミュニケーションそのもの」

こうしたSNSの「投稿リレー」の仕組み自体は珍しいものではない。過去にはALS(筋萎縮性側索硬化症)の認知向上を目指して著名人が次々と氷水をかぶった動画を公開を投稿した「アイスバケツチャレンジ」の例もあった。

今回の感染拡大でも、お笑い芸人たちが「#ギャグつなぎ」として同様の企画を展開している。

しかし、やはりこれだけ沢山のアーティストたちが歌っている理由は、きっと「歌そのもの」が持つ根源的なパワーのようなものがあるのだと思う。音楽とはコミュニケーションそのものだ。人と人とを”思い”でつなぐことができる。だから、「外出自粛を余儀なくされている人々を楽しませたり、心を安らかに過ごせるようになにかできることをしたい」や「苦しい日々を送らざるを得ない人々を癒やしたい、勇気づけたい」という気持ちを持ったミュージシャンにとっては、参加することのモチベーションはとても大きかったのではないだろうか。そして、結局のところ「何かのため」とか、そういった大義名分ではなく、ただただ「歌いたい」という各自の欲求がそこにあったのだとも思う。

「#うたつなぎ」だけでなく、アーティストたちの自発的な創作活動の輪は広がっている。

星野源がインスタグラムで発表した「うちで踊ろう」は、ミュージシャンから俳優やクリエイターまで様々なコラボレーションを巻き起こし、社会現象的な盛り上がりを見せた。歌だけでなく「#ピアノつなぎ」のような演奏のリレー、アーティストが自宅で演奏した動画を投稿することによるオンラインセッションの試みも始まっている。

「STAY HOME」な日々のなか、新しい音楽文化の萌芽が見て取れる。

音楽ジャーナリスト

1976年神奈川県生まれ。音楽ジャーナリスト。京都大学総合人間学部を卒業、ロッキング・オン社を経て独立。音楽を中心にカルチャーやビジネス分野のインタビューや執筆を手がけ、テレビやラジオへのレギュラー出演など幅広く活動する。著書に『平成のヒット曲』(新潮新書)、『ヒットの崩壊』(講談社現代新書)、『初音ミクはなぜ世界を変えたのか?』(太田出版)、共著に『ボカロソングガイド名曲100選』(星海社新書)、『渋谷音楽図鑑』(太田出版)がある。

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