【全国休校】通知表など、たいした話ではない。教師、保護者、政府にはもっと向き合うべきことがある。

(写真素材:photo AC)

 来週から全国の学校で休校になりそうだ。昨夜から今日も、学校現場や教育委員会は大混乱している。

 折しも年度末。校長や教員、あるいは保護者の声からは、通知表はどうなるのか、という戸惑いも聞かれる。たとえば、本日の朝日新聞は「通知表、どうやって渡すのか 前代未聞の休校判断に混乱」という見出しで報じている。

 だが、多くの人がわかりきっているが、命、安全が問題となっているなか、通知表のことは小事だ。

 それに通知表は、法的根拠はなく、学校で続けられてきた慣習に過ぎない。極端な話かもしれないが、なくてもいいものだ。もちろん、急ぎ通知表を出す学校があっても構わないのだが、この緊急事態にムリをしなくてもいいだろうと思う。コロナが落ち着いたら、新年度に、昨年度の振り返りということで出してもいいかもしれない。あるいは、未学習な単元もあるから、新年度に保護者と面談する学校が多くなるだろう。通知表に固執せずとも、面談でしっかりフォローすればよいかもしれない。内申書をどうするかも、緊急性はない。

 ただし、通知表に似たものとして、指導要録というものがある。学校教育法施行規則に規定されているから、必要となる。これを今回どうするのかは文科省からも一定の方針を出す必要があるだろうと思う。

■はるかに大きな問題は、子どもたちの自学

 正直、通知表のことを心配するヒマがあるなら、もっと別のところに教育関係者は(教職員も、教育行政も、あるいは保護者も)知恵を絞っていくべきだ。

 浦崎太郎さん(大正大学教授、元高校教師)は、こう綴っている。

 今回、この措置に伴う従来にない特徴として、これまで学校に囲い込まれていた高校生が地域に解放される点を指摘できます。これは高校生の「学習に対する自立性」や「地域に対する当事者性」が試されることを意味します。

 これまで地域と関わりながら【主体性・協働性・探究性】を発揮してきた高校生は、この事態に遭遇して、必ずや【主体性・協働性・探究性】を発揮するに相違ありません。

(中略)

 逆に、このような高校生が育っていない(=高校が怠ってきた)地域では、高校生は自身を勉学からも解放し、人が集まる処に出かけてウィルスの蔓延を加速させてしまうか、自宅に閉じこもってゲームに明け暮れるかしてしまうでしょう。加えて、もとより地域には無関心(‥裏を返せば地域が高校生に無関心)であるがゆえに、目前に顕在化した社会の機能低下も無関心。破綻が至る所で進行しまいます。結果、地域の活力は低下し、結果的には「雨降って崖崩れる」の様相を示すでしょう。

出典:浦崎太郎「臨時休校で高校や高校生に問われること」

  

 浦崎さんは高校生について書いているが、似た話は、小学生や中学生にも言える。自学自習や探究的な学びが自分でできる、あるいは家庭等の支援を得ながら進められる子は、どんどん進んでいく。キャンプなど自然体験や旅行に出かける家庭もあるかもしれない。しかし、問題は、そうはいかない児童生徒や家庭も相当多いことだ。

 たとえば、子どもたちがネットで娯楽動画をみるだけか、ゲーム三昧になるなら、消費的な活動がメインとなり、楽しいかもしれないが、たいした成長にはならないかもしれない。これが自分で動画をつくってみようとなると、生産的な活動になり、ひと味もふた味も違った学び、成長の時間になるだろう。

 学校という場がなくなることで、子どもたちが自分の考えやアイデアをアウトプットする機会が激減する。人間、アウトプットする場があるから、考えが深まったり、インプットもしよう、学ぼうということになったりすることは多い。こうした影響を、教育者なら、重くみるべきではないだろうか。

 さて、全国的にも、多くの学校では、学校目標に「主体性」、「自ら進んで○○する子」、「自立(自律)」といった美しい言葉が並んでいる。それはそれで結構なのだが、今回の急な休校で、そうした目標がいかに上辺だけだったか、薄っぺらいものしかできていなかったかが露呈することになるかもしれない。学校だけの責任ではないけれど。

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■具体的には・・・学習プリントを配るだけではダメだろう

 おそらく、学習用のドリルやプリントを配って、「長くなった春休み中にやっておくようにね」と伝えるだけではダメだろう。

 なにぶん今回の措置は急だったから、上記のような対応を当面するのも仕方がないかもしれないが。後日でもいいから、何か少しでも子どもたちの好奇心、意欲を高めるような課題を出すことを、先生たちには考えてほしい。

 民間や大学などから、動画コンテンツの提供が増えるかもしれない。たとえば、NPO法人eboardは、無償での教材、研修提供などを既に始めている。

https://info.eboard.jp/2020/02/27/coronavirus_action/?fbclid=IwAR1kqi9aKdXAI3WQFXcqlLSztysvkgWQHPr8xCg1f5Nyc-QwVpxm0dN3vPo

 ところが、これにも限界がある。第一に、自宅にデバイスやネット環境があるかどうか。保護者がスマホやPCをもっていても、子どもはどうなのかにもよる。

 第二に、いくらいいコンテンツが提供されたとしても、アクセスしない、続かない子もいる。実際、一流大学等の講座がインターネット上で受けられるMOOC(Massive Open Online Course)の修了率は5~10%程度という調査もある。つまり、約9割は途中で脱落するか、登録しても受講しないのだ。小中学生や高校生ならなおさら、この心配はあるだろう。

 となると、教師や教育行政等の知恵の絞りどころは、いかに子どもたちが自学、探究的な学びを始め、続けることを、登校させることなく、促すことができるか、ということになる。

 通知表うんぬんよりもはるかに大事で、しかも、難問だ。

 わたしにもすごい妙案があるわけではないが、関連して、新型コロナの専門家と政府にお願いしたいのは、子どもたちの屋外活動に伴う感染拡大等のリスクが高いのかどうかを、示してほしい。仮に、空気感染はほとんど心配なく、屋外活動には支障がないということであれば、学校や地域団体等が呼びかけて、屋外の遊びや学びの場が開かれるといいだろう。そういう場で「じゃあ、自宅でもこんな課題にチャレンジしてみよう」とか声をかけられると、がんばろうとする子も増えるかもしれない。

 命がかかわっている緊急事態だとはいえ、何から何まですべて自粛、禁止とすることには、マイナスのほうが大きいかもしれない。もちろんリスクの高いことをやる必要はない。だが、上記のように屋外活動などで、仮にリスクが低いことがあるなら、そういう場は活性化させることも考えるべきだ。子どもたちを自宅に軟禁状態にしておくのが健全な成長になる、とは、だれも考えないだろう。

 当たり前だが、優先順位の第一は、子どもたちと大人も含めた、安全だ。第二には、このままドタバタと休校に突入して、子どもたちの学びや成長の機会を奪うことになってはならない、ということだ。

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