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【神戸教員間暴力】教育委員会は何をするべきか(1)神戸方式の廃止や弁護士の調査だけでは不十分

妹尾昌俊教育研究家、一般社団法人ライフ&ワーク代表理事
神戸市教育委員会のウェブページ

 神戸市立東須磨小学校での教員間暴力事件(傷害、暴行、いじめ、ハラスメント)が報じられてから約1ヶ月。被害教員と家族が9月2日に市の相談窓口に来て、市教委は問題を把握したと報じられているから、そこからは2ヶ月近くになる

 にもかかわらず、事態の詳細はいまだよく分からない。なぜ、こんなことが起きたのか、学校や教育委員会は何を猛省しないといけないのか。

 激辛カレーを強要するセンセーショナルな映像、報道は最近では沈静化しつつあるが、たんに加害教員を非難するだけでは、同じような事件と苦しみがまた生まれてしまうかもしれない。

※誤解をしてほしくないが、加害教員への処分はもちろん必要だ。だが、それで終わりにしてはいけない。

 また、本稿では詳細は述べないが、被害者の救済(メンタルヘルスケアや復帰支援等)と児童へのケアが最優先であることは言うまでもない。

 市教委のウェブページには、教育長からのメッセージが出ている。この記事の冒頭の写真がそれである。それほど長くないので、すべて以下にも掲載する。

 

この度、神戸市立東須磨小学校の教員間において、身体的な暴力や暴言、性的な嫌がらせ等を内容とするハラスメント行為が行われていたことが判明いたしました。これらの行為は、児童を指導する立場にある教員として絶対に許されない、言語道断の行為であり、児童・保護者、市民の皆様をはじめ、全国の皆様に対し、教育行政の信頼を著しく失墜させたことに、心からお詫び申し上げます。

当該校の児童が通常の学校生活に一刻も早く戻れるように、代替教員の配置や指導員等の派遣を行うとともに、児童の心のケアを図るため、スクールカウンセラーの常駐や環境面の配慮を行うなど、万全の対応を図ってまいります。

また、3名の弁護士からなる調査委員会を新たに設置し、本事案の事実関係及び背景・要因等の調査を実施しております。

今後は、この調査結果に基づいて、厳正な処分を行うとともに、失われた本市の教育行政の信頼回復に取り組んでまいります。

令和元年10月

神戸市教育長  長田 淳

出典:神戸市ウェブページ

 

 わたしの率直な感想は、「いまさら? 2ヶ月経って、これだけ?」。もちろん、表には見えづらいところで、市教委もさまざまな苦労や努力をしているのかもしれない。だが、残念ながら、市教委のページからも、各種報道でも、いっこうに見えてこない。きょうは市教委と文科省向けに「あなたがたはもっと仕事をしてください!」と、3点、申し上げる。 ※長くなるので、今回と次回に分ける。

1.なぜ、こんなことが起きたのか、事実の確認と背景の分析を急げ。

 神戸市教委としては弁護士3人による調査委員会を立ち上げて調査中、ということのようだが、果たしてそれで十分なのだろうか。

 京都精華大学の住友剛教授が自身のブログ等で再三問題提起されているように、弁護士だけのチームで調査できることは一部である。弁護士は万能ではなく、得意なことと苦手なことがあるのは当たり前の話だ。

 わたしとしては、報道等で知るかぎりの情報なので、確信があるわけではないが、次の点は特に大事だろうと思う。

1)一部の教員が力をもち、逆らえない、暴行・傷害・いじめまで及んでしまう人間関係、職場はなぜ生まれたのか。

 

 この点について、神戸市長や市議、また神戸新聞、読売新聞などは、神戸方式という独自の人事異動の仕組みを問題視している(神戸新聞2019年10月26日、読売新聞2019年10月20日など)。

 

 たしかに、市教委を通さずに、校長の意向で特定の教員をリクルートしてくる制度は、他県や他市にはないものだ。そうして特定の教員の発言力が増しやすくなるということは考えられる。だが、だからといって、傷害、いじめまでいくほどになるのか、ギモンが残る。

 わたしも知人の現役教員(小学校、複数)とこの話題は議論したが、

●もともと、小学校は多感な児童を相手に、学級崩壊にならないために、威圧的な指導や力関係を見せつけるような教室づくりをする教員がいる。それがいいとは決して言えないのだが。この教員と児童との関係が、教員間にも反映されたのではないか。

●(小学校だけではないが、小学校では)人からの評価を気にする人が多い。児童生徒指導などができている(上記のとおり、できているように見せかけているだけかもしれないが)教員の力が強くなる側面はある。教員の質や力量は、なにか分かりやすい指標やデータがあるわけでない。

●一部の教員からそっぽを向かれてしまうと、校長としてもつらいし、学校運営が非常にやりづらくなる。校長や教頭としても加害教員に強く出ることができなかったのではないか。他の事例では、校長もいじめられるケースすらある。

 こうした見立て、仮説があっているかどうかは分からない。だが、少なくとも、神戸方式だけを悪者扱いして、そこを廃止したら、問題がマシになる、起こりにくくなると考えるのは、根拠の薄い楽観論だろう。

 人間関係や評価、組織風土、組織マネジメントなどの観点からも分析する必要があるが、弁護士にはそうした専門性はない。

 わたしが仮に文科省の幹部だったとしたら、専門家チームをつくって神戸市に派遣する。副大臣らを派遣して市教委にちゃんとやりなさいと”指導”するだけ(10月15日)では、文科省としても、たいしたカネと労力をかけない、やったふり、パフォーマンスに過ぎない。もちろん、権限上は神戸市教委が一義的な責任者だ。だが、刑事事件に発展する可能性が濃厚で、かつこれだけ世間を騒がしている事態なのに、国の対応も非常に物足りない。

写真素材photo AC
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 また、今回のこととは関係が薄いのかもしれないが、神戸市では、危険な組み体操を市長が再三呼びかけたにもかかわらず、また世間でも問題視されているのにもかかわらず、続ける学校も多かったという報道もある。ここから垣間見られるのは、組み体操を重視する一部の教員の発言力が学校内に強く、安全性を心配する教員がいたとしても、その意見が通りにくい、あるいは出しにくい職員室になっている可能性だ。

 子どもたちには、主体性とか対話的な学びが大事だと言っている学校で、言行不一致も甚だしいことだとは思うが、果たして、職員室が意見を言いやすいものだったのか、「少々危険性があっても、連帯感や感動が大事だ」とかいう理解しづらい理屈が通る職場になっていないかは、検証するべきことだと思う。

2)採用時の問題はなかったのか。

 今回の加害行為は、だれもが耳を疑うようなことだった。他自治体の小学校の教員の多くも「校長からのハラスメントなどは残念ながら見聞きすることはあるが、教員間であそこまでひどい事案はない」という反応が多かった。

参考記事:妹尾昌俊、【神戸の教員いじめ、傷害】特異な事件なのか、よくあることなのか

 そもそも、加害教員は教員として不適切だったのではないか、とは多くの人が感じるとは思うが、採用時はどうだったのか、見抜けなかったのだろうか。

 昨今、採用倍率低下で教員の質が心配だと言われているが、今回の事案では30代、40代の教員が加害者であり、おそらく神戸でも倍率はかなり高かった時代の採用だ。

 いまさら検証しようもないことかもしれないし、完璧な採用なんてないわけだが、教員採用上の問題点の洗い出しと対策は必要だと思う。

 また、要らぬ詮索かもしれないが、最近採用倍率が下がったことと、2005年頃からの国の規制緩和によって、小学校教員になれる人材が多様化しつつある。出身大学の点でも。神戸がどうかは未確認だが、他県の例では、かつては一部の大学の出身者が多くて、仲間意識が高かったが、最近はさまざまな大学等から教員になるという。出身大学で差別するなどもちろん不適切だが、30代後半以上の世代と20代などで、職員を分断する心理や文化はなかったのか、気になる。

3)校長や教頭は何をしていたのか。

 今回の事件でもっとも謎なことのひとつは、校長、教頭が本当に知らぬ、存ぜぬだったのか、ということだ。昨年度の校長は、事件発覚後から休んでおり、現時点の報道のかぎりでは、ここまで深刻だとは知らなかった、とのことだが、本当だろうか。また、現校長は、昨年までは教頭でもあったのだし、何も気づかなかったわけがないとは推測するのだが、会見では、この7月になるまで深刻さは気づかなかったという。

 

 そもそも、校長は、職員の健康上の問題を把握し、必要な措置をとる「安全配慮義務」をおっている。これは最高裁判例でも認められている考え方で、企業でも公務員でも常識的に重要な話だ。この7月には、福井県で27歳の教員が過労自殺した案件について、地裁は校長らの安全配慮義務違反を認め、県と町に約6500万円の損害賠償を認める判決を出している。

 校長らの安全配慮義務は果たされていたのか。これは弁護士チームも調査することだと思うが、真相究明してほしい。

4)既存の相談窓口や被害者救済の制度等は機能しなかったのか。

 現行でも、さまざまな相談窓口等はある。今後の再発防止に向けては、そうした制度、仕組みが十分機能しなかったのかどうか、しなかったとしたら、何が問題だったのかの究明も重要である。

 

 少なくとも、以上述べた4点について、市教委は明らかにしていく必要があるが、今のところ、ほとんどきちんとした情報も説明も出てきていない。「弁護士チームで調査中です、報告を待っています」という姿勢で、問題解決するほど、たやすい問題ではない。

教育研究家、一般社団法人ライフ&ワーク代表理事

徳島県出身。野村総合研究所を経て2016年から独立し、全国各地で学校、教育委員会向けの研修・講演、コンサルティングなどを手がけている。5人の子育て中。学校業務改善アドバイザー(文科省等より委嘱)、中央教育審議会「学校における働き方改革特別部会」委員、スポーツ庁、文化庁の部活動ガイドライン作成検討会議委員、文科省・校務の情報化の在り方に関する専門家会議委員等を歴任。主な著書に『変わる学校、変わらない学校』、『教師崩壊』、『教師と学校の失敗学:なぜ変化に対応できないのか』、『こうすれば、学校は変わる!「忙しいのは当たり前」への挑戦』、『学校をおもしろくする思考法』等。コンタクト、お気軽にどうぞ。

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