Yahoo!ニュース

特例法の大法廷、違憲でも合憲でも、手術なしに「女」になれる? 滝本太郎弁護士に聞く

千田有紀武蔵大学社会学部教授(社会学)
(写真:アフロ)

滝本太郎弁護士が、さまざまな妨害にも屈することなく、女性スペースを守る会の「防波堤」となった経緯を、性同一性障害特例法の違憲性の大法廷がもたらすもの―さまざまなひとたちの合意はどう見つけられるのかではお聞きした。今回は特例法の大法廷をめぐる疑問について答えていただいた。

「前に私が記事に書いたのですが、特例法の手術要件をめぐる議論は、なんで違憲性が問われているかが、わからなかったんですね。性別変更の審判ができる条件として『生殖腺がないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること』と定められています。

原告の代理人は、特例法には『手術』をせよという文字はない、ホルモン治療によって生殖機能が著しく低下している場合は、性別適合手術が不要なのだと主張されていました。そうであるならば、その個々の法文の解釈の問題にすぎないでしょう? なぜ憲法が違憲かどうかという話になっているのか、さっぱりわからなかったのです」。こう滝本さんに水を向けてみた。

「いや。問いの立て方は逆です。手術要件は憲法違反ではない、違憲ではないという判決が出た場合に、それでも性別適合手術をしなくても性別変更をしてもいい、男性器をつけたまま『女性』になってもいいという判決を出してもらうために、そのような主張をしているのだと思いますよ。

まず、ありえる最高裁の判断は4種類だと思われます。

  1. 『憲法違反である』です。この場合は、特例法の手術要件はすぐに死文化して、どの家庭裁判所の類似の事件でも、『法的女性』に変更可能です
  2. 『違憲状態である』です。この場合は、すぐには手術要件は無効にはなりませんが、国会に法律を変更する義務が生じます
  3. 憲法判断を示さない。そのうえで本人のホルモン治療が「生殖腺の機能を永続的に欠く状態にある」にあたるとする。違憲とはしないが、実質的に手術することなく性別変更が可能になります
  4. 「合憲である、認めない」

「それでは違憲であるという判断をしなくても、性別適合手術なしで、性別変更が可能になる場合があるということですね。なるほど思い至りませんでした。不思議なことをいうなぁと思っていたのです」

「そうです。ホルモン治療で、『生殖腺の機能を欠く』『永続的』といってよいのかという問題です。男性器をつけたまま法的女性になったあとにホルモン治療などをやめても、法的女性ではあることになります。診断書は1日で取れるところもあるから、性犯罪目的の人が使い、女性トイレや女湯に入る可能性が結構あると思います。法的女性ですから、警察は『女性と認識している』だけの人より、はるかに腰が引けてしまうでしょう。

それにしても、抗告人代理人の「性別のあり方が尊重される権利」は、「日常生活で否定されない権利」「他者に求めることが許される」という論法には驚きました。他者にももちろん、人権があり、内心の自由があるのは当然なのですが」。

「でも、『性自認』を尊重するってそういうことですよね。差別を禁止してそこに罰則をつけるとなると、相手がいう性別、つまり性自認に一切異論を唱えてはいけないということを意味しますよね」と私がいうと

「それではいけないのです。トランス女性が男トイレに入っていると、時に男が揶揄し暴力を振るわれる。これこそが排除・差別行為でしょう。実は『トランス女性の利用公認を』という主張は『男子トイレから出ていけ』という意味でもあり、それこそが排除・差別行為だと思います。トランスジェンダーへの対応としては、女子トイレの利用公認ではなく、男子トイレを共用トイレに戻すので適切でしょう。できれば小用を見ずに個室に入れるようにしつつ、です。男は違和感があっても恐怖感はないのですし。

それから、この法廷の問題点は、『相手方』が居ないことです。手術要件を外して法的性別を変更できる国々で起こっている様々な混乱や、スポーツの分野でも思春期を過ぎた人は女性としては出場できないなど、『正常化』に舵を切ってきていることが、まったく裁判所に伝わっていない。そもそも特例法は、希望して性別適合手術をするひとについての法律だという主張が伝わっていない。裁判所は、原告の辛さ・困りごとだけを聞いて、反論も聞くことがない。おかしいです。」と滝本さん。

「そうでしょうね。私も困っていると聞くと、本当に気の毒だなと思ってしまって、性別変更させてあげればいいのにという気持ちになってしまいました。でも個別のケースを救うことと、そのことによって法律を変えることはまったく別のことであって、法律を変えることは社会に影響を及ぼさざるを得ません。『相手方』とは、具体的には誰になりますか?」

「そうなんですよ。この裁判には、国が参加していません。国が利害関係人として、参加すべきなんです。経産省トイレ裁判では制度上、国が被告だったのですが、これは氏や名の変更と同様に、相手方がない裁判なのです。だが法制度の違憲性が論点ですから、関与しないで良いはずがない。

このままでは法務大臣、総理大臣の政治責任になりますね。仮に2019年1月の判例と同様に『合憲、認めない』という結論だったとしても、反対意見が幾つも出るでしょうから問題を残します。女性を守る議連が、法務省に参加申出をするよう求めたがまだ申し出ていない、今からでも世論を盛り上げて法務省、内閣府が動かないと。最高裁がそれを認めずに違憲判決をだしたら、それこそ『最高裁の暴走』です。拒否できるものではないでしょう。」

こういうケースで、国が何も主張していないとは驚きました。勉強になりました。最後に滝本さんにいい残したことを聞いた。

「女性スペースを守る会ほか、諸団体と有志で、署名をやっています。違憲とはしないで、各党は手術要件を外す改正案を出さないで、とお願いするものです。でも、メデイアがこちらの主張も署名活動もとんと報道してくれず、弱っています。ぜひここをクリックして、違憲判決をしないようにお願いする署名をしてください」

滝本さん、貴重なお話を有難うございました。

武蔵大学社会学部教授(社会学)

1968年生まれ。東京大学文学部社会学科卒業。東京外国語大学外国語学部准教授、コロンビア大学の客員研究員などを経て、 武蔵大学社会学部教授。専門は現代社会学。家族、ジェンダー、セクシュアリティ、格差、サブカルチャーなど対象は多岐にわたる。著作は『日本型近代家族―どこから来てどこへ行くのか』、『女性学/男性学』、共著に『ジェンダー論をつかむ』など多数。

千田有紀の最近の記事