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段ボール授乳室が、撤去されるであろうわけ―あまりに貧困な「子育て支援」

千田有紀武蔵大学社会学部教授(社会学)
(写真:イメージマート)

スーパーなどの婦人服売り場にある、カーテンで四方を覆う試着室。あの試着室のカーテンを、見知らぬ子どもが空けてくることに遭遇した方は、結構な確率でいるのではないか。おそらくお母さんも他のところで試着中なのか、面白がってのいたずらなのか。あまりに頻繁にあるので、試着は本当に落ち着かないし、そのため購入意欲も萎えるーーそういうことを思い出したのが、島根県松江市の道の駅での段ボール授乳室騒動である。

なにしろカーテン一枚の向こうがそのまま、人でごったがえすであろう道の駅の店舗である。さらに女性購買者を中心とした婦人服売り場とは違い、購入客は女性だけではないという点でさらに悪い。授乳をする人には小さな子どもがいることも多いが、その子をせまい段ボール授乳室に置いておくスペースすらない。外に置いておけば誘拐や迷子が心配で、さらに多くの確率で「お母さ~ん」と勢いよくカーテンを空けられるのではないかという心配がある。また無理やりに狭い部屋に閉じ込めたとして、「やっぱり外にいるね」と飛び出していかれたら、授乳をしているお母さんは即座に追いかけることもできない。外に出て車にはねられでもしたらどうするのだ、ということを瞬時に考えたのが段ボール授乳室についた、ピラピラのピンクのカーテンである。

他にも問題は多々指摘されている。当初、授乳室は、天井がなかった。これは半透明の覆いをつける予定で乗り切るという。夏は暑かろう。椅子がぽつんと置かれ、荷物を置くスペースもない。使用中の表示は外についていて、しかも位置が高い(子どもを抱えていたら無理な場所である。またいたずらで、「空室」にされたら、他の人が入ってきてしまう)。

こういった欠点を全部改善した段ボール授乳室の存在が、SNSで話題になっていた。2018年11月、東北工業大学建築学科の3人の女子学生たちが開発して実用になったHONEY ROOMである。紹介の記事の写真を見てもらえばわかるが、天井もあり、使用中の表示は大きく(SNSの書き込みで見たところによれば、内側から操作できるという)、なかにもいろいろと配慮がある。東北から察することが可能だと思うが、これは震災などの避難所用の製品なのである(震災の経験から学び、未来へつなぐ)。この避難所用の製品の足元にも及ばないものが、常設を意図した段ボール授乳室なのだというから恐れ入る。

こうした段ボール授乳室の背景には、国土交通省の子育て応援施策の目標として、全国の道の駅のベビーコーナー設置率を「2025年度までに50%以上」というのがある。数値目標を達成するための一環なのである。国交省の担当者は、「いま子育てスペースがないところに入っていく点で、子育てを応援することになると受け止めています」という認識であるという(「ダンボール授乳室」に議論百出「ひどすぎて泣きそう」「女不快罪」…所管の国交省は「子育て応援になる」と判断)。つまりわかりやすく言えば、「ないよりいいじゃないか」ということなのか。

いや、驚いた。駅でパソコンを開くときにすら、有料とはいえしっかりとした防音の個室が使えるというのに、子育てする女性には、半裸になって授乳するときですらカーテンのついた段ボールの囲い(天井には半透明の板あり)しかもらえないのである。段ボールのなかで授乳しておけと言われるのが子育て支援なのか。この国で、子どもが増えないのも道理である。そしてこの授乳室なら、道の駅に来た自家用車のなかで授乳するほうが、おそらくずっとましであろう。

でもこの授乳室は、いずれ撤去されるだろうなと意地悪く予想している。段ボールはゴキブリの巣窟であることは常識である。段ボールのなかに、卵を産み付けるだけではなく、ゴキブリは、段ボールそのものを食べるのだそうだ。さらに言えば、段ボールのなかで授乳をするのだから、さらに床や段ボールにこぼれたり飛び散ったり、さらに食料は豊富となるだろう。そして道の駅では、食べ物が売られており、衛生を保つ必要があるのではないか。どう考えても早晩、撤去されるのは目に見えている。どうせつくるのであったら、はじめからきちんとした授乳室をつくったほうがいいのではないだろうか。あまりにも短慮である。

武蔵大学社会学部教授(社会学)

1968年生まれ。東京大学文学部社会学科卒業。東京外国語大学外国語学部准教授、コロンビア大学の客員研究員などを経て、 武蔵大学社会学部教授。専門は現代社会学。家族、ジェンダー、セクシュアリティ、格差、サブカルチャーなど対象は多岐にわたる。著作は『日本型近代家族―どこから来てどこへ行くのか』、『女性学/男性学』、共著に『ジェンダー論をつかむ』など多数。

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