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もうひとつのスープストック炎上

千田有紀武蔵大学社会学部教授(社会学)
(写真:アフロ)

Soup Stock Tokyo(以下スープストック)の離乳食の無料化をめぐって、ネットではその是非をめぐって大騒ぎとなった。その経緯は例えば、「離乳食無料」への反響受け、スープストックトーキョーが声明。などの記事に簡単に書いてある。私もこの記事にコメントをした。

これまでの経過を見守ってきたが、女性向けの牛丼屋というコンセプトでできた店だっただけに、ターゲットとなっている都会の働く女性たちと、子連れという新たなターゲットの間に、やはり齟齬があるのだろうと思う…

ところが驚くことに、このコメントが思いもかけない方向で、さらに炎上したようである。何が正しい歴史かわからなくなるという心配の声もあり、私自身もそう思うので、記録に残したほうがいいと思って、この記事を書いている。まずこのスープストックの騒動に一役買ったのが、旧2ちゃんねる(現5ちゃんねる)の有名な「吉野家コピペ」が、スープストックでもおこなわれたことである。

「スープストックは女の吉野家」というのを見て笑ってしまった。

昨日、近所のスープストック行ったんです。スープストック。

そしたらなんか人がめちゃくちゃいっぱいで座れないんです。

で、よく見たらなんか垂れ幕下がってて、離乳食無料、とか書いてあるんです。

もうね、アホかと。馬鹿かと。

お前らな、離乳食無料如きで普段来てないスープストックに来てんじゃねーよ、ボケが。

離乳食無料だよ、離乳食無料。

なんか親子連ればっかりだし。ママと赤ちゃんでスープストックか。おめでてーな。

よーしママ東京ボルシチ頼んじゃうぞー、とか言ってるの。もう見てらんない。

うまくできていてクスリと笑えたのだが、吉野家コピペと相性がいいのにも、理由がある。スープストックは、三菱商事に務めていた現会長である遠山正道氏が、日本ケンタッキー・フライドチキンに出向後、商事の「社内ベンチャー制度」で会社を作った、その第一号なのである。当時かなり注目を浴び、その創業に至るアイディアや苦労について、何度もインタビューに応じていた。そこでは、働く女性をターゲットにして、女性向けの牛丼屋のような店をつくったと話されていた。

ネット上にすでに当時の記事はないが、それでもいくつかはまだ、読むことができる。

「0歳から100歳までと言っているけど、実際にスープストックのお客さんは8割ぐらいが女性なんです。で、よく言われたのは、女性が白いご飯を堂々と食べられるのがありがたい、と。特に夜ご飯ですよね。夜の8時くらいまで残業して、帰り際に駅のスープストックに立ち寄って夜ご飯。…ランチならまだしも、夜に女性がひとりで牛丼屋とか、無理じゃないですか(笑)。そこに、駅にスープストックがあると」(Soup Stock Tokyoが「エキナカ」で成功した理由 スマイルズ 遠山正道社長インタビュー #1

「遠山(Soup Stock Tokyo創立者、現会長)は、女性がひとりでスープをすするシーンが思い浮かんだそうです。牛丼チェーンとか、男性がひとりで行ける店はたくさんありますけど、女性がひとりで入れる店はなかなかありませんよね」(Soup Stock Tokyoの国産材プロジェクト きっかけはSFC、店舗内装に次々と採用 トレースされた木材で、「生活価値」を拡充

もともと働く女性をターゲットにしていたのは、スープストックの離乳食の提供を告知するホームページからですら、読み取ることができる。

お客様のライフステージが変わり、ご家族やお子様と一緒にご来店いただく方も増えてきた中、Soup Stock Tokyoとしてお子様の成長を一緒に見届けることができればという思い、そしてお父さんやお母さんと一緒に食事の時間を楽しんでいただきたいという思いから、離乳食のご提供をはじめました。もう少し大きくなったお子様に向けては、キッズセットもご用意しております((4月25日8時更新)Soup Stock Tokyoの離乳食・キッズセット

もともとの働く(子なし)女性というターゲットから、「ライフステージ」を変えて子どもをもつひとも出てきたから離乳食も提供する、という風に読める。この告知の最初で強調してある「 Soup for all!」はまさに、今後はさまざまなライフステージの人を含んでいきますよという宣伝のために、再確認されているとすら見える。新型コロナウィルスによる自粛や、仕事のリモート化によって、飲食業は苦戦を強いられている。新しい戦略を打ちださなければ、厳しい時代が来ているということもあるのかもしれない。

いずれにせよこうしたスープストックの経営戦略物語は、ある程度知られていると思っていた。駅で店舗を見つけるたびに、「働く女性をターゲットにした店舗は、成功しているのかな」とちらっと確認する癖がついていたのだが、それは私が研究者だからかもしれない。

しかし「吉野家コピペ」でスープストックの離乳食問題が、盛り上がったという事情もあって、どうも私が「吉野家コピペ」を真に受けて、スープストックが牛丼屋だと信じ込んでいる(?)と心配してくださった方が、いたようである。またスープストックが女性版牛丼店というイメージがある(らしい)のを、私が創設者に投影していると考えた人もいたようだ。歴史の捏造だ、わい曲だ、スープストックに訴えられると気を揉んでくださった方が多くいたようなので、ここに経緯を改めて記した具合である。

またファスト・フードの牛丼扱いすることも、創設者の本意からずれているという指摘もあった。遠山氏自身は「ファスト・フードには『お客様に商品を迅速に提供する飲食店』という意味しかないのに、いつの間にか「安かろう、悪かろう」という意味付けとなり、消費者もそれを受け入れている。『どうしてこうなっちゃうの』という疑問やいら立ちが、スープストックトーキョー(ママ)の構想につながったのです」と述べており、ファスト・フード自体を否定しているわけではない(遠山正道,2014,『ビジネスモデルとは「やりたいこと」の確信である』)。

このような記事を書いても、おそらくツイートした多くのかたには、読まれないのが残念である。実は幾人かのかたが、「スープストックの会長自身が、牛丼に言及していますよ」「千田先生は、間違ってませんよ」とソースを貼ってくださったのだが、それはあまり見られず、リツイートもされない。反応する人も、ほとんどいない。反応してくれても、「コンセプトとは言えない」等の自己弁護に終始されることばかり。

他方で、「『スープストックは女の吉野家』というネタ」が「歪ん」で、「史実として、ジェンダーを専門にしている社会学者が堂々とコメントに使ってしまうの、怖すぎるな」といったツイートが、現時点で45万回以上みられているのと対照的である。単なる例として出しただけで、ツイート主を責めるつもりはない。おおくのツイートされた方は、バカな「ジェンダー学者」「社会学者」を叩いてやれという気持ちでなさっているのだろう。そして炎上しているときは、こういう記事自体を書かずに、沈静化を待つのが鉄則でもあろう。ただし、SNSでの出来事はすぐに流れて行ってしまうし、何が「事実」であったのかは後世に残りにくい。そういった意味で、事情を説明して残していく責任があるかもしれないと思って、いま記事を書いている。

ここからはかなり蛇足で、私自身も憎まれることは必至なので書くのがはばかられるが、ちょっとネットで検索してもらえばわかることをせず、「このようないい加減な文章を書くなど、学者失格」とばかりの罵倒を、本名(ペンネーム)の、しかも営業用と思われるアカウントでされている方が一人ならずいらっしゃることにはやや戸惑った。炎上を芸風とされて、アクセスを稼ぐためや売名が目的であるならばまだ理解可能であるが、不確かな情報で口汚く罵倒している人には、私なら仕事を依頼をためらってしまうかもしれないと思う。またルッキズム発言などは、女性の学者がものをいうときに付きまとってくるものであるから私は気にはしていないが、プロフィールのリベラルな自己紹介とかなり齟齬のある方にはやや驚いたし、おそらく例えば今後日本がアメリカ並みの配慮を求められるようになったときに、過去の発言を掘り起こされたら差しさわりがあるのではないかと、むしろ心配になった。

私は過去に、Netgeekというニュースサイトを名誉毀損で集団で訴え、最高裁に上告した。地裁では、Netgeekの記事が私の名誉を毀損していることが認められ、高裁ではさらに金額が上積みされた。しかしまだ、他人を攻撃するようなツイートなどを適当に集めてニュースとしてまとめるようなビジネスモデルが細々と生きていることが今回、確認できたことも、驚きではあった(最高裁ではできれば、そのようなビジネスモデル自体にさらに切り込んで欲しいと思っている)。

余分なことを書き連ねた。ホッとする暖かいスープが飲みたいものである。

*一部の方には、Twitter上でお詫びを戴いた。なかなかできることではなく、誠実な態度に感謝する次第である(2023年5月11日6時50分)。

武蔵大学社会学部教授(社会学)

1968年生まれ。東京大学文学部社会学科卒業。東京外国語大学外国語学部准教授、コロンビア大学の客員研究員などを経て、 武蔵大学社会学部教授。専門は現代社会学。家族、ジェンダー、セクシュアリティ、格差、サブカルチャーなど対象は多岐にわたる。著作は『日本型近代家族―どこから来てどこへ行くのか』、『女性学/男性学』、共著に『ジェンダー論をつかむ』など多数。

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