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LGBTと女性の人権 加賀ななえ議員がホッとしたわけ

千田有紀武蔵大学社会学部教授(社会学)
(写真:アフロ)

2月26日に、埼玉県富士見市の議員の加賀ななえさんは、埼玉県LGBT条例基本計画案についての疑問を、Twitterに投稿しました。投稿されたツイートは、8日後の3月5日現在で367万回読まれ、動画は138万回視聴されています。埼玉県は、昨年度6月に性の多様性に関する施策推進会議を発足。3回の審議を経て、パブリックコメントを募集していました。加賀さんの投稿は、その締め切りの2日前のものでした。

いまLGBT、とくに性的指向をあらわすLGBに関しては、不十分ながらも急速に理解が深まっています。もちろん「(同性婚を)見るのも嫌だ」という荒井元秘書官のような発言もありますが、発言には非難が集まり、秘書官は辞任を余儀なくされました。同性婚に対しては、多くのひとが賛成しています(同性婚を法律で認める「賛成」71% 20代では9割超 FNN世論調査)。そのような状況下で、長くパートナーシップ制度の作成などに尽力してきた加賀さんが、なぜLGBT条例の基本計画案に疑問を投げかけたのか、聞いてみました。

やっと自分の本意を伝えられて、ホッとしました。

まず「性の多様性に関する計画について疑問を投げかけるツイートをするのは、かなりの勇気が必要だったのではないですか」と聞いてみました。加賀さんは、性の多様性と同時に、トイレなどをめぐる議論のなかで、女性の不安を「女性の生存権」の問題として発信したからです。

ジェンダーアイデンティティ(性自認・性同一性)の尊重をめぐる議論において、焦点となってきた問題のひとつが、トイレでした。現在、トイレは必ずしも安全な場所ではありません。トイレは性暴力の温床となり得ます。共用トイレから男女別のトイレへと移行したきっかけのひとつには、1954年に起こった文京区小2女児殺害事件です。授業中にトイレに行った女の子が、学校のトイレに用を足しに来た男に偶然に出会い、殺害された事件です。また2011年には、多目的トイレにわいせつ目的で引き込まれた3歳の女の子が、殺害され、死体はカバンに詰められて運ばれ、排水路に遺棄されるという事件もありました。これに限らず多くの性暴力が、トイレでは起こっています。

このようなことから、トイレがそもそも危険な場所であることは、一定の社会的合意があると思われます。そしてトイレの安全は、いまの制度では「男女」に空間をわけることによって、担保されています。しかしそのような制度設計と、自分の「性自認」に基づいてトイレを使用したいと考えるトランスジェンダーのひとの思いと、ほんのごく一部の、なんとかして女子トイレに入りたいと考える潜在的性加害者の存在とが、ハレーションをおこしてしまっています。このような状況下で、「女性が安全にトイレを使いたい」という、それ自体は当たり前の願いが、「トランス差別」と解釈されてしまいかねないという、複雑な状況がでています。

というのもよく誤解されているように、トランスジェンダーという概念は、性同一性障害(性別違和、性別不合、トランスセクシュアル)のひとだけを指すのではないからです。異性の服装をするひとから、ときには社会から押し付けられる性役割に違和感をもつひとまでを含み込む、ひろい概念です。そして「性自認を尊重する」という行為は、他人の内心の「性別」を受け入れることです。ですからどんな場合にでも、「あなたはトランスジェンダーの振りをしているのではないか」などと他人にいうことは、差別となってしまう可能性があります。他人の心をのぞき込むことは、できないからです。なので、(本当に)トランスした性自認をもつひとと、トランスジェンダーの振りをして女性のトイレに入ろうとする不届き者とを、判別することが難しくなってしまうことがあるのです*。

このような構造があるなかで、性の多様性に疑問を呈するかのような発言をすることは、かなりの勇気が必要だったのでは、とても怖かったのでは、と思ったのです。ところが加賀さんの答えは意外にも、「いや、むしろホッとしました」というものでした。「これまで自分が引き裂かれて、分断されているかのような思いがありました。でももうこれで『わきまえ』なくていい、必要なことを伝えていいのだと思いました」。

「もちろん、ほとんどの男性は性犯罪者ではありません。盗撮やのぞきなどを含めた性暴力に遭遇している女性にとって、女性スペースは『シェルター』としての意味をもちます。女性がトイレを安心して利用できることは、学校や職場に通い、日常生活を送るための必須の条件であり、社会進出のための基盤だと思います」。

自民党が提出した条例へのパブコメは、9割が反対

加賀さんが、最初に疑問をもったのは、自民党のLGBTの理解増進の条例案に対して、(行政手続法には則らない)パブリックコメントが募集されたときのことだったそうです。埼玉県の議会では、自民党が野党という位置づけにあります。この性の多様性にかかわるLGBT理解増進条例は、自民党から議会に提出されました。提出前に自民党が、ひろく条例案に対する意見を募集したのです。

ところがこの条例案に対しては、寄せられた9割が反対意見だったのです。「どのような反対意見があるのだろうかと、反対する人の意見を見てみました。すると、LGBの性的指向の問題とTという性自認の問題は、同じにはできないことがあるのだ、ということがわかりました。女性たちの懸念は、もっともだ、なぜこれが差別と呼ばれるのだろうと。女性の人権と衝突が起こっているのではないかと」。

「そういう懸念を話したら、動画でお話ししたように、あなたは男性嫌悪なんじゃないか。カウンセリングが必要だ、といわれたりしました。また『当事者の苦しみ』がわかっていない。その『苦しみ』を理解したら、とてもそんなことはいえないともいわれました。いわれたときにはそうかもしれないと自問したけれども、次第に、これは私個人の問題ではない、と考えるようになりました」。

小中学校の不登校経験などを経て、個人の問題は、なにかしら社会に繋がっているということに気が付いたという加賀さん。政治家になった理由は、「おかしいことには、おかしいという。そういうことができる職業として、政治家があることを知ったからです」。というわけで、黙らないことを選んだのは、加賀さんには当然だったのかもしれません(次回に続きます)。

*このパラグラフは、のちに付け加えました(2023年3月5日19時45分)。

武蔵大学社会学部教授(社会学)

1968年生まれ。東京大学文学部社会学科卒業。東京外国語大学外国語学部准教授、コロンビア大学の客員研究員などを経て、 武蔵大学社会学部教授。専門は現代社会学。家族、ジェンダー、セクシュアリティ、格差、サブカルチャーなど対象は多岐にわたる。著作は『日本型近代家族―どこから来てどこへ行くのか』、『女性学/男性学』、共著に『ジェンダー論をつかむ』など多数。

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