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「女性専用車両」は、まだ必要だ

千田有紀武蔵大学社会学部教授(社会学)
(写真:beauty_box/イメージマート)

女性専用車、将来は「多目的車」に?というニュースが物議を呼んでいる。「そもそも女性専用車はLGBTに意識が全く及んでいない時代に導入された」という女性専用車両が、談話から「多目的車」や「みんなの車両」に解消されていくべきではないかと読める記事である。

しかし周囲のLGBTの人に聞いてみたが、この「多目的車」への動きを支持している人は、一人もいなかった(バイセクシュアルの人には聞けなかったが)。当然である。LGB(レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル)は、性的指向の問題であり、ゲイだから、レズビアンだからといって、痴漢に遭うわけではない。とくにレズビアンの人は、女性専用車両を「多目的車」へと変えることは、激しく反対していた。

もちろん、男性から男性へ、女性から女性へ(女性から男性へも)の痴漢行為も存在する(私も、電車ではなかったが、女性からの痴漢被害に遭ったことはある)。ただそれは、「みんなの車両」となったら解決する問題でもない。隔離によって解決しようと思うのであったら、加害者と被害者をまず隔離しないことには始まらないからだ。

T(トランスジェンダー)の人にも聞いたが、論外であると一蹴された。元の性別を隠して、異なった性別で生きているのに、わざわざ「パス度チェック」をされるような性別でくくられた空間には近寄りたくない、とのことだった。男女のどちらかに分かれているスペースならともかく、一部の女性だけが行く場所に自ら近寄って、敢えて性別を問題にしたくないというのだ。

だとすると、「体と心の性が異なるなど、性自認に悩む人の利用へも目配りが求められる」ことが女性専用車両の解消理由であるということは、よくわからない。

駅係員らが男性の乗車を見つけると、利用を控えるよう声をかけ協力を求めている。だが、その際の判断基準は「外見など」(同社広報部)。LGBTに関係する申し出があった場合は、その場で謝罪し引き続き利用してもらうなど、個別対応するという。

女性専用車両に反対する団体は、しばしば女性専用車両にあえて乗り込み、女性に注意されたときには、女性専用車両がいかに法的根拠がないかととうとうと反論する動画を、インターネットによくアップロードしている。こうした抗議活動は頻繁にされているようである。ひょっとしたら女性専用車両に乗り込んで「LGBTです」「性自認は女性です」などとLGBTを持ち出して、悪用する男性がいるのではないかと勘繰ってしまうが、邪推であろうか。もしも万が一にそうだとすれば、これは単にLGBTに対する迷惑行為である。

ただ私は知り合わなかったが、「女性なんて言う名前のついた場所には近寄りたくもない」(私の知る限りでは、多くのトランス男性はそう言う)とは思わないトランス男性や、移行中のトランスジェンダーが避難所を欲しているとしたら、その避難所自体は必要だろう。

写真:Paylessimages/イメージマート

女性専用車両が導入されるようになった経緯には、ながい女性運動の経緯がある(小川たまかさんの「痴漢は犯罪」ポスターが生まれるまで 大阪「性暴力を許さない女の会」の28年などを参考のこと)。そのきっかけのひとつは、1988年の御堂筋線事件である。電車内での痴漢を注意した女性が、連れまわされ、マンションの建築現場で先の尖ったノコギリなどで脅され、暴力的に強姦された事件である。これに対して判決では、同情すべき成育歴から、「前途ある青年である」と情状酌量がされたのである。事件直後から「性暴力を許さない女たちの会」が結成され、他の団体とも連携をとりながら、要望書を出し、電話相談を行い、啓発活動、アンケートの実施など、地道な活動によって、痴漢が社会問題となっていった。そういった女性たちの活動の成果が実り、女性専用車両が実現したと聞いている。

会のメンバーによれば、事件から5年後に行われたアンケートでも、女性専用車両の必要性について聞いており、7割の女性が、必要、あったら利用する、と答えていたそうだ。阪神淡路大震災による鉄道の遮断と振り替え輸送によって電車が混雑して痴漢がさらに多発したことも、国土交通省の通達に繋がり、女性専用車両が実現したという。確かに関西では、首都圏と比べても終日の女性専用車両が存在するなど、あきらかに充実している(【調査】「女性専用車両」の実施時間を東京と大阪で比較してみたら衝撃の事実発覚! 大阪は「平日の朝」だけじゃなかった!)。それは、御堂筋線事件に衝撃を受けた、地道な女たちの活動があったからだ。

もちろん、女性専用車両に乗らなかった女性が被害に遭った場合、乗らなかったことを落ち度であると非難されるのではないか、女性を分断するのではないか、根本的な解決なのだろうかという逡巡もあったと伺っている。しかし、「とりあえずの避難所」としての、女性専用車両の歴史的使命を終えたとは、思えないのだ。

「痴漢被害など困っている人には、性別に関係なく耳を傾けることが必要だ。性的マイノリティーに限らず、何らかの理由でスペースが必要だったり車いすだったり、例えば『みんなの車両』のように、どんな車両なら誰もが使いやすいかを前向きな視点で考える必要があるのではないか」

記事中の談話には、異論はない。そもそも、女性の性被害の救済と、車椅子(現状でも、女性専用車両を利用することができる。介助者や障がいをもつ方が男性でも、小さな男の子連れでも、女性専用車両に乗れるという議論から始まったように記憶しているが、どうだろう)のかたと、LGBTを、「みんなの」車両で救済(?)するという発想は、雑すぎるようにも思う。

介助者を伴うひとや小さな男の子が女性専用車両に乗ることは引き続き継続したうえで、さらに「みんなの車両」を作るのがよいのではないか。そもそも男性の車椅子の方にとって、女性専用車両が心地よいとも思えない。「みんなの車両」を使用しなくても大丈夫な人は、できるだけ普通の車両を利用してもらって、また車椅子の方が、通常の車両を使うことも、当然受け入れられる。個人的には、子ども連れや、特にベビーカーを使っているときに、乗りやすい車両があれば、有難いと切に思っていた。

「女性専用車両ばかりがあってずるい」「冤罪に悩む男性専用車両をつくるべきだ」という意見もあるが、そのニーズが本当にあるのだったら、作ったらいいのではないかと思う。まったく反対はしない。

そもそもこれらすべての話が、痴漢被害が前提とされているという点でやりきれない。そもそも痴漢行為がなくなれば女性専用車両に関しては、問題は解決するからだ。しかし繰り返すが、残念ながら女性専用車両が不要な社会は、まだ到来していないように思われる。多くの人が、安心に電車に乗れる制度設計を考えるべきである。

*タイトルを「『女性専用車両』と『みんなの車両』と」から変更しました(2021年7月13日23時23分)

*「女性専用車両に反対する会」のかたがたなどから、「御堂筋事件は女性専用車両の成立に無関係である」というご指摘を頻繁に戴いているようである。「性暴力を許さない女たちの会」の方に直接お伺いしたが、御堂筋事件が「痴漢は犯罪だ」という認識を広め、様々な活動が行われた結果として、女性専用車両が実現したと認識しているというお答えをいただいた(2021年7月14日18時58分)

武蔵大学社会学部教授(社会学)

1968年生まれ。東京大学文学部社会学科卒業。東京外国語大学外国語学部准教授、コロンビア大学の客員研究員などを経て、 武蔵大学社会学部教授。専門は現代社会学。家族、ジェンダー、セクシュアリティ、格差、サブカルチャーなど対象は多岐にわたる。著作は『日本型近代家族―どこから来てどこへ行くのか』、『女性学/男性学』、共著に『ジェンダー論をつかむ』など多数。

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