ジュリア・ロバーツから #KuToo まで。大臣発言が、海外メディアで批判されるわけ

写真はイメージです(写真:アフロ)

根本厚生労働大臣が、6月5日の衆院厚労委員会で、職場におけるへの女性にハイヒール・パンプスの着用の義務付けに対し、「社会通念に照らして業務上必要かつ相当な範囲」「それぞれの業務の特性がありますから」と発言した

ニュースを聞くなり、「これは海外メディアで大騒ぎになるな」と感じた。そしてその通りになった。

ニューヨークタイムズ、ガーディアン、BBC、CNNなど多くのメディアで、 #KuToo のムーブメントと根本大臣の「失言」がとりあげられている。

海外の #KuToo ムーブメント

まず、海外ではすでに #KuToo のムーブメントが存在している。カンヌ映画祭のレッドカーペットのドレスコードとして、ハイヒールがあることが、何度も問題になっているのである

2016年には、ロンドンの会計事務所の受付係のニコラ・ソープさんが、ハイヒールを拒否したため、帰宅させられた「事件」があった。日本と同様に、署名は瞬く間に広まり、派遣会社は規定の見直しを余儀なくされている。

この事件に呼応するように、カンヌ映画祭のレッドカーペットのうえを、ジュリア・ロバーツが裸足で歩いたことは、記憶に新しい。前年度に、ハイヒールを履いていない女性が、追い返された事件もあった。そして去年の2018年にも、クリステン・スチュワートが裸足で歩き、話題を巻き起こしている。

このような「女性だけがヒールのある靴を履く」という「社会通念」「社会慣行」自体が批判されているというのに、それを労働の場にまで持ち込むことを、「社会通念だから」で済ませてはいけない。そもそも、厚生労働大臣に質問されたのは、それが労働問題であるからではないのか。

またAFPの報道では、厚生労働大臣が、health(健康) and labour(労働) minister(大臣)と訳されているが、ブラックジョークのようだ。今回の騒動を受けてSNSに投稿された女性の足の写真の多いこと。気の毒なほどの、足の変形である。長年の無理なパンプスの着用が、外反母趾や巻き爪、腰痛といった健康問題を引き起こしている。健康問題が起きてから対応すればいい、というものではない。

日本の「男尊女卑」は「おいしい」

日本のジェンダーギャップ指数は、149か国中110位である。特に足を引っ張っているのが、経済分野、政治分野での女性の活躍の低さである。

日本は先進国でありながら、男女平等の面で大いに立ち遅れているというイメージがある。そのなかで、男尊女卑発言と、女性の身体を使ったポルノ的CMなどは、「さもありなん」と海外では大いに報道価値のあるニュースなのだ。根本大臣の発言は、いわば「待ってました」といわんばかりのものである。すでに海外では、職場でのパンプスの押し付けに対する規制のある国もあるのだから。

あまり焦点が当てられていないが、「それぞれの業務の特性がありますから」という発言もいただけない。それぞれの特性とは、男女の特性だろうか。女性のハイヒールが「特性」であるならば、女性の脚や女性は、観賞されるべきだという意味なのだろうか。

日本国内の問題にみえても、インターネットもある時代、女性の立場に無理解な大臣の「失言」は、国際的な日本の名誉にもかかわる問題になり得る。心してもらいたい。

時代はカジュアルに?

私は大学で教えているが、大学生でパンプスや革靴を履いているひとは、ほとんどいない。多くがスニーカー、今の季節であればサンダルもいる、という感じである。その方がお洒落なのだ

私が大学生だったときは、パンプスが基本だった。私はそのパンプスが嫌で、サンダルを買おうとしたが、大きな靴屋のビルの「モデルサイズ」フロアでは、ほんの数足しか選択肢はなかった。

「ビジネスで、サンダルは許されないですからね。もうなかなか置いていないんですよ」。

しかしその後、女性も通勤などにサンダルが広まっただけではなく、男性にもサンダルが「お洒落」として広まっている。またスニーカーも適用範囲を確実に広げている。イギリスのロイヤルウエディングの招待客が、スニーカーだったときにはさすがに驚いたけれども。

最近、ある女優さんのインスタグラムの写真は、デニムにハイヒールだった。私は「素敵」と思ったのだが、SNSでは「なぜスニーカーにしないの」「ダサい」という反応だった。一度「楽」を覚えた身体が、窮屈な革靴に戻ることは、なかなかできないだけではなく、ファッション感覚、さらにいえば「社会慣行」や「社会通念」もまた、変わりつつあるのではないかと感じている