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自分の子どもの誘拐罪で5年の懲役―スペインで政治家まで出ての大騒ぎ

千田有紀武蔵大学社会学部教授(社会学)
(写真:アフロ)

自分の子どもの誘拐罪で懲役5年

スペインでは、自分の子どもの「誘拐罪」で懲役5年の罪に問われたお母さん(フアナ・リバス Juana Rivas)が、いま国を挙げて、もちきりの話題のようである。

海外では自分の子どもを、(元)配偶者に許可なく連れて逃げると「誘拐罪」になるとよく言われる。まさにその典型の事件である。

フアナさんは、イタリア人の夫と国際結婚をして、最終的にはイタリアに住んでいた。ところが、里帰りを理由としてスペインに2人の子どもを連れて帰り、隠れてしまったのだという。

これだけ聞くと、お父さんが可哀想だ、酷い話だと思われるかもしれない。

結果、フアナは誘拐罪に問われ、訴訟費用と慰謝料などなど30000ユーロ(400万円ほど)の支払い、6年間の監護権(親権)取りあげ、5年の懲役刑に問われた。子どもは父親の元へと引渡し。

DVの被害者でも「誘拐」?

ところがこの子どもの父親がすでに2009年、フアナさんへの暴力(DV)で、前に有罪判決を受けているとなったらどう思われるだろうか?

その後も暴力が続いた、とフアナさんは主張している。「母親として」暴力的な場所に4歳と12歳の子どもを返すわけにはいかない。子ども、とくに12歳の子どもは、その様子を見て「とても苦しんだ」という。

ファナさんは、地獄のような日々を生き抜いてきた。判決によれば、彼女は「何時間も部屋に閉じ込められ、殴られ、顔に唾を吐きかけられ、髪の毛を引っ張りまわわれる」だろうと述べたそうだ。

フアナさんは、1ヶ月の逃亡ののちに自首し、DVを申し立てたのが、裁判所は子どもを父親に引渡し、最終的には5年の懲役刑をフアナに言い渡した。

裁判所曰く、

2009年にはDVがあったかもしれないが、フアナさんは夫とやり直すことに決めてイタリアに行き、なんといっても次の子どもまで作ったではないか。その後の暴力には、証拠がない。

子どもが苦しんでいるというが、専門家が見ても、トラウマの証拠がない。

よって子どもは父親の元へと返還、フアナは誘拐罪で有罪だという。

父親の言い分

BBCによれば、父親は、メディアで騒がれて、自分こそが「被害者だ」といっている。

前は暴力をしたかもしれないが、監護権・親権で長期的に争いたくないし、面会交流権を取りたいから、それからは暴力は控えているのだと。

そしてよくある話だが、また以前の離婚した前妻が出てきて、「彼が暴力を振るうなんて信じられない」と証言をしている(子どもの殺人や暴力、虐待事件があったときに、前妻が出てきて否定するというのは、割と様式美)。

スペインの世論

「恐怖に駆られて、子どもを守るために逃げてきた女性は、誘拐じゃないと思います」とフアナは主張している。

フアナの事件は、スペインで大騒ぎになり、#JuanaEstaEnMiCasa (Juana is in my house フアナは私の家にもいる) というハッシュタグでツイッター上でも次々とツイートされた。

フアナの弁護士は、この判決を「司法の失敗」だと呼んでいる。

カルメン・カルボ副大統領も、(上告した)判決が確定するまで、投獄されることはないといっている。

「2人の子どもの利益が、守られなければならない。まさに今も」。

南アンダルシアの左翼連合の党首のアントニオ・マイロ氏はこの判決は「野蛮」であり、先例となるのが心配だと述べている*。

「この国は変わったと思ったのに、司法は相変わらず古いままだ」。

女性運動でも、何がDVで虐待なのかが理解されていないと、嘆かれている。

(父親の言い分とスペインの世論の部分は、基本的にJuana Rivas: Court jails mother who hid with sons in custody battle(BBC News)に依拠している)。

日本は何を学ぶべきか

アントニオ・マイロ氏は、司法が相変わらず古いと嘆いているが、日本ではむしろ、このような動きにいまさら舵を切ろうとしている。

例えば、面会交流を取り決めない限り逃げてはならないという親子断絶防止法案があった。立法の根拠になる事実は、母親が親権目当てでDVを捏造する「拉致・ゆうかい」が多発しているからだということだった(「親子断絶防止法」Apple Town 2014年5月号 馳 浩 衆議院議員(議員連盟事務局長))。

日本ではまだ単独親権であるため、実際には母親が主に育児をしていたら、DVをでっちあげなくても、ほぼ母親が親権を得ることは確実である。母親が「逃げる」のは、多くの場合、DVや子どもの虐待、家庭内の暴力に由来している。

親子断絶防止法案(現:共同養育支援法案)はそのまま廃案になるだろうが、これからはおそらく共同親権が法制審入りする。

そのときには、家庭内の暴力、虐待に大いに配慮していただきたい。

家庭内の暴力は、けっして例外事項ではないからだ。とくに離婚に至るときは。

共同親権に舵を切った国は、暴力への対応で苦慮し、何度も法改正を繰り返している。後から法律を作る国は、先人たちの苦労に学び、暴力に配慮した法律を、制定してもらいたいものだと思う。

繰り返すが、スペインのように「司法は相変わらず古いまま」ではなく、日本ではこれから作るものだからである。

Juana Rivas: Court jails mother who hid with sons in custody battle(BBC News)

Spanish woman jailed for hiding with sons to escape abusive partner(The Guardian)

ほかを参考にまとめさせていただいた。

*マイロ氏の肩書は、head of a left-wing federation of partiesである。スペインに詳しくなく、定訳をしらなかったため暫定的にこのように訳した。

武蔵大学社会学部教授(社会学)

1968年生まれ。東京大学文学部社会学科卒業。東京外国語大学外国語学部准教授、コロンビア大学の客員研究員などを経て、 武蔵大学社会学部教授。専門は現代社会学。家族、ジェンダー、セクシュアリティ、格差、サブカルチャーなど対象は多岐にわたる。著作は『日本型近代家族―どこから来てどこへ行くのか』、『女性学/男性学』、共著に『ジェンダー論をつかむ』など多数。

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