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女性専用車両をめぐるトラブル多発中―車両は男性差別?

千田有紀武蔵大学社会学部教授(社会学)
(写真:アフロ)

2月16日の朝8時38分頃、地下鉄千代田線で「お客様トラブル」が発生し、「旅客対応を行った影響」で、遅延が出たそうだ。SNSなどの投稿によれば、女性専用車両に乗り込んだ複数の男性に女性が注意したためだという。

女性専用車両は「男性差別」か?

女性専用車両は、「男性差別」だという主張をするひとがいる。

心優しき女性がそうで、「女性専用車両は男性差別だから、男性専用車両を作ってあげるべきだと思う」という高校生のレポートをよく読まされる。男性専用車両をつくれば、男性は痴漢の冤罪の恐怖から逃れられるし、私も反対はしない。しかし「痴漢」が原因で、男女の乗車区分が分けられる国というのは、どうもSF的で末期なような気がする。

男性の反対のグループのなかには、女性専用車両は男性差別であると主張し、あえて女性専用車両に乗り込む男性たちがいる。「ここは女性専用車両ですよ」と女性が注意したりすると、その様子を動画で撮影し、ネットにアップしたりもする。「女性専用車両は男性差別」「女性しか乗車できないという法的根拠を述べよ」と詰め寄って、論破、嫌がらせをするのが目的のようである。

女性専用車両がどうしてそこまで、男性たちの怒りを買うのだろうか。「男性全員を潜在的な痴漢とみなし、女性たちが自分たちだけで自衛しようとしているように見えるから? 俺たちをバカにするな」というような心理なのだろうか。本当に知りたい。

女性専用車両は決して居心地のいいものではない。日頃電車の先頭は事故にあう確率が高いと聞いて避けているが、私の使う線では女性専用車両は先頭にある。先頭に行くために、1本電車を送らせてホームを延々と歩く。

「女性専用車両は不要だ。40代、50代の女だって乗っている」という主張を目にして、ドギマギする。でもごめんなさい、40代女性だって、痴漢に合うことはある。それに痴漢の恐怖心から、満員電車が怖い女性だっているかもしれない。「賞味期限切れの女は、痴漢に合いもしないのに」と決めつけられても困る。

痴漢を注意してレイプされた「地下鉄御堂筋事件」

そもそも痴漢が社会問題となり、ついには女性専用車両が導入されることになったきっかけのひとつに、1988年の地下鉄御堂筋事件がある。電車の痴漢を注意した女性が逆恨みされ、電車から引きずり降ろされ、工事現場に連れ込まれ、暴力を受けて脅された挙句にレイプされた事件である。

大学に入学してから痴漢に悩まされていた私は、驚愕した。私の友人は痴漢を同様に注意して相手に逆上されてからこの事件を知り、「怖くて髪型を替えた。違う路線を使えないから悩んでいる」と話していた。電車の痴漢という「性暴力」は、理不尽でいつ自分に襲い掛かるかわからない恐怖だった。同じ路線を使う男性が飲み会で、「こいつ、いっつも痴漢しているんだぜ」と友だちにばらされていて、「自分が遭遇した痴漢の一人なのかもしれない」と思ったら吐き気がした。その当時は痴漢は「飲み会のトークで茶化せるほどの『趣味』『気晴らし』『遊び」であり、けっして「犯罪」であるとはみなされていなかったのだ。

この事件をきっかけとして「性暴力を許さない女の会」が発足し、精力的な活動の結果、2000年以降には女性専用車両の導入がされていった(性暴力を許さない女の会「地下鉄御堂筋事件」について)。

女性専用車両は、確かになくなったほうがいい。それは「男性差別」ではなく、「女性への性暴力」への対応だからである。性暴力がなくなれば、女性専用車両も必要がなくなる。「痴漢をするのは一部の男性」であるのも確かだ。心ある男性は、女性専用車両にではなく、痴漢こそに、憤りを向けて欲しいと思う。

武蔵大学社会学部教授(社会学)

1968年生まれ。東京大学文学部社会学科卒業。東京外国語大学外国語学部准教授、コロンビア大学の客員研究員などを経て、 武蔵大学社会学部教授。専門は現代社会学。家族、ジェンダー、セクシュアリティ、格差、サブカルチャーなど対象は多岐にわたる。著作は『日本型近代家族―どこから来てどこへ行くのか』、『女性学/男性学』、共著に『ジェンダー論をつかむ』など多数。

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