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元うたのお兄さんの「あたしおかあさんだから」が炎上するワケ

千田有紀武蔵大学社会学部教授(社会学)
(写真:アフロ)

人気番組「おかあさんといっしょ」でうたのお兄さんを務めていた「だいすけおにいさん」が歌う、「あたしおかあさんだから」がネットで炎上している。作詞をおこなった絵本作家の「のぶみ」さんが、自ら「感動した」という自信作だった。

早起きし、子どもに好きなおかずをあげ、テレビのチャンネル権もすべて子どもに譲るお母さんの生活が、「あたしおかあさんだから」という繰り返しのフレーズに挟み込まれて描かれている。最初に見たときには、最後になにか「オチ」があるのかと思ったのだが、なかった。割と単純に、お母さんの献身を強調する内容なので、まだ「燃え」ている。

漫画家の瀧波ユカリさんは、ツイッターで以下のようにいっている。

子供も私のことおかあさんって呼ぶし夫も時々そう呼ぶけど、

それ源氏名だしほんとの私じゃないし

私は自分のできる範囲でおかあさんプレイを楽しみこそすれ

「おかあさんだから」って理由で苦労などひとつもしたくない、お仕着せられたくもない。

そして家族はそれをわかってる

なるほど、「おかあさん」はひとつの役割に過ぎないということを、「源氏名」と呼ぶあたり、面白い。

このような歌詞は、お母さんを「お母さん役割」に追い詰めるだけではなく、子どもにもまたお母さんが我慢をして育児をしてくれたという「呪い」をかけるのではないかという意見も溢れている。

子どもの虐待事件のひとつのファクターに、お母さんが過剰に「いいお母さん」になろうとして挫折するという点があるから、お母さんに肩の力を抜くようにしてもらうのは、親子双方にとって良いことだ。

ツイッターのひとたちは、ハッシュタグを使って「#あたしおかあさんだけど」とつぶやきだした。龍波さんのツイートもそのひとつだ。

あたしおかあさんだけど

子供と一緒にギリギリまで寝るの

あたしおかあさんだけど

自分のアイスは死守するの

あたしおかあさんだけど

イケメンのために仮面ライダー見るの

(個人の方のツイートなので、アカウント名は伏せます。よければ検索を)。

さらに続いたのは、「#おまえおとうさんだろ」である。

はるかぜちゃんこと春名風花さんは、次のような歌詞をつくってブログで公開している。

おまえ おとうさんだろ

何で1人で寝てるの

おまえ おとうさんだろ

先におかず食べて お皿はそのまま

おまえ おとうさんだろ

この子の友達の名前知ってる?

おまえ おとうさんだろ

家族よりじぶんのことばかり

出典:春名風花オフィシャルブログ「おまえおとうさんだろ」

そうか。「あたしおかあさんだから」を「おかあさんだけど」に変えるだけでなく、「おかあさん」の立場から「おとうさん」も問えることに気がつかなかった。

それでは、そもそも真正面から「ぼくおとうさんだから」を問うとどうなるのだろう。このツイートは、驚くほど少ない。

ぼくはおとうさんだから(ってノリで)

趣味を諦めて

昇進も諦めて育休とって

低賃金だけど

君におもちゃを買うため

毎日毎日風邪を引いても

怒鳴られて辛くても

会社に行くんだよ

(個人の方のツイートなので、アカウント名は伏せます。よければ検索を)。

「あたしおかあさんだから」が「泣かせる」ものに対して、「ぼくおとうさんだから」は悲哀を感じさせ、どちらかというと悲惨なものにしかならない。この非対称性はなんなのだろう。

この「あたしおかあさんだから」で、個人的に気になったのは、ほとんど批判の対象になってはいない、冒頭部分の歌詞である。

ヒールはいて、ネイルして

立派に働けるって強がっていた

という「おかさんになるまえ」から、

今は爪切るわ 子供と遊ぶため

走れる服着るの パートいくから

あたし おかあさんだから

という変化である。

「立派に働けるって強がっていた」というのは、シングルで働いている女性にも失礼である。女性も「立派に」働いている。

男性の非正規化が社会問題になって久しいが、それ以上に女性労働者の過半数は非正規雇用である。

女性がパートタイマーという非正規雇用に就くのは、「おかあさんだから」…?

非正規就労のありかたは、近年社会問題になっている。

にもかかわらず、そういった雇用形態を選択することこそが、子どもへの愛情の証であるかのような歌詞には、やはり再考の余地があるのではないか。

どのような雇用形態を選択しようとも自由であるし、なによりもその自由を行使することすらできないことが問題なのではないか。

武蔵大学社会学部教授(社会学)

1968年生まれ。東京大学文学部社会学科卒業。東京外国語大学外国語学部准教授、コロンビア大学の客員研究員などを経て、 武蔵大学社会学部教授。専門は現代社会学。家族、ジェンダー、セクシュアリティ、格差、サブカルチャーなど対象は多岐にわたる。著作は『日本型近代家族―どこから来てどこへ行くのか』、『女性学/男性学』、共著に『ジェンダー論をつかむ』など多数。

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