アイヌがアイヌ役で主要キャストを務める史上初の映画『アイヌモシㇼ』。舞台は阿寒湖にほど近いアイヌの集落、アイヌコタン。そこで実際に生活するアイヌ住民による全面協力。それを可能にしたのは、脚本も手がけた北海道出身の福永壮志監督の熱意によるものだった。

 先住民族アイヌの誇り、伝統文化、今を生きるアイヌのリアルな一面を描く作品は、トライベッカ映画祭で審査員特別賞を受賞するなど、高い評価を受けている。劇中では、アイヌにとって最も重要な伝統儀式の一つ、イオマンテを取り上げ、カムイ(神)への感謝を忘れず、歌や踊りでまつる饗宴のシーンも。今回、アイヌコタンにて、出演者、住民の方々に周辺取材をさせていただいた上で、福永監督の思いを聞いた。

アイヌを題材にした映画を撮りたいとずっと思っていたという福永監督(撮影/Neo Sora)
アイヌを題材にした映画を撮りたいとずっと思っていたという福永監督(撮影/Neo Sora)

これはドキュメンタリーではなくて、フィクション

―― 2020年10月17日の公開から2ヶ月で、1万5,000人の動員数と50館の公開拡大と聞きましたが、すごいですね。

福永 素直にとてもうれしいです。アイヌという題材で、俳優さんじゃない人たちと作っている映画なんで、どうしても宣伝が難しいんですけれども、多くの人に見てもらっているというのは、出演者をはじめ協力してくれた皆さんのおかげで、それがきっと人の心に届いているのかな、と受け止めています。

―― アイヌの方が全面協力して、しかも主要キャストで出るという映画は、史上初だと聞いたんですが。

福永 他にもアイヌの方が出演されている映画はありますが、今回のようにアイヌが題材で、主演を含め、出演者のほとんどが実際のアイヌの方々というフィクションの映画は今までなかったと思います。

―― それがすごいなあと。ドキュメンタリー映画かと思うくらいリアルなので。

福永 いや、この映画は脚本があるフィクションです。出演者の方ほとんどに本人役で出演してもらっていてドキュメンタリー要素が強いアプローチをとってはいますけれども。

ネイティブアメリカンに出会って、ハッとして

―― なぜアイヌをテーマに映画を撮ろうと思われたんですか。

福永 自分は北海道の伊達市で育ったんですが、高校卒業までちゃんとしたアイヌの教育は学校の中でされていなかったし、アイヌのことを知れる機会を持てなかったんですよね。高校を卒業して間もなくアメリカに行って、2019年の夏に帰国するまで住んでいたんですけれども。

―― ニューヨークにおられたんですよね。

福永 最初はミネソタ州に2年いて、その後にニューヨークに行きました。ミネソタ州はネイティブアメリカンが多く、彼らの文化に興味を持ち出しました。ヨーロッパからの移民が先住民の土地を奪ってアメリカという国が成り立っている歴史的な事実を再認識したりするうちに、初めてやっと自分の生まれ育った北海道にも先住民族のアイヌがいて、そのことを何も知らないで自分はきてしまったということで、ハッとして。まずアイヌのことをもっと知りたいと思ったし、知るべきだと思ったんです。

―― 北海道に生まれ育ったということで。

福永 はい。差別、偏見というのは、僕が育った中では感じなかったですけれども、やっぱり過去にそういう歴史があるから、アイヌのルーツを隠す人も中にはいるし、健全な議論もなかなかされないし。アメリカに行ってからやっとアイヌのことに意識を向けるようになって、映画制作を勉強する中で、いつかアイヌの映画が撮れたらなという思いがあったんです。

土産店、飲食店などが集まるアイヌコタン(撮影/佐藤智子)
土産店、飲食店などが集まるアイヌコタン(撮影/佐藤智子)

―― それは何年前ぐらいですか。

福永 ぼんやり思い出したのは、大学を卒業して数年してからだと思います。

―― 福永監督は今、お幾つなんですか。

福永 38歳です。

―― では、10年くらい前からということですよね。

福永 そうですね。具体的に動き出せたのは5年前。フィールドリサーチで博物館へ行き出したのは、2010年代に入ってからのことです。北海道に帰るタイミングで行っていました。自分の1本目の映画の仕上げに入っているときに、次はアイヌの映画に取り掛かろうと決めていて。今まで、アイヌを題材にした映画の数は少ないんです。特に、フィクションとなると。その作り方としても、どうしても和人(わじん、日本人)の俳優さんがアイヌ役を演じてきたという歴史があって。そんな中アイヌの方にアイヌ役をお願いして映画を撮るということに、すごく意味があると思ったんです。

何度も何度もオファーに行ったアイヌコタン

―― 今回その出演者の方々に取材させてもらったときに、皆さんがおっしゃるのは、福永監督が何度も通ってきたんだよと。アイヌに興味のある方が、映画を撮りたい、テレビを撮りたいというお話はいっぱいくるらしいんですね。だけど大体断るし、強めの断り方をするらしいんですよ。相当冷たくしたんだけど、しつこいぐらいに来たと。もちろん愛を込めて言われていますが。何回ぐらい現場に行かれたんですか。

福永 何回だろう。撮影へ入る前に4~5回は行っていると思いますけれども。

―― そのときは、ニューヨークから行かれているんですよね。

福永 そうですね。

―― 結構きつめに断ったと言われてましたが、どうして諦めなかったんですか。

福永 うーん。きつめに断られたという印象もそんなにないんですけれども(笑)。今までアイヌの皆さんと近い距離で一緒に作っている映画はなかったし、ちゃんとした描き方というか、アイヌ役はアイヌの方にお願いして、一緒に映画を作ることが、偏見だったりを薄めるのにもいい影響があるんじゃないかと思ったんです。

アイヌコタンは観光スポットしても有名(撮影/佐藤智子)
アイヌコタンは観光スポットしても有名(撮影/佐藤智子)

―― 福永監督としては、アイヌをテーマにした映画を作るけれども、それはアイヌの方に出演していただくということが、ベースにあったということですね。

福永 はい。

―― それをお願いしに行ったと。

福永 そうです。

―― いろんな人からオファーがある中で、なぜ福永監督の作品には協力しようと思ったんですかと聞いたら、やっぱりへこたれずに何度も通ったということと、すごく情熱があったんだとおっしゃっていたんですが。その思いをどう言葉で伝えたんですか。

福永 ただ美しいですね、素晴らしいですねと過剰に美化したような見方をしたりせず、できるだけ真っ直ぐに思いを伝えました。余計なお世話と言われてしまえばそれまでなんですが、たぶん諦めなかったのも、自分がやりたいという気持ちだけじゃなくて、その先にもっと大きな価値があると思えたので。もちろんこれはアイヌの全てでは決してないんですけれども、実際この映画が今たくさんの人にとってアイヌのことを知るきっかけにもきっとなっていると思うんです。

自分のフィルターを通さずに描きたかった

―― 何回か通っているときに、最初はけんもほろろだったのが、いつから協力してもいいよみたいな話になったんですか。

福永 最初から賛同してくれたわけじゃないですけれども、中には面白そうだねと言ってくれた人もいましたし。まず俳優じゃない人に出演してもらって映画を撮ること自体が、日本では一般的になじみがないじゃないですか。

―― ないですね。

福永 それを説明したときにも、それで映画になるの? という疑問を持たれることはすごくあって。それでしょぼいものは作りたくないし、たぶんイメージが湧かなかったと思うんですよ。けれども、僕は1本目でも俳優じゃない人と一緒に映画を作っているので、それを踏まえて、こういうものを作りたいんだと説明して、徐々に分かってもらって。少しずつ信頼してくれたんだと思います。

少年を通して、今を生きるアイヌの人々の思いを感じられる映画(撮影/佐藤智子)
少年を通して、今を生きるアイヌの人々の思いを感じられる映画(撮影/佐藤智子)

―― こういうものを作りたいというのは、どういうことを言ったんですか。例えば、日常生活を撮りたいとか。

福永 何よりも、主人公の幹人(かんと)くんをはじめ皆さんの人となりを、できるだけ自分のフィルターを通さずに描きたかった。偏見を助長するものじゃなくて、なくしたいと思って映画を作っているから、皆さんの人としての魅力が出る映画を作りたかった。もちろんフィクションの映画なのでドラマは作らなきゃいけないんですが。

主人公は青年と設定していたのを少年に変えて

―― 何人ぐらいにお話されたんですか。

福永 数えてはないんですけれども、結構みんなにしましたよ。キャスティングを念頭に入れて、皆さんにお願いをしているので、この人はこういう立ち位置で出てもらえるんじゃないだろうかとか。

―― この人だったらこのキャラクターだなと、キャスティングを考えながらお話もしていたということですね。

福永 そうですね。フィクションの物語の中で本人役で演じてもらっているので、どういうキャラクターにするかというよりは、映画の中でそれぞれがどういう立ち位置かとか、実際のみなさんの人柄などを念頭に置いて物語を作っていきました。

―― その中で、今回幹人くんを主役にするということで。いやもう圧倒的な存在感で、最後のワンショットの顔だけでもう涙が止まらなくなっちゃうぐらいの。幹人くんを主人公にしようと思ったのは、いつ頃の話なんですか。

福永 いや、実は最初に僕は青年の話で考えていて。青年は、もちろんアイヌキャスト、架空の人物で、そこに合うアイヌの方をいろんなところで探していたんですよ。ですが、阿寒のアイヌコタンには年配の方が多くて。だから他の場所で探さなきゃいけないなと思っていたんですが、どうしても見つからなかったんです。ただ、阿寒で撮るというのは決めていたんですよね。なので考え方を変えて、主役も阿寒で見つけようということで、それまで書いていた脚本を白紙に戻して、少年の話にしようと決めたんです。阿寒には高校がないので、中学生以下で誰か適役を探しはじめたときに、すぐに幹人くんのことが頭に浮かびました。

本人役を演じる主演の幹人(かんと)くんの演技が評判を呼んでいる(写真提供/(C)AINU MOSIR LLC/Booster Project)
本人役を演じる主演の幹人(かんと)くんの演技が評判を呼んでいる(写真提供/(C)AINU MOSIR LLC/Booster Project)

―― そのときには会っていたんですね。

福永 はい、何回か会っていて。ただ、出演をお願いするとは思っていなかったので。阿寒に行く度にお世話になっていた下倉絵美さんの実際の息子さんだったので、接する機会はあったんですね。

―― そうなんですね。

福永 少年の話にしようと決めたのが、撮影に入る年で、2018年の年明けだったんですよ。絵美さんに相談して、幹人くんは出演に興味ありますかね、みたいなことを言っていたときに、あると思うよという話になって、電話で本人に聞いたら興味ありますと言ってくれたんです。すぐに2月初めに阿寒に飛んで行って、あらためて話をして、出演の意思を確認しました。

―― そのときは、幹人くんは12、3歳ですよね。

福永 13歳かな。

―― 青年役にしようと思ったときは、18、9歳の人を探していたんですか。

福永 いや、20代後半から30代前半ぐらいと思ってたんで。

なぜ、阿寒のアイヌコタンを舞台にしようと思ったのか

―― ちょっと話が前後しちゃうんですけれども、そもそもなぜ阿寒で撮ろうと思ったんですか。日高とか白老とかあるじゃないですか。

福永 他の町ももちろん行ったんですけれども、阿寒は地理的なものもあって、コミュニティがすごくしっかりあるなと思って。それはとても大事なことだったので。映画を撮るのに制作体制、協力を得ることでも大切だし、主要人物の個人の話でももちろんあるんですけれども、しっかりしたコミュニティが物語を作る上で必要でした。それが阿寒にはあったんです。

―― 阿寒はコミュニティが出来上がっている。そして、アイヌコタンは、歌を歌ったり踊りを子どものときからやっているから、芸能に慣れているというか。そうです。それもすごく大きな理由で。本格的な演技をしたことがないとは言え、いきなりスタッフが何人もいてカメラを向けられて、はいどうぞと言われて演技ができるというのは、簡単なことではないんですね。だけど阿寒の皆さんならば、観光を通して、芸能文化に携わってきているから、そういう表現の下地が。

―― 出来ているということですね。

福永 はい。

脚本は見せたけれど、セリフは覚えなくていいとお願いして

―― 実際に幹人くんの演技を見たときに、どんな感じがしました?

福永 素晴らしいなと思いました。僕は綿密なリハーサルも、演技指導もしていなくて、もっと自然にこういうふうにお願いしますとか、ちょっとしたニュアンスのことだったりとか、すでに皆さんが持っているものをどうやって映画という形に落とし込むか、橋渡しみたいな役割をしたと思っています。

アイヌコタンの住民たちの自然な演技が魅力(写真提供/ (C)AINU MOSIR LLC/Booster Project)
アイヌコタンの住民たちの自然な演技が魅力(写真提供/ (C)AINU MOSIR LLC/Booster Project)

―― 脚本は読んでもらって、話の流れみたいなのは、説明したんですか。

福永 脚本を書いている途中に、こういうのはどう思いますかという意見を聞くために何回か見せているし。最終的に出来上がったものも、内容を分かってもらうために読んでもらってはいるんだけど、実際に撮影するときには、セリフを覚えないでくださいと言って。

―― ええ〜。

福永 実際に撮影に入るときに、リハーサルというか段取りみたいな感じで、流れを説明しました。あとは、話を構成する上で絶対に言わなきゃいけないセリフが幾つかあるわけで。ただ、その内容のことだけで、言い方はこう言ってくださいというのは基本的には言わずに。そうすることで、映画を現実に寄せて、出演者のみなさんができるだけ自然に演じられるようにしました。

―― じゃあ、一応脚本はあるけれども、その言い回しや言い方はアドリブで。

福永 はい。言い回しも自由ですし。普段からみんな知っている仲だから、会話の中で自然にぽろっとアドリブも出るんですね。そういう言葉はどんどん言ってくださいとお願いしていたし。とてもいいセリフが出ると、それを繰り返すようにお願いして、テイクを重ねるうちにだんだん固まっていくというやり方でした。

自然でいられる環境を作るのが僕の役割

―― 監督としては怖くなかったですか。全くの素人に任せちゃったら話がどうなるか分からないし、不安はなかったですか。

福永 それはもちろん。だから話を成り立たせるために絶対言わなきゃいけないセリフというのはあるわけで。だからシーンの中で、大体ここで始まって、ここで終わりましょう、みたいなのはある。でも、セリフの言い方は自由だし、その間も自由だしという形で。要するに、俳優じゃない人にお願いする以上は、自然な演技が出せないと成立しないわけですよね。

―― そうですね。

福永 それを出すために自分は、指導じゃなくて、自然にいられる環境を作ったんです。共演者もみんな人となりを知っているわけだし、普段自分のいる場所で撮っているし、セリフも覚えないで自分の言葉で言えるという環境を作った。

―― いやあ、それがあまりにも自然だから。脚本があって、覚えてあれを言ったんだったら、それはそれですごく自然過ぎる。かといって、脚本が何もなかったら、あまりにもドラマチックじゃないですか。だから、えっ? と思いました。その中間ということだったんですね。ちゃんと軸はあるけれども、自然な感じになるようにしたと。

福永 はい、そうですね。

アイヌの真髄、イオマンテを題材にしたのは

―― 今回、イオマンテ(熊送りの儀式)というテーマになったのは、どういう経緯だったんですか。アイヌの方に聞くと、イオマンテというのはアイヌの真髄だから、すごいところをついてきたねという印象だったらしいんですが。

福永 イオマンテを題材にするというアイデアは、僕が各地でアイヌの方々からお話を聞いているうちに、少しずつ具体化してきて。阿寒に行ったときには、すでに言っていたと思うんですけれども、最終的にやるかどうかは、皆さんの話を聞いて決めようと思っていました。

―― 何が響いたんでしょうか。

福永 元々アイヌの文化、精神世界の集大成だったわけですね。それが時がたって、いろんな理由で現代は行われなくなってしまった。その中で復活させたい、やりたいという人もいれば、もうやらなくていいという人もいるし、その理由も本当にさまざま。イオマンテをやるかやらないかという会議のシーンがあるじゃないですか。あれは本当に賛成派の人は賛成。反対の人は本当に反対で、その理由も、彼らがあそこで言っているとおりなんですね。

―― そのままなんですね。

福永 過去と現在のギャップだったり、それぞれが持っている考え方だったり、文化との向き合い方の違いだったり、イオマンテを通してアイヌの中にある多様性が描けると思ったんです。

アイヌの伝統儀式、イオマンテをテーマに(写真提供/(C)AINU MOSIR LLC/Booster Project)
アイヌの伝統儀式、イオマンテをテーマに(写真提供/(C)AINU MOSIR LLC/Booster Project)

―― イオマンテというものの、監督なりの概念を教えてもらいたいんですが。アイヌにとってどういう意味があるのか。例えば、育てた熊を殺して霊を送るということだけじゃなくて、アイヌは自然と共生していると思うから、動物とも植物とも。だから、カムイ(神)が人間にも降りてきて動物にも降りてきてという、全てのものに霊が宿っているという考え方じゃないですか。それをどういうふうに思われているかなと。

福永 儀式の考え方自体は、そういうことですね。熊の中に神様がいて、全部の神様の中でもとても位の高い神様で、子熊を持ち帰って育てるというのは、神様と一緒に時間を過ごすということで。殺すというのは、神の世界に送り返すということ。育てている間は大事に大事にたくさんいい時間を過ごすから、その熊の中に宿っていた神様が神様の国に帰ったときに、他の神様みんなに、人間の国というのは本当にいいところだと、土産話を話してくれることで、神様がまた熊の肉体とかいろんなものに宿って、また戻ってくる。だからその恵みをまた貰えるという。そのサイクルの中核をなして人間と神様の関係性を築く儀式がイオマンテだったんですけれども。今は生活スタイルも変わったし、いろんな理由でずっとやられていないわけですよね。

―― そうですね。動物愛護の問題とかでも。

福永 そうです。ただ動物愛護というのも、それはそれで一つの主張だけど、アイヌの元々あった考え方や精神世界というものを無視した一方的な意見なわけじゃないですか。良い悪い、その是か非かを決める権利があるのはアイヌ自身だけだと僕は思っていて。現実的な問題で、今を生きる現代の人間として、観光があって、その仕事が無くなったら元も子もないんだし、そんなことをしても意味がないという人もいるし。それぞれいろんな理由がある。

―― いろんな意見がある。

福永 はい。だからその多様性を、一つの凝り固まったイメージじゃなくて、考え方だったり声みたいなものを、イオマンテというものを通して描けると思ったんです。あとは、イオマンテ自体が、アイヌの元々ある文化とか精神世界の集大成なので。

これがアイヌの全てではないけれどもきっかけになれたら

―― アイヌをテーマにするときに、イオマンテは代表的な伝統儀式だし、やっぱりウポポイ(北海道白老郡白老町にあるアイヌ文化の復興・発展を目的とした文化施設)とかでも、イオマンテの儀式の踊りを舞台でやられていますよね。

福永 そうですね。

―― 文化もだし、芸能的なものもそうだし、継承していっていることじゃないですか。

アイヌの若い方々もイオマンテは見たことはないけれども、その儀式の踊りはみんな踊れるとおっしゃっていたから。ただ、私がこの映画を見て思ったのは、アイヌの文化についてもいろんな考え方がある。結局、人間誰しもそれぞれの考えがあるじゃないですか。一つにアイヌはこう考えるということではなくて、いろんな人がいるという。それがすごく腑に落ちる。だから、あえてイオマンテとはどういうものだというのを映画の中で、説明されてないじゃないですか。

福永 そうです。詳しくは説明してもいないし、僕は賛成とか反対とかいうような主張をしたつもりでもないし。そこを通して、思いだったり考え方だったり、そこにある文化だったり、精神世界だったりを描きましたけれども、だからと言って、イオマンテをやりましょうなんていうことは一言も言っていない。

歌、踊りの伝統文化が息づいているアイヌコタン(写真提供/(C)AINU MOSIR LLC/Booster Project)
歌、踊りの伝統文化が息づいているアイヌコタン(写真提供/(C)AINU MOSIR LLC/Booster Project)

―― 福永監督としては、何かアイヌのこれを知ってくれとかいうようなことじゃなくて、本当にきっかけになればいいと。だから説明しすぎてないんですね。

福永 そうですね。本当にそう思っています。これは阿寒に今住んでいる皆さんの一つの姿であって、彼らの全てではないし、ましてやアイヌの全てでは決してなくて。ただどうしても固まったイメージを持っている人がまだまだいるので。それか全く知らないか。この映画が、アイヌに対してのきちんとした理解につながる一歩になればいいなと思っています。決して知った気にならないで、一人一人が理解を深め、もっといろんな問題を身近に考えるようになってくれたらと思っています。

後半(2/2)に続く