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日銀総裁AIは実現可能か?その妥当性と可能性。

佐藤哲也株)アンド・ディ
(写真:イメージマート)

植田新日銀総裁の就任予定で、異次元の緩和策とされた黒田路線が継続されるのか否かを含め今後の金融政策への影響が大きな話題である。

その一方で、近年のAIの進展はめざましく、またAIの学習に利用できるデータの質・量ともに格段に向上している。そのため様々な意思決定がAIに代替しうる可能性を検討することは極めて自然である。今回はやや大胆に思われるもかもしれないが、日銀の政策決定をAIが代替しうるのか考えてみたい。

言うまでもなく日銀総裁の人事が注目される理由は日本経済に与える影響が甚大だからである。なおかつ、その影響の大きさとともにその判断には極めて高度な学識経験や金融実務の知識が必要とされ、誰にでも判断できるものではないし、するべきでもない。また、その専門性から投票に代表される民主的な決定方法に依存することも望ましくない。そのため、日銀の政策判断は9人のメンバーから構成される政策委員会が熟議的に決定することとされる。とはいえ奇数メンバーでの多数決決定が行われるというから面白い。何れにせよそのような方法で政府からの独立性や透明性を担保している。

いささか理論的な言い回しになるが、日銀法で規定されるキーワードである「独立性」「透明性」というキーワードを実現するには、一義的には属人的な人間による決定より[** 何らかのアルゴリズムによる決定]が望ましいと言って良い。また、貨幣というデジタルな金融の分野はもっともAIの活用が実際に進んでいる分野であり、21世紀の金融市場ではAIによる取引が一般化しているという。日銀による判断がAI化したとしても全くおかしな話ではない。

画像生成AIで作成した日銀本店とAIロボット(なんか違う。。。)
画像生成AIで作成した日銀本店とAIロボット(なんか違う。。。)

その点では将来的な日銀の政策決定におけるAIの応用可能性は十分に存在するが、果たしてそのようなAIを実現する技術が今日どの程度実現しているのかどうかが重要である。

弱点から始めよう。しばしば日銀の政策決定には市場のセンチメント(心理)の裏を書くような「驚き」「意外性」のようなものが求められる。こういった人間の心理(しかも集団心理である)を相手にした対応は今日のAIにはいささか難しい。そもそも社会心理を把握する技術の改善が必要だ。日銀短観はややクラシックすぎる。その点生活者心理をめぐる一般消費財のブランド心理のほうがはるかに定量化されており、「金融市場の心理」を把握する定量化技術は改善の余地がありそうに思える。例えばマクロミル社によるMacromill Weekly Indexのような、社会一般の心理状態を定点観測している実例がある。しばしばメディア報道では根拠不透明な「市場関係者のコメント」が報道されるが、金融市場における世論調査といった形で、金融市場における同種のデータを元により精緻な政策判断が行われても良さそうだ。

いっぽうで、残念ながらAIの性能が低い場合には、悪い意味で一定の驚きが与えられる可能性もある。政策的な「驚き」が多すぎる事態は避けたい。卑近な例では自動運転AIでは横断報道を渡ろうとする人がいる場合には必ず止まってほしいものだ。そこに驚きはいらない。それと同様に日銀AIが実現した場合には、それなりの適切で妥当な判断が求められるだろう。実際に、過去に日銀の発表の一定の精度で予測する技術は研究されていることからも、日銀の政策的決定については一定の予測性があり、AIに代替される余地は十分にある。

なおかつ、最近話題の検索エンジン「Bing」のAIが実現しているように、最近のAIではその言及した事象に対する根拠を引用する機能がある。そういう点では日銀の政策判断が主に過去のどのような論文の主張や判断によるものなのか、参照できるようになることは決定の透明性を向上させる一因になるだろう。

また、特定の人格に影響されないことによるメリットとしては、かつてあったように総裁自身の個人的な金融取引を原因としたスキャンダル(たとえそれがメディアや世論が作り上げたとしても)から自由になる事が挙げられる。

ほとんどの読者は、裁判の決定や日銀による政策的決定のような社会的影響が大きな判断をAIが行うという議論に驚きを持たれるかもしれない。しかし、純粋に技術的にはおそらく不可能ではない。むしろそういった現実をどのように受容するかは我々一人一人の主権者の判断に依存しているのである。このようなことを考えるのがほんとうの意味での日本社会のDXだと筆者は考えるので、また機会を見て検討してみたい。

株)アンド・ディ

株)アンド・ディ(マーケティングリサーチ会社)代表。大学院卒業後シンクタンク勤務を経て大学教員に。主に政治・経済に関する意思決定支援システムなどを研究。日本初のVoting Assisted Applications(投票支援システム・いわゆるボートマッチ)を開発、他集合知による未来予測ツールなどを開発。現在はマーケティングリサーチにおけるAI応用システムの開発を行ってます。

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