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神経伝達速度より速い金融取引に社会的意義はない

佐藤哲也株)アンド・ディ
(写真:松尾/アフロ)

先日発生した東証の大規模システム障害は、超高速取引業者からの異常な注文が原因とされている。我が国を代表する金融システムとしては、特定の証券会社からの異常な大量電文で、これだけの障害が発生するのは少し心もとない。しかし複雑なシステムにおいて障害を完全に回避するというのもまた現実的ではなく、一定の障害を前提にした運用こそが本来求められる。

原因とみられる超高速取引業者は、ここ数年急激に存在感を増しており、強欲な投資家の金銭欲を刺激し続けている。この超高速取引は、他の市場参加者の取引判断の速度をわずかでも上回る注文を行うことで、ライバルの裏をかき利益をもたらす仕組みである。そのためにシステムに莫大な投資を行い数ミリ秒レベルでの高速化に取り組んでいる。

この超高速取引を広く白日のものに晒したのは「フラッシュ・ボーイズ 10億分の1秒の男たち」(マイケル・ルイス著)だが、そこで行われているのはライバルを出し抜くために取引所に近いサーバの設置場所を追い求めたり、直線で光ファイバーを敷設するような、生産的行為とは無縁のリアルなマネーゲームだ。

この超高速取引時代に、表面的に儲かるのは大別して2種類である。一つはごく一部の幸運なトレーダーであり、もう一つは高頻度トレードより膨大な手数料が得られる証券会社とその親玉としての証券所である。一方損するのは個人を含む一般的投資家であり証券会社から見て価値のない客であるために無視されている。

しかし、長い目で見たときの本当の敗者は金融システムに対する公平感や信頼を持てなくなる人類全体だろうと筆者は考える。このような超高速取引に社会的意義はあるのか。金融機能の社会的意義については諸説あるが、コンパクトでアクセス容易な大和総研のレポートでは下記の5点を挙げている。

- 貨幣価値(バーチャルなもの)とモノ(実物・実体)の橋渡し役として、両者を信頼ある関係で

つなげること。

- (誰にとっても使い易い分かり易く)つねに信頼できる金融市場を整備しておくこと。

- 金融取引が実物経済・社会に与える影響を適切に把握、評価し、市場参加者にきちんと伝えるこ

と。すなわち広い意味での SRI(社会的責任投資)を実践すること。

- 持続可能な発展のために、金融の「異なる時点間での資源配分機能」を活用すること。

- 金融はあくまでモノ(実物経済)の上に成り立っていることを、金融業としてはっきり認識し、金

融に携わる人間は謙虚であること。

出典:金融の社会的意義に関する 一考察 (筆者により一部補足)

端的に言って、超高速取引は上記の観点のいずれにも当てはまらず、社会的存在意義はまったくないと言ってもよいだろう。つまり単なるマネーゲームであり、社会的資源の浪費に過ぎない。例えてみれば、1分に1回のペースで宝くじが売り出され、当選番号が決まり払い戻しが行われるような所作を永遠に繰り返しているに過ぎないのである。そして、そのようなマネーゲームを推奨しているのが取引所自身である。なにせ取引所はそのためのサーバラックを高額で貸し出すサービスまで行っているのだから。

上記大和総研のレポートにあるように、本来の金融とは実物経済の上に成立している範疇で行われるべきであり、そして実体経済とは人間の厚生の実現のために存在することは必然である。そのためには、人間が意思決定したり感情をもつ、つまり神経伝達速度の時間単位よりも速い速度で金融財の所有権が移動することは非合理であり単なる無駄である。

しかし、資本主義経済の中で、強欲な投資家により高度にシンボル化した財の流通速度が速まっていくことは避けられない経済的現象であることも事実である。そこでは、過度な金融取引の過熱を防止するための適切な規制が必要であるが、証券業界全体が高頻度取引により利益を得られる構造になっている以上、改善していくことは困難で、国家や政府による適切な政策的介入が今後検討されるべきであることは主張しておかねばならない。

追補:

なお、若干余談になるが、具体案として私が提案したいのは取引方法の懐古化である。超高速取引が成立するためには、連続的な価格変化を許容する取引方法が採用されていることが必要である。それは一般に連続ダブルオークション方式 (Continuous double auction)と呼ばれる方式である。しかし市場の取引方法には板寄せ方式といった時間的余裕を持ちうる別の方法もあるので一考の余地がある。板寄せ方式は一定期間(1分でも良い)内の決められた時間に一つの価格を決定するアルゴリズムであるので、超高速取引が実現する余地はない。(もっとも、板寄せには板寄せなりの不公正な攻略方法があるようであるが。)

株)アンド・ディ

株)アンド・ディ(マーケティングリサーチ会社)代表。大学院卒業後シンクタンク勤務を経て大学教員に。主に政治・経済に関する意思決定支援システムなどを研究。日本初のVoting Assisted Applications(投票支援システム・いわゆるボートマッチ)を開発、他集合知による未来予測ツールなどを開発。現在はマーケティングリサーチにおけるAI応用システムの開発を行ってます。

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