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ブロックチェーンは権力の辺縁部でこそ活用されるべき

佐藤哲也株)アンド・ディ
(写真:アフロ)

久しぶりに聞いたビットコインのニュースはハッキングによる大量流出の話題である。そもそも、ブロックチェーンは各ノードの秘密鍵の流出にとても弱いという特徴がある。オンラインのサーバセキュリティに完璧ということがなかなか期待できない以上、数十億にものぼる顧客の資産をオンラインサーバ上で管理することは本来極めて危険な行為である。ことさら技術的にも監督官庁的にも管理のずさんなことで知られた取引所の資産が流出するのはほとんど時間の問題だった。

これが仮に大手銀行のデータセンターでのハッキングであれば、もう少し別の対応ができる。口座間の資金移動にはそれなりの確認が行われ、基本的に送金先の口座にも一定の法的保護が存在しているからだ。仮に一般的な振込で誤送金があった場合には、口座の管理者である銀行の判断に基づいて組戻しと呼ばれる無効処理が行われる。しかし、分散する権力ネットワークに基づくブロックチェーンではそのような1ノードの特権的な(わがままな)判断は受け入れられない。複数回の巨額流出を経てそのようなブロックチェーンの弱点が明らかになりつつある今、そろそろブロックチェーンは終わりの始まりを迎えると考えるのが自然である。

しかし、ブロックチェーンという技術は、そのような合理的な推論を無視させる魅力がある。まだ私達が知らないだけで、ビットコインのような魅力的な利用場面(ユースケース)があるのではないだろうか、それによって世界が少しでも前進するのではないか。そのぐらい「約束の空中固定装置」とされるブロックチェーンの技術的優位性は魅力的である。だから、世界を変える面白いサービスがいつか現れるのではないか。そんな期待をもたせる。それがブロックチェーンであり昨年世界を熱狂させた仕組みである。

ビットコインバブルは小休止しているが、一方でいくつかの野心的なブロックチェーンプロジェクトは活発に活動しているようだ。また、LINEの参入-Yahoo!ニュースのように大手ネット会社がサービス展開を発表している。そこで、いくつかニュースにのぼっている国内のサービスを改めて確認してみたが、今ひとつブレイクする予感を感じさせるサービスはなかった。そこで、本論ではブロックチェーンの理論的位置づけから、有効なユースケースについて考えてみたい。

ブロックチェーンはしばしば分散型台帳技術と呼ばれるように、その本質が分散的に二重利用などを含まない信頼できるデータを保有できることにある。その前提には、相互のノードがお互いに信用されない、つまり支配的な管理者が不在であるということがある。その前提が満たされない環境では、ブロックチェーンの本質的なメリットは生かされない。ここで支配的な管理者として考えられるのは国家、政府、大手銀行などの既存の一定の信頼、永続性、実行力をもつ組織である。つまり、逆に言えば特権的な管理者が定義できる環境でパブリックブロックチェーンを適用しようとするプロジェクトはほぼ本質的な意味がないとみなして良い。

それでは、世の中にあふれている、いわゆるプライベートブロックチェーンはいったいどんな意味があるのか?と読者の中には不思議に思われる方もいるだろう。もちろん先の結論の通りで、個人的にはプライベートブロックチェーンは本質的な意味が乏しいと考えている。しかし、あえてプライベートブロックチェーンを採用しているプロジェクトに見いだせる意味としては、少なくとも2つ程度は思いつく。1つはプライベートの定義に基づく理由であり、もう1つはビジネス的な理由である。

1つ目の理由としては、プライベートつまり周囲に一定の境界があるが、その内部の複数主体間に相互信用が存在せずかつ十分に競争的な環境であれば、ブロックチェーンを利用する価値がありうる。もっとも、その場合でも外部との境界を維持しようとする特権的管理者がブロックチェーン以外のデータベースを使わせる強制力があれば、あまりブロックチェーンを積極的に用いるモチベーションには乏しいはずであるとは言える。しかし、特権管理者が時代にあった認証基盤やプラットフォームを提供していないなどの理由で境界内の主体にとって相互信頼が難しい状況であれば導入の価値は出てくる。

ビジネス的な理由はもっと簡単で、今は極めて限定された利用場面しか存在しないパブリックブロックチェーンであるが、将来的には何らかの技術革新(特にセカンドレイヤーまわり)が起きてより広範に使われることになるかもしれない。その際には、既存の金融機関の存在意義が大いに問われる事態になることは間違いなく、そのための保険としてプライベートブロックチェーンプロジェクトに関与し、関連技術や開発体制の構築を準備しておくことは金融業界への事業の影響を考えると当然である。しかしこれは期待される技術革新が起きなかった場合には無駄になる。

話を戻すと、特権的な管理者がいる環境ではブロックチェーンの意味が乏しいということは、ブロックチェーンの有効なユースケースは既存権力の辺縁部にこそあるということにほかならない。本来のカオス論とは少し使い方が違うかもしれないが、ここで秩序が失われる世界をカオスと呼ぼう。つまり、その意味では無秩序、つまりカオスでこそブロックチェーンの有効性が発揮されるのである。このことは、ブロックチェーン技術を用いて新しいプロジェクトやビジネスを発生させようとする主体にとっては矛盾する要件である。例えばLINE社は、同名のプラットフォームアプリをサービスラインナップに持っているが、そのような特権的な主体にとって、カオスを前提にしたブロックチェーン技術は本質的に相性が悪いのである。

そのように考えると、ブロックチェーン技術を政府をあげて推進している、少なくとも金融庁はかなり矛盾を抱えていることになる。金融庁といえば国内の金融機関を管理監督する権力の総元締めであり、それがカオスと相性の良いブロックチェーンを推進しているというのは、自分自身の権力性にかなりの自信がある、つまりブロックチェーンごときでは自分たちの権益は揺るがないという主張のようにも思える。要するに俺たちの権益には影響がないが、この技術は学んでおくメリットがあるからという理由で推進していることになり、かなりの自信があるのだろうと思う。少し島国っぽさを感じるのは私だけだろうか。

いくつか最近発表された例を挙げて考えてみよう。下記のリンク先は、タイミングの悪いことに例の流出事件の報道と同日にリリースされたチケット転売の防止アプリである。

ブロックチェーンでチケット転売防止、京大発スタートアップLCNEMの「Ticket Peer to Peer」

余談だが、チケット転売がなぜ悪いことなのか個人的にはよくわからない。しかし、現状を顧みると少なくともチケットを売っている側の商業的な努力と知性が不足していることは間違いない。何人かの経済学者が極めて優れた転売対策を提案しているが、採用しない理由がわからない。いわば購入者に対する道義的な裏切りと言えるのではないだろうか。チケット販売という独占的な立場を利用して、非合理で社会的損失の大きな販売方法を継続しているのは社会的問題なので、公正取引委員会などの出番のような気がするのは私だけだろうか。

話を戻すと、この記事で紹介されているプロジェクトのスキームを見ると、チケット販売業者がこのブロックチェーンサービスを採用する形式を想定しているようだ。しかし原理的に考えるとチケット販売業者はそのイベントを主催するかどうか、また誰を参加者とするかどうかの決定すら可能である特権的ノードであるからして、このようなビジネス環境においてブロックチェーンを適用しようとするのはあまり筋が良くない。(※もっとも、この記事タイトルでは「防止」と紹介しているから誤解されやすいが、サービス開発者の紹介エントリによると、通報インセンティブをつけただけの決して防止できる仕組みでもない模様ではあるが)

次は、KYC(厳格な本人確認)にブロックチェーンを使おうとする事例である。金融業界におけるKYC手続きは確かに重要であるが、証券会社のような既存の信用の高い組織がブロックチェーンを用いて改ざん防止を主張しても、もともと証券会社そのものを信用しているのであり、ブロックチェーンを使うことで改ざん防止が合理的に期待できるようには考えにくい。また認証局を利用した三者間認証は一般的なSSLで用いられている方法であり、その三者間で証明書を分散保持するというのは特段新しい要素とは言えない。

楽天証券、ブロックチェーン活用の新ログイン方法でID・パスワード不要に

ほかにもブロックチェーンの使い所に不思議な点があるプロジェクトは枚挙にいとまがないが、それも止むを得ない構造的な問題を指摘しておこう。

今のところ、唯一と言って良い成功したユースケースは、ビットコインであり、その本来の利用目的は合法的で一定水準の蓄財が困難な非民主的国家からの資産逃避(キャピタルフライト)であった。しかし、メインユーザが多く居住していた中国政府がその利用を法的に禁止してからは、そのボラティリティを期待した投機が大半の利用である。言うまでもなく資産逃避は中央政府の権力の辺縁部に発生するニーズであり、また法的リスクを考えると高い手数料も負担できるため、ブロックチェーンのユースケースとして例外的に適合したと言って良い。

そして同時に新たに通貨を作ることによるシニョリッジ(通貨発行益)があまりに膨大であるために、誰もが次なるビットコインを狙って、無知な投資家には理解できない壮大なスキームを描いて詐欺的に投資が行われているのが実情だろう。しかし投資を実行してその投資リターンを得るということは、それがICOという擬似的なものであったとしても、既存の証券または類似するスキームを利用する形になる。その証券スキームというものは時間をかけてマーケットで作り出されたもので、一定の法的な保護のもとで存在しているシステムであり、決してカオスの中に存在しているわけではない。しかし、野蛮な投資家の強欲さはその2つの距離を理解していないか、理解しても無視しており、その結末が技術的にまた社会実装的な矛盾として表出しているのである。

そのように無駄な開発力が無駄な実装のために利用されている一方で、本当のカオスの中には人道的観点から社会的対応が必要な犯罪や被害者がたくさんいることも事実である。その典型例は国家の犯罪に基づく難民や貧困であり、そういった社会的弱者の救済こそブロックチェーンが活用されるべきである。しかし、そのような問題には膨大な既存貨幣のリターンが期待できないことが多く、あまり注目されないことは極めて残念である。しかし私はブロックチェーンを正しく理解して社会善に向かって活用しようとしている人々が少ないながらもいることも知っているから、ブロックチェーン技術そのものには大いなる期待をしているし、カオスだからこその様々なアプローチがあることも承知の上で応援していければと思っている。次のエントリではそのあたりの可能性について触れたい。

長文をお読みいただきありがとうございました!

株)アンド・ディ

株)アンド・ディ(マーケティングリサーチ会社)代表。大学院卒業後シンクタンク勤務を経て大学教員に。主に政治・経済に関する意思決定支援システムなどを研究。日本初のVoting Assisted Applications(投票支援システム・いわゆるボートマッチ)を開発、他集合知による未来予測ツールなどを開発。現在はマーケティングリサーチにおけるAI応用システムの開発を行ってます。

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