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valuは賭博では?

佐藤哲也株)アンド・ディ
(写真:アフロ)

個人を株式市場の証券に見立てて取引するサービスのvaluという面白いサービスが出てきました。ところが、残念ながら賭博の構成要件を満たしてしまっているように思えます。今日はそのことについて考えてみます。

市場メカニズムは大変強力な仕組みです。参加者が売り買いの情報を入力し、結果として価格情報が算出される情報処理システムとして市場を理解することもできます。その出力を適切に解釈すれば有用な情報が得られることから、しばしば集合知メカニズムとして取り扱われてきたという歴史があります。その中でももっともよく知られているのは様々な社会現象(イベント)を予測するための予測市場でしょう。

適切な市場メカニズムの利用はリスクの計量や分散に活用でき、社会的有用性があることは言うまでもなりません。ですが、取引対象を物理的な財からより抽象的な財、つまりイベントの発生や各種の権利に拡張していけばしていくほどその取扱は困難になります。理論的には社会通念上望ましくないとされる賭博と投資行為の区別が付きづらくなります。

予測市場を応用した研究を行うにあたってこのことは常に問題となってきました。例えば現金で次期総理を予測する市場を作ったとすると、それは賭博とみなされて適法性を満たさないというのがこれまでの学会での支配的な理解でした。大まかに言えば我が国の法律では、金融商品や公営ギャンブルなど個別の法律で対応されている例外を除けば、すべての賭けが賭博罪の対象になるとされるという理解です。

筆者の確認した範囲では、今回のvaluはインターネット上のインフルエンサーを擬似的な証券銘柄とした上で、ビットコインを使って取引する仕組みのようです。ログインするとダブルオークション方式を採用しているような比較的シンプルな板情報が見えました。この疑似証券を購入するユーザのインセンティブや証券として登録されたい個人の願望自体も興味深いのですが、それは今回の議論の対象ではないので次回に譲ります(あるのかな?)。とにかく取引的には比較的単純な仕組みで、例えばある時期に1BTCで購入して、次の機会で10BTCで売却すれば9BTCの儲け(取引手数料を除く)になるというモデルのようです。

このモデルが賭博に当たるかどうかですが、念のため定義から検討してみましょう。一般に、我が国の賭博罪における賭博の定義としては、「偶然の勝敗により財物・財産上の利益の得喪(とくそう)を争うこと」とされています。今回のvaluで用いているビットコインが"財物・財産上の利益"にあたることはほぼ明白だと思います(※1)ので、争点は"偶然の勝敗"に当たるかどうかになります。

一般に賭博定義における"偶然"は大変幅の広い概念で、ゲーム的に運要素の存在しない将棋のようなゲームでも多額の現金などを賭けた場合には賭博罪の適用対象になるこということで、ほとんどの賭け行為が賭博になると考えて良さそうです。valuは一見証券市場のような見た目のため、"賭け"とは考えられないかもしれませんが、これは立派な賭けです。馬券的な市場のオッズとダブルオークションの価格はアルゴリズム上の表現上の違いに過ぎません。結果として、現状のvaluは従来の理解であれば賭博であると解釈されてもやむを得ないと思われます。

一方で、最近のシェアリングエコノミーやネットサービス界隈では、サービス自体は当初コンプライアンス的にグレーで社会的に糾弾されるものであっても、実績を作っていく中で法律側が変わったりすることもあるので、そういった路線を狙っている可能性もあるのかもしれません。

個人的には現在の賭博の構成要件は社会通念から考えて厳しすぎる規制だと考えています。少なくとも市場メカニズムを利用して客観的な予測・評価情報を抽出するような少額の取引であれば、賭博の例外にすることで実現される社会的便益もあります。valuがきっかけとなって賭博を取り巻く考え方が変わっていくことを少し期待したいというのが筆者の立場です。というより、仮にvaluが適法でお咎めなしということになれば、インフルエンサーに紐付けるよりも、もっと取引テーマの社会的ニーズや価格の社会的影響の強い市場テーマが次々とあらわれてくるでしょう。おそらくそれは株式市場型のクラウドファンディングに近い、イベント型市場モデルになると思われます。

なお、以上は必ずしも法律の専門家ではない筆者の見解に基づくものです。間違いなどありましたらご指摘いただけると助かります。

※1:ひょっとするとビットコインが"財物・財産上の利益"に当たらないという解釈なのかもしれません。そしてそれは新しい三点方式になるかもしれません。ですが、大手電器店舗の決済手段にも用いられている仮想通貨がそれに当たらないというのは無理筋だと思います。

株)アンド・ディ

株)アンド・ディ(マーケティングリサーチ会社)代表。大学院卒業後シンクタンク勤務を経て大学教員に。主に政治・経済に関する意思決定支援システムなどを研究。日本初のVoting Assisted Applications(投票支援システム・いわゆるボートマッチ)を開発、他集合知による未来予測ツールなどを開発。現在はマーケティングリサーチにおけるAI応用システムの開発を行ってます。

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