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4400勝を達成した武豊が「追求する騎乗」と「言われて心に残った言葉」とは?

平松さとしライター、フォトグラファー、リポーター、解説者
JRA通算4400勝を達成した武豊騎手(写真提供;日刊スポーツ/アフロ)

20年前から変わらぬ光景

 2月5日の東京競馬場、メインの東京新聞杯(GⅢ)の直前の話だ。連続騎乗にもかかわらず、パドックへ向かう武豊に「小倉は盛り上がっていたんじゃないですか?」と聞くと、笑いながら次のような答えを返してきた。

 「自分と祐一(福永騎手)ばかりが勝つから『20年前によくみた光景』なんて言われました」

 前日の小倉競馬場、第1レース。スマートアイに騎乗した彼は前人未到のJRA通算4400勝を達成していた。このレースの2着馬ショウナンアキドンに騎乗していたのは福永。続く第2レースは福永が勝って武豊は3着。更に第3レースで武豊が再び勝利すると、その後、第6レースをまたも福永が勝ち、更に続く第7レースは武豊が1着で福永が2着。レジェンド武豊は53歳で、今月で鞭を置き、調教師に転身する福永は46歳。20年以上前から日本の競馬界をけん引する2人の名手の競演に『20年前によくみた光景』などという言葉が囁かれるのも納得出来た。

JRA通算4400勝を決めた翌日、東京競馬場で騎乗する武豊騎手(右)と、その前をいく福永祐一騎手
JRA通算4400勝を決めた翌日、東京競馬場で騎乗する武豊騎手(右)と、その前をいく福永祐一騎手

天才が追求する騎乗とは……

 実際、これだけ長きにわたって活躍出来る原動力となっているのは何なのか。以前、彼の口から聞いた印象的な言葉がある。

 「ファンの皆さんに『競馬場に来て良かった』と思ってもらえる騎乗を常に追求しています」

 「これといった趣味はない」と語る日本のナンバー1ジョッキーが「唯一、趣味といえるかも……」と語るのが“スポーツ観戦”だ。

 「球技でも格闘技でも、個人戦でも団体スポーツでも、何でも観るのは好きですね。よくテレビを点けっ放しにしてスポーツニュースを見ています」

 他の競技から競馬につながる何かを見つけよう、などという気持ちはないそうだ。ただ、次の言葉から、少なからず影響を受けている点もある事が分かる。

 「阪神ファンなので、観戦に行く事もありますが、やはり良い試合を観たいという気持ちはありますね。阪神が勝ったとしても、それがエラーで決まるような試合では面白くない。満足出来る内容の試合を観たい。だから、自分も『観に来て良かった』と思ってもらえる騎乗を心掛けているんです」

 私自身、この天才ジョッキーとメジャーリーグやサッカーの国際試合等をご一緒させていただいたが、好ゲームの時は帰り道で満足そうな表情の彼を見る事が出来た。例えば2012年にはシャーガーC参戦のために訪れていたロンドンで、オリンピックの女子サッカー決勝を観戦。試合はなでしこジャパンが1対2でアメリカに敗れ、準優勝に終わった1戦となった。試合後の表彰式で、なでしこイレブンは、皆で手をつないで表彰台へ向かった。その行進する様を見て、武豊は「良いゲームでしたね」と笑顔で言った。自らがプレーヤー側となった場合も、ファンにそういう気持ちで帰ってもらいたいという思いを持ち続けていられるからこそ、今でもトップジョッキーでいられるのだろう。

2012年ロンドン五輪で女子サッカー決勝を観戦した際の武豊
2012年ロンドン五輪で女子サッカー決勝を観戦した際の武豊

原動力になっている言葉とは?

 また、もう一つ、長らくジョッキーを続けられる要因になっていると思えるエピソードを、彼の口から聞いた事がある。

 「競馬学校時代に真家さんという教官がおられました。熱血漢で厳しいその教官に言われた言葉が、原動力になっているかもしれません」

 武豊が影響を受けた人を語る時、よく名前が出てくるのが、師匠の武田作十郎元調教師、兄弟子の河内洋元騎手、現調教師、父の武邦彦元騎手、元調教師ら。また、先輩ジョッキーの岡部幸雄元騎手(引退)にも憧れたと言うが、彼等の言葉ではなく、競馬学校の教官の名前を挙げたのには理由があった。

 「岡部さんは勿論、河内さんにしても師匠にしても、父も皆、言葉でどうこう言う人ではなく、態度で示してくれる人でした。それに対し、教官は教えるのが仕事ですからね。沢山の言葉をかけてもらいました」

 そんな中で、騎手を長く続ける源となったのが次の言葉だという。

 「どうせやるなら、とことんやってみろ!」

 この言葉の意味を、武豊少年は次のようにとらえたと続ける。

 「中途半端にやるのではなく、一所懸命に騎手という仕事を突き詰めてみろ!と言われた気がしました。だからそれ以来、人と比べてどうとか、数字や記録がどうではなく、騎手として手を抜かないように、とことん努力するように心掛けています」

 勿論、この志は現在でも同じ。だからこそ変わらず活躍を続けられているのだ。大記録を達成した翌日の東京で、武豊に「お!4400勝ジョッキーだ!!」と声をかけると、彼はニコリと笑いながら、次のように言った。

 「いえ、4402勝ですよ」

 そうだ。ついつい区切りの数字にばかり目がいくが、実は1つ勝利を積み重ねる度に、彼は新記録を更新しているのだ。また、この言葉から分かるのは、史上初の4400という記録も武豊は通過点ととらえているという事だろう。果たしてどこまで“とことん突き詰めるのか?”。これから先がまだまだ楽しみだ。

(文中敬称略、写真撮影=平松さとし)

ライター、フォトグラファー、リポーター、解説者

競馬専門紙を経て現在はフリー。国内の競馬場やトレセンは勿論、海外の取材も精力的に行ない、98年に日本馬として初めて海外GⅠを制したシーキングザパールを始め、ほとんどの日本馬の海外GⅠ勝利に立ち会う。 武豊、C・ルメール、藤沢和雄ら多くの関係者とも懇意にしており、テレビでのリポートや解説の他、雑誌や新聞はNumber、共同通信、日本経済新聞、月刊優駿、スポーツニッポン、東京スポーツ、週刊競馬ブック等多くに寄稿。 テレビは「平松さとしの海外挑戦こぼれ話」他、著書も「栄光のジョッキー列伝」「凱旋門賞に挑んだ日本の名馬たち」「世界を制した日本の名馬たち」他多数。

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