シャフリヤールを取り巻く3人の男達

 調教師・藤原英昭の父の告別式に出席したのは何年前だろうか。

 そのお父様について、「ロンドンの街並みを背景に父が写っている写真がありました」と語ったのは藤原英昭の弟で、同調教師の下、調教助手を務める藤原和男だ。

 夜8時を過ぎても明るいイギリスの、馬の街で知られるニューマーケットの空の下、それを兄・英昭に確認すると「何も面白い話ではない」と口を開いた後、旗幟鮮明に言い切った。

 「父は元繋駕速歩競走の騎手で、元厩務員だったからね。だから大昔に研修でニューマーケットに来た事があったみたい。だけど、今回うちらがここに来たのは目的がまるで違う。勉強しに来たわけではない。挑戦や!! 勝つために来たんや!!」

英国ニューマーケットでの藤原英昭調教師
英国ニューマーケットでの藤原英昭調教師

 藤原兄弟と同じように父子で競馬界で働いていた大當(おおとう)孝浩。シャフリヤールの担当をする持ち乗り調教助手だ。

 「父は伊藤雄二厩舎(解散)で厩務員をしていました。マックスビューティ(1987年、桜花賞、オークス)の担当をしていました」

 藤原厩舎に所属すると、2009年5月にはタスカータソルテと共にシンガポールへ遠征。これが大當にとっては勿論、厩舎としても初めての海外遠征だった。

 「初海外で自分に全く余裕がありませんでした。『ああしなくちゃいけない』『こうしなくちゃいけない』という思いで一杯いっぱいで、まるで深いブリンカーをしている状態でした」

 国内では重賞を3勝していたタスカータソルテだが、結果は5着に敗退。更に1年後の10年5月、悲劇が起きた。

 「タスカータソルテがレース中に故障を発症し、予後不良になってしまいました。シンガポールでは自分の経験不足のせいでよい競馬をさせてあげられず、いつか一緒にリベンジを、と考えていたのに、突然の別れとなってしまい、しばらくショックを引きずりました」

2009年、シンガポールに遠征したタスカータソルテ。曳いているのが大當助手で乗っているのが藤原和男
2009年、シンガポールに遠征したタスカータソルテ。曳いているのが大當助手で乗っているのが藤原和男

足掛け14年目の海外GⅠ初制覇

 「野球でもサッカーでもそうだけど、競馬でも世界を目指すのは自然の流れ」

 そう語るのは藤原英昭。タスカータソルテ以降もストレイトガールやステファノス、ヴァンドギャルドなどでたびたび海を越えた。しかし、なかなか先頭でゴールを切る馬は出なかった。

 藤原和男は兄の下で働く前、北橋修二厩舎(解散)で働いていた。当時、エイシンプレストンと共に香港で3度も戴冠していたが、そうそううまくいかない事を、痛いほど味わった。

 「プレストンとの経験も活かしたつもりだけど、結果が出ず『何が違うのだろう?』と何度も考えました」

エイシンプレストンとの香港遠征では3度も頂点を極めた。左から藤原和男助手、北橋修二元調教師、福永祐一騎手
エイシンプレストンとの香港遠征では3度も頂点を極めた。左から藤原和男助手、北橋修二元調教師、福永祐一騎手

 大當の担当したフィエロも、14、15年と2年連続で香港マイル(GⅠ)に挑んだが、栄冠を手にする事は出来なかった。大當は言う。

 「14年に父が他界し、何とか海の向こうから天国へ朗報を届けたいと思ったけど、うまくいきませんでした」

14年、父が他界した後に遠征した香港での大當とフィエロ。騎乗しているのは福永
14年、父が他界した後に遠征した香港での大當とフィエロ。騎乗しているのは福永

 20年、そんな男達の前に現れたのがシャフリヤールだった。

 「最初からこの馬で大きなところをとれなかったらダメだと感じました」

 指揮官がそう語れば、大當も「背中のバネが凄かったので、大仕事を出来る器だと思いました」と言った。

 結果、彼等の感触に誤りはなかった。21年、シャフリヤールは見事にダービー馬へ昇華すると、この春にはドバイへ遠征。ブリーダーズCターフ(GⅠ)の覇者ユビアーらを完封し、ドバイシーマクラシック(GⅠ)を優勝。タスカータソルテから足掛け14年、延べ19頭目での初海外制覇に、藤原兄弟は声を揃えて言った。

 「ここまで充分、時間をかけてきたから、これからはバンバン行きますよ」

 また、大當は次のように言った。

 「海外もあちこち行かせていただき、最初の頃にはなかった余裕を持てるようになりました。改めて、経験を積ませてくれたタスカータソルテには感謝しかありません」

ドバイシーマクラシック勝ち直後のシャフリヤールと大當。騎乗していたのはC・デムーロ
ドバイシーマクラシック勝ち直後のシャフリヤールと大當。騎乗していたのはC・デムーロ

海外GⅠ連勝を狙うそれぞれの想い

 シャフリヤールと藤原兄弟、そして大當は、ご存知の通り海外GⅠ連勝を目指し、現在はイギリスのニューマーケットにいる。現地時間15日の夕方、日本時間同23時40分にスタートが切られるプリンスオブウェールズS(GⅠ、アスコット競馬場、芝1マイル1ハロン212ヤード=約1990メートル)が新たなターゲット。日本馬が頂点に辿り着いた事のないアスコットで、偉業達成に挑む。

 現地入り後「改めて父の偉大さを知った」と語るのは大當だ。

 「こちらで知り合ったJRAの関係者に『お父様にはお世話になりました』と言われました。父は海外競馬がどうこうという事はなかったけど、改めて自分がまだまだ父の域に達していないと痛感しました」

 ちなみに大當の長男は現在、トレセンの他の厩舎で働いている。自らの父を超え、子息からは同じように「偉大な父」と思ってもらうためには「海外で勝ち続けるのが近道かな……」と父・大當は語った。

ニューマーケットでの大當(左)と藤原和男
ニューマーケットでの大當(左)と藤原和男

 一方「ここに来た目的が父とは違う」と言った藤原英昭だが、続けて次のようにも言った。

 「父のお陰でこの世界に入ったのは事実です。『藤原厩舎は厳しい』とかよく言われるけど、これは父の“馬に対しては妥協しない姿勢”を自分が受け継いでいるから。ここニューマーケットのホースマンは皆、それが当たり前という働き方をしています」

 父から継承した信念の正しさを示すためにも、藤原兄弟にとってイギリスで勝利する事はマストと考えているのだろう。結果が出るまで24時間を切った。果たしてどんな結末が待っているのか。注目しよう。

ニューマーケットでのシャフリヤール。右が藤原英昭で乗っているのは藤原和男
ニューマーケットでのシャフリヤール。右が藤原英昭で乗っているのは藤原和男

(文中敬称略、写真撮影=平松さとし)