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アカイイトの関係者が語る「一流騎手で変化した部分」と有馬記念に懸ける想いとは?

平松さとしライター、フォトグラファー、リポーター、解説者
アカイイトと柴田雅章助手(本人提供写真)

トレセンを見学して馬に魅せられる

 11月9日の朝だったと男は言う。

 『一度使ってハリが出てきたね』

 「そう言って顔を撫でていってくれました」

 1人のジョッキーの行動を、そう語った。

 男の名は柴田雅章。1983年10月14日、京都府福知山市出身の38歳。2人兄弟の長男として育てられると、高校生の時、母の知人が厩務員と結婚したのをきっかけに、栗東トレセンを見学する機会に恵まれた。

現在の柴田雅章調教助手
現在の柴田雅章調教助手

 「トレセンの広さと競走馬が綺麗で可愛いのが印象に残りました」

 そこで夏休みの1ヶ月、北海道の牧場で働いてみた。

 「ファンタストのチャンピオンズファームという育成場で、寝藁上げ等を手伝いました」

 高校卒業後、2001年からBTCの20期生として1年間、サラブレッドについて学んだ。

 「本格的に乗ったのは初めてでした。何度も落とされたけど、大きな怪我はしなかったので、なんとか心は折れずに済みました」

 卒業後は牧場に就職。05年まで汗を流した。

 「馴致は勿論、お産や種付け、セリを引っ張るなど良い経験をさせていただきました」

 途中、美浦トレセン近隣のドリームファームへ約半年、出向した。同牧場はエルコンドルパサーでも知られる二ノ宮敬宇元調教師(勇退)が営んでいた。

 「二ノ宮先生にはしょっちゅう家へ呼んでもらい、馬乗りだけでなく様々な事を教えてもらいました。成人式のお祝いもしていただきました」

現役時代の二ノ宮敬宇元調教師
現役時代の二ノ宮敬宇元調教師

面白い名前の馬との出合い

 そんな経験を糧に07年、競馬学校に入学すると、08年から栗東・中竹和也厩舎に籍を置く事になった。

 「中竹先生から口うるさく指示される事はなく、比較的自由にやらせてもらっています。その分、責任を持ってやらないとダメと感じています」

 17年からは調教助手となると、19年、1頭の牝馬が入厩した。

 「最初は『面白い馬名』と思いました」

 それがアカイイトとの出合いだった。

 「ゲート試験は発馬が悪くて2度落ちたけど、体幹が良くてしっかりとしていたし、背中も良い馬で、大人しかったから上のクラスまでいけるとは感じました」

 ただキ甲も抜けていないし、もう少しつくべきところにつくものがついてくればもっと成長するだろうと思ったと続ける。

 そうして4歳を迎えた今年、変化を感じたと言う。

 「体がしっかりして安定感が出てきました。どっしりしてパワフルさを感じるようになったのです」

 年頭にはまだ2勝クラスを走っていたが、6月にはオープン入り。秋初戦では重賞の府中牝馬S(GⅢ)に出走した。

 「休み明けで気が入り過ぎて出負けしちゃいました」

 結果7着まで追い上げるに終わったが、続く1戦で果敢にGⅠのエリザベス女王杯にエントリー。その大レースを週末に控えた火曜日の朝の出来事が、冒頭に記した話だった。

 「ノリさんが栗東にいて、アカイイトの顔を撫でながら『叩かれてハリが出てきたね』と言ってくれました」

 柴田に『ノリさん』と言われたのは横山典弘。前走の府中牝馬Sや前々走の準オープン勝ちなど、過去に5度、アカイイトとタッグを組んでいた。

過去に5度、タッグを組んだアカイイトと横山典弘騎手
過去に5度、タッグを組んだアカイイトと横山典弘騎手

一流騎手の一流な態度に感服

 エリザベス女王杯を前にしたアカイイトについて、柴田は述懐する。

 「ノリさんに連続で乗ってもらい、競馬を教えてもらったせいか、角馬場で乗っていても馬がハミを取る場所など細かい部分を理解してきた印象を受けました」

 思えば3歳の頃から乗り味を褒めてくれていた。一流ジョッキーが評価してくれたそんな馬がGⅠを目前にして更に良くなっているのだから、次のように思った。

 「一線級が揃っているけど、デキの良さでどこまで出来るか楽しみだ」

 GⅠはスタンドから見守った。

 「後方にいたので直線勝負だと思ったら早目にマクっていたので驚いたし、心配になりました」

 しかし、そんな心配もものかわ、アカイイトは先頭でゴールを駆け抜けた。

エリザベス女王杯、ゴール前のアカイイト
エリザベス女王杯、ゴール前のアカイイト

 「コロナ禍なのに、申し訳ない事に思わず騒いでしまいました」

 我を忘れそうになった柴田だが、レースの直後、ハッとさせられる光景を目にした。

 「ノリさんがオーナーに『使われて良くなっていましたよ』と声をかけ、(騎乗した)幸(英明騎手)さんに手を差し伸べて握手をしていました。自分が前に乗っていた馬が勝って、自分は3着に負けてしまったのに、そういう態度を出来る。器の大きさと共に本当に馬が好きなんだと感服させられました」

有馬記念に懸ける想い

 そんなアカイイトは今週末の有馬記念(GⅠ)でGⅠ連勝を目指す。

 「前走後は放牧に出さず厩舎で仕上げています。有馬記念に挑戦出来るチャンスなんて滅多にないので悔いの残らないように臨みたいです」

 そう語る柴田には2人の息子がいる。次男は乗馬を始めたばかりと言うが、長男は現在すでに競馬学校騎手課程の1年生。順調なら24年のデビューとなる。果たしてそれまでにお父さんはGⅠコレクションをいくつまで増やせるだろうか……。まずは「今はもう『面白い馬名』とは思わない」アカイイトのグランプリでの走りに注目したい。

アカイイトと柴田。エリザベス女王杯制覇後も放牧には出さずトレセンで仕上げられて有馬記念へ向かう(本人提供写真)
アカイイトと柴田。エリザベス女王杯制覇後も放牧には出さずトレセンで仕上げられて有馬記念へ向かう(本人提供写真)

(文中敬称略、写真撮影=平松さとし)

ライター、フォトグラファー、リポーター、解説者

競馬専門紙を経て現在はフリー。国内の競馬場やトレセンは勿論、海外の取材も精力的に行ない、98年に日本馬として初めて海外GⅠを制したシーキングザパールを始め、ほとんどの日本馬の海外GⅠ勝利に立ち会う。 武豊、C・ルメール、藤沢和雄ら多くの関係者とも懇意にしており、テレビでのリポートや解説の他、雑誌や新聞はNumber、共同通信、日本経済新聞、月刊優駿、スポーツニッポン、東京スポーツ、週刊競馬ブック等多くに寄稿。 テレビは「平松さとしの海外挑戦こぼれ話」他、著書も「栄光のジョッキー列伝」「凱旋門賞に挑んだ日本の名馬たち」「世界を制した日本の名馬たち」他多数。

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