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エイシンヒカリの香港Cは単純な逃げ切りではなかった!! 武豊の技術と戦略とは?

平松さとしライター、フォトグラファー、リポーター、解説者
2015年の香港カップ(GⅠ)を逃げ切ったエイシンヒカリと武豊騎手

不利といわれる外枠にも鞍上は動じず

 現地時間12日、香港シャティン競馬場で香港国際競走が行われる。

 1200メートルから2400メートルまで、4つのカテゴリーのGⅠが開催されるが、中でもメインとして行われるのが2000メートルの香港カップ。日本馬が世界で最も実績を残しているのがこの中距離戦。過去には同距離のシンガポール航空国際C(GⅠ)をコスモバルクとシャドウゲイトが連覇(2006、07年)したり、ルーラーシップやネオリアリズムがやはり同距離のクイーンエリザベスⅡ世盃(GⅠ、以下QEⅡ)を勝利したり(12、17年)と、日本国内で手の届かなかったGⅠを海外で射止めた例は多数ある。一昨年のウインブライト(QEⅡと香港カップを両方勝利)も同様だが、やはり海外で中距離のGⅠを2勝したのがエイシンヒカリ(栗東・坂口正則厩舎)だ。16年にはフランスのイスパーン賞(GⅠ)で2着を10馬身も置き去りにした同馬だが、初のGⅠ制覇は香港。15年の香港カップ。そして、手綱を取ったのはいずれも日本を代表するジョッキー・武豊だった。

翌2016年にはフランスのイスパーン賞(GⅠ)もぶっち切って逃げ切ったエイシンヒカリ
翌2016年にはフランスのイスパーン賞(GⅠ)もぶっち切って逃げ切ったエイシンヒカリ

 15年の暮れ、香港入りしたエイシンヒカリ。持ち前のスピードを活かすには逃げてこそ、の馬だったが、直前の天皇賞(秋)(GⅠ)はスタートで躓きハナを奪えず。結果9着に敗れていた。

 「だから今回はゲートボーイを付ける事にしました」

 そう語ったのは調教助手として現地入りした坂口智康(現・調教師)。

エイシンヒカリの調教をつける坂口智康調教助手(現・調教師)
エイシンヒカリの調教をつける坂口智康調教助手(現・調教師)

 一方、実際に騎乗する武豊は意外にも悠然と構えていた。

 「普段、ゲートがうるさいわけではないのでどちらでも良いです」

 舞台となるシャティン競馬場の2000メートルはスタート後すぐに最初のコーナーにかかるため、内枠が圧倒的に有利と言われているが、日本の快速馬に与えられた枠順は外よりの11番。しかし、これにも世界中で経験豊富な天才騎手は余裕を見せて、言った。

 「ポンと出られれば大丈夫です。それほど気にする問題じゃないですよ」

 最終追い切りの後には「外ラチ沿いを走らせたら気持ち良く走っていました」と言って笑みを見せた。エイシンヒカリは東京競馬場で外ラチ沿いまで飛んで行ってしまった事のある馬。だからジョーク交じりにそう言ったのだが、同時に馬場のチェックは怠っていなかった。大雨だった前日の空模様を受けて、次のように言った。

 「エイシンヒカリのスピードを活かそうと思ったら緩い馬場は嫌だったけど、今朝は随分と捌けていました。レースまでまだ日もあるし、この感じなら心配なさそうです」

最終追い切りを終えたエイシンヒカリ。鞍上はもちろん武豊
最終追い切りを終えたエイシンヒカリ。鞍上はもちろん武豊

逆手前のまま走らせた理由とは?

 こうして迎えたレース当日。馬場入り後の返し馬で「おや?」と思ったと言う。

 「いつもなら飛んで行くように返し馬に移るのに、ゆっくりと歩いてくれました」

 ゲート裏の輪乗りでは多少うるさく見えたが、これも「日本よりマシ」と鞍上は気に留めなかった。

エイシンヒカリの馬場入り風景。落ち着いている様子が分かる
エイシンヒカリの馬場入り風景。落ち着いている様子が分かる

 こうしてスタートが切られるとすぐに先手を奪った。

 「最初のコーナーは逆手前で突っ込んでいきました。でも、手前を変えさせるよりも行きたがるのを抑える事を優先したので、あえてそのまま走らせました」

 順手前に変えさせれば「尚更行きたがるかも」と瞬時に判断したのだ。

 お陰で「向こう正面ではだいぶ折り合ってくれた」と言い、更に続けた。

 「3コーナーまでいけば手前は勝手に変えてくれると思いました」

 数々の修羅場を潜り抜けてきたそんな経験則が活きる出来事がもう1つ、あった。

 「普段なら右へ行きたがるから右鞭にするのですが、カメラを搭載している車が右前を走っていたせいか、そちらへ行こうとせず、真っ直ぐ走ってくれたので、持ち替えず左鞭のままで追いました」

 すると、エイシンヒカリが2番手以下を突き放した。

 「ターフヴィジョンを見て、ゴール手前100メートルで勝利を確信出来ました」

 2ハロンごとのラップを綺麗に23秒台でまとめ、2分00秒60というレースレコードで武豊=エイシンヒカリは逃げ切った。

見事に逃げ切ったエイシンヒカリと武豊
見事に逃げ切ったエイシンヒカリと武豊

世界のホースマンが絶賛した手綱捌き

 「ユタカマジックだな」

 そう語ったのは香港で開業していたR・ギブソン。フランス時代から武豊に一目を置いていた調教師だ。

 「ジョッキールームですぐにお酒をふるまいました」

 これはO・ペリエの弁。

 「やっぱりタケさんは凄い」

 こう言ったのは同じく香港に渡っていたM・デムーロ。

 そしてやはり香港にいた蛯名正義(現・調教師)は嬉しさと驚きのミックスした表情で次のように言った。

 「さすがユタカ。役者が違うよ」

香港国際レース当日の武豊騎手と蛯名正義騎手(現・調教師)
香港国際レース当日の武豊騎手と蛯名正義騎手(現・調教師)

 武豊とエイシンヒカリのコンビが、翌年、フランスでGⅠをぶっち切るのは先述した通り。

 ラヴズオンリーユー(牝5歳、栗東・矢作芳人厩舎)、レイパパレ(牝4歳、栗東・高野友和厩舎)、そしてヒシイグアス(牡5歳、美浦・堀宣行厩舎)の3頭の日本馬が挑む今年の香港カップ。果たしてどんな結果が待っているだろう。エイシンヒカリのような喜ばしい結果となる事を期待しよう。

(文中敬称略、写真撮影=平松さとし)

ライター、フォトグラファー、リポーター、解説者

競馬専門紙を経て現在はフリー。国内の競馬場やトレセンは勿論、海外の取材も精力的に行ない、98年に日本馬として初めて海外GⅠを制したシーキングザパールを始め、ほとんどの日本馬の海外GⅠ勝利に立ち会う。 武豊、C・ルメール、藤沢和雄ら多くの関係者とも懇意にしており、テレビでのリポートや解説の他、雑誌や新聞はNumber、共同通信、日本経済新聞、月刊優駿、スポーツニッポン、東京スポーツ、週刊競馬ブック等多くに寄稿。 テレビは「平松さとしの海外挑戦こぼれ話」他、著書も「栄光のジョッキー列伝」「凱旋門賞に挑んだ日本の名馬たち」「世界を制した日本の名馬たち」他多数。

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