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7勝目を目指す天皇賞マスター藤沢和雄師がスピルバーグで制した時のエピソード

平松さとしライター、フォトグラファー、リポーター、解説者
14年天皇賞(秋)を勝利した藤沢和雄厩舎のスピルバーグ(写真;アフロ)

後の天皇賞馬に対する第一印象は……

 2014年10月。毎日王冠(GⅡ)に出走したスピルバーグは3着に敗れた。

 「負けたけど次の目標に向かう事を考慮すると内容としては良かったですよ」

直前の毎日王冠では3着に敗れたスピルバーグ(ゼッケン8番)
直前の毎日王冠では3着に敗れたスピルバーグ(ゼッケン8番)

 レース後にそう語ったのは同馬を管理する藤沢和雄。後の1500勝トレーナー。彼が“次の目標”と語ったのはこの年、第150回のメモリアルとなる天皇賞(秋)だった。

 遡ること3年。11年10月に、当時2歳のスピルバーグは東京競馬場、芝2000メートルの新馬戦でデビューした。遅れ気味のスタートで序盤は最後方。その後、少しずつ番手をあげ、4コーナーでは先団を射程圏に捉えたかと思えた。しかし、各馬が追い出しにかかると、一旦置かれ気味になる。ラスト1ハロンで先頭との差は4~5馬身。万事休すかと思えた。

 「あの態勢から良く伸びてくれた」

 藤沢がそう語ったようにそこから猛追すると、最後にはきっちりと先頭に立ってゴールに飛び込んだ。誰もが父のディープインパクトを彷彿とさせると感じさせた末脚だが、藤沢は少し違う思いでそれを見ていた。

 「最後こそ伸びたけど、あまり進んでいこうとしないなぁ……」

 そう感じ、これを改善していかないと出世は見込めないのでは?と考えたという。

 その考察に誤りはなかった。その後のスピルバーグは共同通信杯(GⅢ)でゴールドシップ、ディープブリランテに続く3着、プリンシパルSで1着となり日本ダービー(GⅠ)に駒を進めたがレースぶりはいずれも後方から。結果、ダービーでは14着に敗れると骨折もあって長期の休養を余儀なくされた。

藤沢和雄調教師
藤沢和雄調教師

天皇賞前に驚きの最終追い切り

 13年8月、ダービー以来約1年2ヶ月ぶりにターフに戻ってきたスピルバーグは丸山元気を背に好位で立ち回った。結果は6着に沈んだが、その後、条件戦を連勝。翌春にはオープンも勝って3連勝を飾ると、伯楽は言った。

 「休み明けで元気がうまく先行させてくれたのが活きてきたね」

 こうして冒頭の14年秋の話に戻る。毎日王冠(GⅡ)を3着に叩かれると、第150回の天皇賞(秋)にチャレンジした。

 この年の皐月賞(GⅠ)馬でダービーも2着だったイスラボニータや牝馬3冠の他にジャパンC(GⅠ)連覇やドバイシーマクラシック(GⅠ)勝ちもあるジェンティルドンナらを相手に日本一の調教師がどのような仕上げで挑むのかと思い注目していると、予想出来ない最終追い切りが待っていた。

 レース4日前、10月29日の水曜日に美浦トレセンの坂路で追われたスピルバーグの時計は半マイル56秒0、ラスト1ハロンが14秒2。GⅠに挑戦をしようとする馬でなくても遅い時計は、ごく軽い追い切りである事を意味していた。

 「前走(毎日王冠3着)で能力は再確認出来ました。ならば、人間が躍起になっても仕方ない。もちろん(調教は)やらなくては仕上がらないけど、無理をさせて壊してしまっては元も子もない。このくらいで充分と見極める事が大切だと判断した上での最終追い切りでした」

スピルバーグ
スピルバーグ

「ディープ産駒というよりは……」

 結果、この一見「軽過ぎる?」とも思えた追い切りに関し藤沢はそう言った。そして、実際に結果でその言葉の正当性を証明した。スピルバーグはジェンティルドンナやイスラボニータを差し切って見事に先頭でゴールを駆け抜けてみせたのだ。

 「スピルバーグはディープインパクトの仔だけど、どちらかと言うとその姉のレディブロンドに似た感じだったかもしれません」

 史上最強馬の4つ上の姉レディブロンドは藤沢厩舎から5歳でデビュー。いきなり1000万条件を勝利すると5連勝し、スプリンターズS(GⅠ)で4着に好走した。古馬になってから徐々に力をつけていったのはそんな血統背景があったからだろうと藤沢は推察したのだ。

天皇賞を制したスピルバーグは後に英国ロイヤルアスコット開催のプリンスオブウェールズS(GⅠ)にも挑戦した
天皇賞を制したスピルバーグは後に英国ロイヤルアスコット開催のプリンスオブウェールズS(GⅠ)にも挑戦した

7勝目を目指しグランアレグリアで最後の挑戦

 さて、そんな名調教師が今年の天皇賞(秋)に送り込むのがグランアレグリア(牝5歳)だ。スピルバーグと同じディープインパクト産駒だが、こちらはすでにGⅠを5勝。「2歳から一線級で走り続けて立派な馬」と師は評価する。前回2000メートルに挑戦した大阪杯(GⅠ)では4着、前走の安田記念(GⅠ)でも2着に敗れたが、それぞれに関しては次のように語る。

 「大阪杯は距離というより道悪がこたえた感じだったし、安田記念の時は喉が鳴ったのか本来の力を発揮出来ませんでした。すでに喉の手術を無事に終え、調教でもそのあたりの影響は全く感じさせません」

安田記念では思わぬ2着に敗れたグランアレグリア。その後、喉の手術をされた
安田記念では思わぬ2着に敗れたグランアレグリア。その後、喉の手術をされた

 その上で改めて2000メートルに関して言う。

 「スプリンターズSも勝たせてもらったけど、追走に手間取り、決して上手な競馬ではなかった。それを考えると1600から短くなるよりも長くなる方が良いと思っています」

 来年の2月には定年により厩舎を解散する藤沢にとって、盾獲りに挑めるのは今回が最後。先述のスピルバーグの他、シンボリクリスエスによる連覇など過去に6勝もしている天皇賞(秋)。グランアレグリアで7度目の戴冠なるか、注目したい。

グランアレグリアの右で手を挙げているのが藤沢師
グランアレグリアの右で手を挙げているのが藤沢師

(文中敬称略、写真撮影=平松さとし)

ライター、フォトグラファー、リポーター、解説者

競馬専門紙を経て現在はフリー。国内の競馬場やトレセンは勿論、海外の取材も精力的に行ない、98年に日本馬として初めて海外GⅠを制したシーキングザパールを始め、ほとんどの日本馬の海外GⅠ勝利に立ち会う。 武豊、C・ルメール、藤沢和雄ら多くの関係者とも懇意にしており、テレビでのリポートや解説の他、雑誌や新聞はNumber、共同通信、日本経済新聞、月刊優駿、スポーツニッポン、東京スポーツ、週刊競馬ブック等多くに寄稿。 テレビは「平松さとしの海外挑戦こぼれ話」他、著書も「栄光のジョッキー列伝」「凱旋門賞に挑んだ日本の名馬たち」「世界を制した日本の名馬たち」他多数。

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