22年前のフランスでの偉業

　毎年、７月の頭になると思い出す事がある。

　話は22年前に遡る。１９９９年、１頭の日本調教馬がフランスに長期滞在。凱旋門賞（ＧⅠ）を最大の目標に置き、現地の競馬に挑んでいた。

　エルコンドルパサーである。

　毎年10月の第一日曜日に行われる凱旋門賞。この年は10月３日が開催日だった。そこに出走するために、いや、勝つためにエルコンドルパサーがシャルルドゴール空港に降り立ったのは４月15日。なんと半年近くも前の事だった。当時、同馬を管理していた二ノ宮敬宇調教師（廃業）は言っていた。

　「日本とは芝もレースの流れも違うだろうから、いきなり行って結果を出すのは難しいと思います。だから長めに滞在し、現地で何戦か使ってから本番へ向かう予定にしました」

　こうして実際に現地で４戦を走る事になり、重賞を２勝、凱旋門賞では２着に善戦するのだが、初戦は５月のイスパーン賞（ＧⅠ）だった。休み明けで手探りだった事もあり、２着に敗れるが、この１戦でグンと良化。２戦目として臨んだのが７月４日、サンクルー競馬場の芝２４００メートルを舞台に行われたサンクルー大賞典（ＧⅠ）となる。

　競馬場こそ違えど、凱旋門賞と同じ距離で行われるこのＧⅠは毎年、好メンバーが揃うのだが、この年は例年にもまして強力なメンバー構成となった。エルコンドルパサーが倒さなくてはいけない相手には、当時、史上最強牝馬と呼ばれたボルジアがいた。また、フランスとアイルランドの２つのダービーを楽勝したドリームウェルもいた。更に前年のバーデン大賞（ＧⅠ）勝ち馬で凱旋門賞でも３着に好走したタイガーヒルがいた。そして、極め付きはその凱旋門賞を勝ったサガミックスである。一筋縄ではいかない面子が揃っていたが、エルコンドルパサーの評価も低くはなかった。初めて背負う61キロという斤量ではあったが、フランスのファンは極東から来た挑戦者を凱旋門賞馬サガミックスに次ぐ２番人気に支持した。

　ところが終わってみれば、その評価は良い意味で的を射ていなかった。道中、ドリームウェルが乗っかかってきて後肢に外傷を負い、ペースメーカーのソージャルティが落鉄した蹄鉄が飛んで来た時は驚いて掛かる素振りをみせたエルコンドルパサーだが、名手・蛯名正義（現調教師）が懸命になだめると、何とか折り合った。こうして体力を温存出来た事で、最後の直線ではどちらが地元ヨーロッパの馬だか分からないほどの伸び脚を披露。完全に抜け出すと、２着のタイガーヒルに２馬身半、３着のドリームウェルには実に５馬身の差をつけて圧勝した。ちなみにサガミックスは３着から更に短首差遅れる４着でゴールとなった。

　この様子をスタンドから見ていた１人のジョッキーがいた。前日、蛯名と共に舞台となるサンクルー競馬場の２４００メートルを歩いた福永祐一だ。

「やっぱりジョッキーって良い」

　現在は押しも押されもしないトップジョッキーとなった彼だが当時はまだ22歳。この年の４月にプリモディーネで桜花賞（ＧⅠ）を制し、自身初のＧⅠ勝ちを飾ったが、翌週、落馬して大怪我を負った。初夏を迎えてもまだ休養中だった彼を、フランスに誘ったところ「後学になれば」と２つ返事で快諾。一緒にエルコンドルパサーの挑戦を見守った。そして、実際にサンクルー大賞典を目の当たりにした未来のリーディングジョッキーは感慨深げに言った。

　「蛯名正義さんが格好良かったです。やっぱりジョッキーって良いですね。自分ももっとリハビリに精を出して、早く復帰したいです」

　帰国後は実際に当初の予定より早く復帰。この時のフランス遠征で出来た縁からイギリスでのレース騎乗も果たしたのだった。

　さて、今年、凱旋門賞を目指すというクロノジェネシス（牝５歳、栗東・斉藤崇史厩舎）が先日、宝塚記念（ＧⅠ）を優勝した。主戦の北村友一騎手が５月に落馬をして大怪我を負ったため、代打のＣ・ルメールが騎乗しての戴冠だった。その様を、北村はテレビで観戦していたと言う。コロナ禍という事で大声援こそなかったが、大きな拍手で讃えられたルメールを見て、果たして彼の胸中はいかばかりだっただろう。「やっぱりジョッキーって良いな」と思っただろうか。焦ってはほしくないが、１日も早い復帰の日が来る事を願おう。

（文中敬称略、写真撮影＝平松さとし）