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ダービー2勝目を挙げたトレーナーが語るシャフリヤールとエフフォーリア

平松さとしライター、フォトグラファー、リポーター、解説者
ダービーのゴール前。シャフリヤール(奥)がハナ差でエフフォーリアに勝利

電話でたまたま話題にした馬

 昨年、2020年10月24日。1本の電話が入った。

 かけてきたのは藤原英昭調教師。彼の管理馬ヴァンドギャルドはこの日のメインレースである富士S(GⅡ)を勝利していた。同馬は今春のドバイターフで2着に好走するのだが、この時点では海外遠征をするならどこが良いか?など話し合った。更に話題はいくつにも及び、話は長くなった。

ヴァンドギャルドと藤原(右)。パドックで福永祐一が跨った瞬間(写真は今年の東京新聞杯出走時)
ヴァンドギャルドと藤原(右)。パドックで福永祐一が跨った瞬間(写真は今年の東京新聞杯出走時)

 そんな中、翌25日の新馬戦に名を連ねていた馬についても話した。良血で調教もそれなりに動いていた。チャンスがあるのでは?と思い、聞くと、藤原は答えた。

 「見るからに非力だけど、乗ったら素晴らしい素材でした」

 そう言うと、答えの続きとも独り言ともとれる感じで呟くように「こういう馬で、大きいところを勝てるようにしなくてはいけない」と続けた。

 この馬こそ、シャフリヤールだった。

3戦目で重賞制覇

 単勝2・3倍の1番人気に応えデビュー戦を勝利したシャフリヤールは、ひと息入れた後、2戦目で重賞の共同通信杯(GⅢ)に挑戦した。エフフォーリアの快勝に終わったこのレースは3着。敗れはしたものの1番人気に推されていたステラヴェローチェには先着した。同馬は2歳時にサウジアラビアロイヤルC(GⅢ)を優勝して朝日杯フューチュリティS(GⅠ)では2着。そんな馬に僅か1戦のキャリアで先着したのだから素質の片鱗を披露したと言っても過言ではないだろう。

 「デビュー2戦目でいきなりの重賞挑戦ですからね。負ける事も覚悟はしていました。それでも勝つようなら皐月賞へ向かえるし、負ければ毎日杯へ行こうとレース前から考えていたんです」

共同通信杯はエフフォーリアが勝利し、シャフリヤールは追い込むも3着。この写真のフレームにはまだ届いていない
共同通信杯はエフフォーリアが勝利し、シャフリヤールは追い込むも3着。この写真のフレームにはまだ届いていない

 敗れた事で3戦目は毎日杯(GⅢ)になった。前の週のスプリングS(GⅡ)を制したのは共同通信杯の2着馬ヴィクティファルスだった。その共同通信杯ではゴール前、上位勢に迫る勢いで伸びて3着だったのだからシャフリヤールはかなりチャンスがあると推測出来た。結果、思惑通り毎日杯を優勝。1番人気のグレートマジシャンをクビ差、退けレコードで走り抜けた。

 「毎日杯は普通に走れば好勝負は必至だと考えていました。どれだけ悪い結果でも3着以下になる事はないと思っていたんです」

 つまりここまで3戦は全て想定内の結果だったのか?と問うと「そうですね」と口を開き、更に続けた。

 「そればかりか、毎日杯を勝った後は皐月賞をパスして直接ダービーへ向かうというのも当初から考えていた通りです」

藤原英昭調教師(15年香港にて撮影)
藤原英昭調教師(15年香港にて撮影)

プロが得た感触

 ではなぜそのように考えたのか。そして、なぜシャフリヤールが司令塔の思惑通りの進路をとる事が出来たのか。どちらにも共通する1つの理由があった。

 「ダービーを勝つ能力がある」

 そう確信出来たのがその理由だった。

 「この血統だし、最初に跨った時に得た感触から、これはダービーを勝つためにうちの厩舎に任された馬だと思いました」

 ディープインパクト産駒で皐月賞馬アルアインの全弟という血統はプリントを見れば頷ける。では「跨った時に得た感触」とは具体的にどのようなモノだったのか?と問うと次のように答えた。

 「これは馬乗りのプロだけが感じられるのであって、説明しても分からないでしょう」

 煙に巻くような答えと思う人もいるかもしれないが、あながちそうとも言い切れない。例えばイチロー選手が打撃論をこと細かく説明したところで誰もが同じように打てるようになるわけではないのと同様、一流のプレーヤーにしか得られない感触というのは実際にあるだろう。学生時代は馬術の世界で日本中に名を馳せた藤原だからこそ“ダービーを勝つために任された”と感じるモノがあったのだ。

ダービーでのシャフリヤール
ダービーでのシャフリヤール

 「そうなると、後はダービーから逆算してどう使うかを考えました」

 それが先述した臨戦過程となった。2戦目でいきなり東京の重賞を使ったのも、3戦目を勝った後、皐月賞をパスしたのも全て「ダービーを勝つため」だった。

 結果、これが奏功するのだが、必ずしも誤算がなかったわけではない。「非力」と感じた2歳時、新馬戦で450キロだった馬体は、ダービー出走時に444キロ。間を開けながら使ったにもかかわらず減ってしまった。

 「今でもまだ非力そうに見えるように正直難しい面がありました。ただ、精神的な成長が思った以上に大きかったのは嬉しい誤算でした。1度使うたび、またひと休みさせるたびにメンタル面で大きく成長してくれたんです」

 こうして出走にこぎ着けたのが5月30日、東京競馬場で行われた日本ダービーこと東京優駿だ。過去にはエイシンフラッシュで勝利し、すでにダービートレーナーの称号を得ている藤原だが、レース前には次のように感じていた。

 「エイシンフラッシュもダービーまでの道程を計算して勝てたわけだけど、正直、運に恵まれた部分もありました。そういう意味では今回の方が考えた通りに運べたかもしれません」

2010年、藤原はエイシンフラッシュでダービーを勝利していた。鞍上は内田博幸騎手
2010年、藤原はエイシンフラッシュでダービーを勝利していた。鞍上は内田博幸騎手

何故、嬉しい勝利になったのか?

 当日は4番人気。単勝1・7倍の圧倒的1番人気に推されたのは無敗の皐月賞馬エフフォーリア。シャフリヤールも共同通信杯では完敗した相手だった。この人気馬には一目を置いていた。

 「エフフォーリアはまだ背腰に弱さがある感じですが、鹿戸(雄一)厩舎とノーザンファーム天栄の力でここまでの成績を残せているのだと思います。この王者を破ってダービーを勝つのは簡単ではないと感じました」

 手綱を取る福永祐一とはレース前に何度も打ち合わせをしたと言う。

 「競馬に関しては騎手に任せるというのも一つのスタイルだと思います。ただ、自分の場合はジョッキーに対しても細かく指示を与えます。ゴールまで導くのは調教師の責任だと考えていますから……」

 すると、ゲートが開いた後は「話し合った通りの展開になった」。

 「最内枠のエフフォーリアがある程度、前に行くのも思った通りだったし、祐一がそれを見る位置を取れたのも考えていた通りでした。だから位置取りがハマった後はシャフリヤールではなくエフフォーリアばかり見ていました」

スタート後の直線。エフフォーリア(右の白帽)もシャフリヤール(ゼッケン10番)も「考えていた通りの位置取りだった」と藤原は言う
スタート後の直線。エフフォーリア(右の白帽)もシャフリヤール(ゼッケン10番)も「考えていた通りの位置取りだった」と藤原は言う

 直線、エフフォーリアが早目に抜け出したところでシャフリヤールに目をやった。すると……。

 「前が壁になっていました。この段階では厳しいかと思ったけど、前が開いた後は祐一もよく追ってくれたし、シャフリヤールも懸命に走ってくれました」

 結果、ハナ差かわしてゴール。勝ちはしたものの藤原は1番人気馬の鞍上・横山武史を讃えた。

 「武史は良い騎乗をしていました。『スタート後に出して行った分、最後に止まった』と言ったジョッキーがいたけど、私はそうは思いません。あそこで出していけるのは立派だし、出して行って抑えてみせたのはもっと立派。そして、そうやってコントロール出来る馬を作るのが我々の仕事だから、そういう意味で鹿戸先生も素晴らしい。そのようなチームの馬に勝てた事でかえって嬉しさが増しました」

 この言葉を聞き、何に対して“嬉しさが増した”のかを最後に聞いた。すると、ダービー2勝トレーナーは言った。

 「大きい仕事を任されて達成できた事に充実感を覚えます」

 それに対し嬉しさが増したのだ。そして、更に続けた。

 「それが今回はダービーだったわけですけど、これが最終的な目標だとは考えていません。馬も人も世界に通用するようにこれからも頑張っていきます」

 ダービー制覇という偉業も、藤原にとってはほんの一里塚なのかもしれない。今後の更なる活躍を期待したい。

ダービーのゴール前。先に抜け出した横山武史騎乗のエフフォーリア(白帽)に迫るシャフリヤール(その奥の黄帽)。最後はハナ差でシャフリヤールに軍配が上がった
ダービーのゴール前。先に抜け出した横山武史騎乗のエフフォーリア(白帽)に迫るシャフリヤール(その奥の黄帽)。最後はハナ差でシャフリヤールに軍配が上がった

(文中敬称略、写真撮影=平松さとし)

ライター、フォトグラファー、リポーター、解説者

競馬専門紙を経て現在はフリー。国内の競馬場やトレセンは勿論、海外の取材も精力的に行ない、98年に日本馬として初めて海外GⅠを制したシーキングザパールを始め、ほとんどの日本馬の海外GⅠ勝利に立ち会う。 武豊、C・ルメール、藤沢和雄ら多くの関係者とも懇意にしており、テレビでのリポートや解説の他、雑誌や新聞はNumber、共同通信、日本経済新聞、月刊優駿、スポーツニッポン、東京スポーツ、週刊競馬ブック等多くに寄稿。 テレビは「平松さとしの海外挑戦こぼれ話」他、著書も「栄光のジョッキー列伝」「凱旋門賞に挑んだ日本の名馬たち」「世界を制した日本の名馬たち」他多数。

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