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アーモンドアイ最大のピンチと、それを乗り越えた伯楽が牝馬で挑むダービーの意味

平松さとしライター、フォトグラファー、リポーター、解説者
阪神ジュベナイルF出走時のサトノレイナス。鞍上はC・ルメール騎手

牝馬でダービーへ挑む理由

 今週末、日本ダービーこと東京優駿(GI、3歳、東京競馬場、芝2400メートル)が行われる。

 1週前の23日には牝馬クラシックのオークス(GⅠ)が同じ舞台で行われた。例年この日程に変わりはなく、故にダービーに牝馬が臨むケースは圧倒的に少ない。近年では2007年にウオッカがダービーを勝利したが、これが実に64年ぶりとなる牝馬のダービー制覇であった。

 そんな偉業に今年、挑むのがサトノレイナスだ。阪神ジュベナイルF(GⅠ)、桜花賞(GⅠ)と連続してソダシの2着に敗れたが、オークスで逆転を狙うのではなく、牡馬相手となるダービーに矛先を向けた。管理するのは美浦・国枝栄調教師。JRA記録となるGⅠを9勝して昨年引退したアーモンドアイを育てた伯楽は、次のように語る。

 「レイナスは距離が延びて良いタイプと感じたし、すぐ上の兄のサトノフラッグ(弥生賞勝ちでダービー11着)よりも良い馬だと思ったので、ダービーの登録も事前に済ませていました」

阪神ジュベナイルF、桜花賞とソダシ(後方、白毛馬)の2着に惜敗したサトノレイナス
阪神ジュベナイルF、桜花賞とソダシ(後方、白毛馬)の2着に惜敗したサトノレイナス

ダービーでの複雑な思い出

 そんな国枝には、ダービーに対するなんとも複雑な心境を抱く思い出があった。

 1990年に開業すると、14年目の2003年、プリンシパルSを勝って権利を手にしたマイネルソロモンで国枝にとって初めてとなる日本ダービー出走を果たした。しかし、結果は18頭立てのシンガリ18着。すると、その後ぱったりと3歳頂点を決めるこの舞台に出走馬を送り込む事はなくなった。次にダービーの出馬表に国枝の名が記載されたのは13年。ヒラボクディープにより、10年ぶりにダービーに挑んだのだ。

13年、ヒラボクディープで10年ぶりのダービー出走を果たした国枝厩舎
13年、ヒラボクディープで10年ぶりのダービー出走を果たした国枝厩舎

 「マイネルソロモンも悪い馬ではなかったけど、それでも大敗を喫しました。それなりの馬でしっかり狙って行かなければチャンスはない。出走権を取りに行って何とか出られた感じでは敵わないのがダービーだと学びました」

 状態があまり良くない等というのは勿論、何とか間に合ったとか、出られるには出られるとか、そういう馬では痛い目に遭うと考えた結果、10年間、この舞台に立てる馬がなくなったのだ。

 そんな国枝が18年に送り込んだのがコズミックフォースだった。期待に応え、同馬は3着に善戦。しかし、レース直後、伯楽の口からは思わぬ言葉が発せられた。

 「アーモンドアイはこっち(ダービー)だったか……」

 先述した通りアーモンドアイは後に9回のGI勝ちというJRA記録を樹立する馬。9つのビッグタイトルの中にはオークスも入っていた。しかし、ダービーの直後、呟くように言った。

18年のオークスを圧勝したアーモンドアイ
18年のオークスを圧勝したアーモンドアイ

 「正直、調教でコズミックフォースはアーモンドアイに全く敵いません。そのコズミックが3着という事は、アーモンドアイなら勝てたかな?と思っちゃいますね」

 顔には笑みが浮かび、関係各位の立場を重んじてか、半ば冗談めかした口調ではあったが、瞳の奥の本心が見え隠れした科白であると感じた。実際、忖度せずに記させていただければコズミックフォースはGⅠどころかGⅢ勝ちすら出来ずにターフを去った馬。アーモンドアイとの実力差は残念ながら歴然だっただろう。

重賞勝ちのないコズミックフォース(青帽)だが、ダービーでは僅差の3着と好走した
重賞勝ちのないコズミックフォース(青帽)だが、ダービーでは僅差の3着と好走した

9冠馬を襲った最大のピンチ

 そんなアーモンドアイだが、今だから言える彼女を襲った最大のピンチが、同じ年の秋にあった。牝馬3冠を懸けて秋華賞(GI)を目指していた同馬は、蹄を傷めてしまったのだ。国枝は述懐する。

 「急遽、前肢に負担のかからない坂路で追い切るよう変更しました。それでも上がって来た時は血を吹いていたので、周囲に気付かれないようにとっとと厩舎へ戻しました」

 担当していた持ち乗り調教助手の根岸真彦が、9冠馬の引退後に「最も思い出深いのは秋華賞」と語り、その理由を「出走出来ないのでは?と思えるほど最大のピンチだったから……」と語るほど、この時は崖っぷちまで追い込まれていたのだ。

18年、秋華賞を勝ち、牝馬3冠を達成した際のアーモンドアイ。鞍上はルメールで、曳いているのが根岸調教助手
18年、秋華賞を勝ち、牝馬3冠を達成した際のアーモンドアイ。鞍上はルメールで、曳いているのが根岸調教助手

サトノレイナスの状態と勝算は?!

 さて、そこへ行くと今週末のダービーに挑むサトノレイナスは「至って順調」だそうだ。デビュー以来4戦全てで手綱を取り、今回もタッグを組むのはアーモンドアイと同じC・ルメール。国枝は言う。

最終追い切りを終えた後のサトノレイナスと左から国枝師、ルメール騎手の両人
最終追い切りを終えた後のサトノレイナスと左から国枝師、ルメール騎手の両人

 「1週前、そして最終追い切りと2週にわたってルメさん(ルメール騎手)に跨ってもらいました。最終追い切りは5ハロン68秒7-半マイル53秒4で上がりが39秒6-12秒0。仕上がっているので馬なりでこのくらいで充分です。ルメさんも、ダービー挑戦を相談した時、二つ返事で『乗ります』と答えてくれたように、充分通用すると感じているようです。あれだけ経験豊富な彼がそう思っているのだから大丈夫でしょう。落ち着いているし、何の不安もなく、良い状態なので期待していますよ」

 アーモンドアイのすぐ脇を掠めて行ったダービーという名の栄光を、今度こそは逃すまいと、同じ牝馬で迷いなく挑む。果たして牝馬による偉業達成はあるのだろうか。日曜に行われる年に一度の競馬の祭典に注目しよう。

果敢にダービーに挑む牝馬のサトノレイナス
果敢にダービーに挑む牝馬のサトノレイナス

(文中敬称略、写真提供=平松さとし)

ライター、フォトグラファー、リポーター、解説者

競馬専門紙を経て現在はフリー。国内の競馬場やトレセンは勿論、海外の取材も精力的に行ない、98年に日本馬として初めて海外GⅠを制したシーキングザパールを始め、ほとんどの日本馬の海外GⅠ勝利に立ち会う。 武豊、C・ルメール、藤沢和雄ら多くの関係者とも懇意にしており、テレビでのリポートや解説の他、雑誌や新聞はNumber、共同通信、日本経済新聞、月刊優駿、スポーツニッポン、東京スポーツ、週刊競馬ブック等多くに寄稿。 テレビは「平松さとしの海外挑戦こぼれ話」他、著書も「栄光のジョッキー列伝」「凱旋門賞に挑んだ日本の名馬たち」「世界を制した日本の名馬たち」他多数。

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