強敵相手にGⅠ優勝のレイパパレを見て、思い出した豪州で教わった事とは?

大阪杯(GⅠ)を制したレイパパレと管理する高野友和調教師(右)

クラシックと引き替えに手に入れたモノとは……

 丁度2年前、2019年の4月の事だ。オーストラリアから帰国する飛行機で、偶然、調教師の高野友和と隣同士の席になった。

 10時間弱のフライトのほとんどをこの時の遠征について話し合った。彼がシドニーに送り込んだのはクルーガー。当時7歳のキングカメハメハの仔は、約1週間前のドンカスターマイル(GⅠ)に挑戦。敗れたものの目立つ末脚を披露し4着に好走した。当初の予定ではこの1戦で日本へ帰るつもりだったが、この善戦を受け、急きょ帰国を先送り。連闘でクイーンエリザベスS(GⅠ)に挑む事にした。同レースには当時、現役でいながら伝説となっていた牝馬ウィンクスが出走を表明していた。彼女はこの時点で24のGⅠを含む32連勝中。クイーンエリザベスSは連覇中で3連覇を狙うこのレースがラストラン。引退の1戦だった。

 そんな絶対女王に自ら名乗りをあげて挑む。現地では“無謀な挑戦”とも言われた。

一昨年、オーストラリア競馬に挑んだクルーガーと現地での高野
一昨年、オーストラリア競馬に挑んだクルーガーと現地での高野

 それから約1年後。高野は縁のある1頭の牝馬の成長に頭を悩ませていた。その馬は1月にデビューしたばかりだったが、新馬戦での体重は416キロ。その後、放牧に出し、成長を促していた。

 その馬こそが、レイパパレだった。

 この小柄な牝馬の母はシェルズレイ。高野が調教助手をしていた頃、所属していた松田国英厩舎に入って来た馬で、曰く「よ~く知っている馬」だった。それが縁でレイパパレの全兄のシャイニングレイも高野が面倒をみた。

 「ギョロッとした目など、顔はお母さんにそっくりでした。ただ、調教に関しては折り合いに難しい面のあったお兄さんの事を頭において接しました」

 ところが良い意味で誤算があった。

 「兄に比べると断然、手はかかりませんでした」

レイパパレの全兄のシャイニングレイ。やはり高野(右)が管理した
レイパパレの全兄のシャイニングレイ。やはり高野(右)が管理した

 掛かる心配はなかったが、違う面で問題があった。それが「あまりに体がなさ過ぎる点」だった。

 先述した通りデビュー戦での体重は416キロ。

 「ゲート試験を受けてすぐに競馬を使ったのですが、飼い葉食いもギリギリで余裕のない体でした。結果、勝てたから良かったものの、何か手を打たないとダメだと悩みました」

 そして、1つの決断をした。どこかを傷めたわけではなかったが、ひと息入れる事にしたのだ。

 「まずは競馬をするに相応しい体にするため、長いスパンでの放牧に出す事にしました」

 レイパパレが戦列に復帰したのは約5か月後の6月。桜花賞は勿論、オークスも終わった後だった。しかし、高野の判断は間違っていなかった。彼女はクラシック戦線と引き替えに走り得る体を手に入れた。

 「結局、競馬では20キロ増の436キロでしたけど、牧場のスタッフのお陰で中間は460くらいにまで増え、しっかりして来ました」

 結果、条件戦を連勝すると、3戦3勝で春の2冠馬デアリングタクトに挑戦すべく秋華賞(GⅠ)に登録した。しかし、残念ながら除外。代わりに、秋華賞の1つ前に行われた大原Sに出走すると楽勝。それどころか続く朝日チャレンジC(GⅢ)も圧勝し、重賞初挑戦で初優勝を飾ってみせた。

無敗の牝馬3冠馬デアリングタクト。レイパパレが秋華賞を除外されていなければ、果たしてどのような結果が待っていたのだろうか?
無敗の牝馬3冠馬デアリングタクト。レイパパレが秋華賞を除外されていなければ、果たしてどのような結果が待っていたのだろうか?

時計ではなく、自らの嗅覚と馬の能力を信じて仕上げる

 これで5戦5勝となったが、高野はもろ手を挙げて喜んではいなかった。過日の悩みを解消する代わりに以前は問題なかった点で不安が生じたのだ。

 「使うたびに体が減ったけど、走れる体だったのでそのあたりは心配していませんでした。それよりもチャレンジCの前の調教、そして本番のレースで、ハミを強く取る面が出て来ました」

 兄のシャイニングレイはデビューから2000メートルで連勝した。しかし、徐々にハミ取りがキツくなりコントロールが利かなくなった。そのため仕方なく距離を短縮して使わざるをえなくなった。そんな兄を思い起こしながら、高野は考えた。

 「レイパパレはそうはしたくありませんでした。ある程度の距離は走れるように保ちたかったんです」

 そこで再び放牧し、落ち着かせると、大阪杯(GⅠ)を目標にした帰厩後も必要以上に強く追わないようにした。

 「牧場のお陰もあって帰厩後は最初のキャンターからゆったりと走れました。その後も血統的な背景やチャレンジCの時を思い出しながら過度の負荷がかからないように注意しました」

 結果、追い切り時計はこのクラスの馬としては平凡な数値に終わった。しかし、そういったデジタルで表されない部分にプロの嗅覚を研ぎ澄ました。

 「仕種や表情、乗り手の感触などを頼りに仕上げました」

 そして「後は能力を信じるだけ」と思える状態で戦場となる阪神の2000メートルへ乗り込んだ。

大阪杯のパドックでのレイパパレ。右は高野
大阪杯のパドックでのレイパパレ。右は高野

勝利して思い出した南半球で教わった事

 当日、時計の針が進むごとに強くなった雨に関しては次のように感じていた。

 「小さい馬なので良馬場の方が良いと思いました。ただ、得体の知れない奥深さのある馬だから、悲観はしていませんでした」

 ゲートが開くと逃げた。

 「レース前に川田(将雅)君とは1回も作戦会議をする事なく、全てを任せました。その上で逃げる可能性は充分にあると考えていました」

 5F通過59秒台のラップもリアルタイムで目に入った。

 「馬場を考えると速いかもしれないけど、強敵相手なので緩いペースでついて来られるより良いと思いました」

 有力馬のコントレイルやグランアレグリアが3コーナーで追い上げて来た。

 「前半からグランアレグリアが少し前にいるのは気付きました。ただ、道中はレイパパレの走りや手応えしか見ていなかったので、他の馬がどういう動きをしていたのか分かりませんでした」

 直線に向き、馬場の良い外へ持ち出されると、エンジンを再点火した。

直線、独走態勢に入ったレイパパレ
直線、独走態勢に入ったレイパパレ

 「ここで反応したので『勝てる!!』と思いました。これだけのメンバーが揃っていたので、どこまで出来るか?!と思う気持ちもあったけど、本当に凄い馬でビックリしました」

そして、2年前、赤道の向こうで痛感した事が頭に浮かんだ。

 “無謀”と言われたクルーガーのウィンクスへの挑戦は、大方の予想通り返り討ちにあった。しかし、最強牝馬との差は僅か1馬身半。2着という結果で上がって来る日本からの挑戦者を現地のファンも大きな拍手で迎えた。

 「挑戦しない事にはこういう結果は生まれない。競馬に於いてチャレンジ精神はとても大切という事をクルーガーに教わりました」

 コントレイルやグランアレグリアらを完封したキャリア僅か6戦目の愛馬に視線を注ぎつつ、そんな事を思い出したのだった。

 そんな高野は今週末の桜花賞(GⅠ)にエリザベスタワーを挑ませる。

 「気性的に少し難しい面があるけど、充分に通用する素質はある馬です!!」

 チャレンジ精神で桜を満開に出来るのか?! 注目したい。

19年のクイーンエリザベスS。クルーガー(左)はウィンクスと僅差の2着に善戦。高野は「チャレンジ精神の大切さを学んだ」と言う
19年のクイーンエリザベスS。クルーガー(左)はウィンクスと僅差の2着に善戦。高野は「チャレンジ精神の大切さを学んだ」と言う

(文中敬称略、写真撮影=平松さとし)