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コントレイルに迫ったルメールが語る幸運と誤算、位置取りと最後の直線の真相とは?

平松さとしライター、フォトグラファー、リポーター、解説者
コントレイルに迫ったアリストテレスとルメール(右)(撮影:日刊スポーツ/アフロ)

史上最強馬に2度先着した男

 3冠を含む7つのG1を勝つなど14戦12勝の成績を残したディープインパクト。今でも多くの人が史上最強馬と評するこの馬のたった2回の敗戦で、いずれも先着した男がいる。

 クリストフ・ルメールだ。

 史上最強馬に唯一2度先着したジョッキーは、10月25日に行われた菊花賞(G1)でアリストテレス(牡3歳、栗東・音無秀孝厩舎)に騎乗。ディープインパクトの子供で無敗の3冠制覇に臨んだコントレイル(牡3歳、栗東・矢作芳人厩舎)に挑んだ。

 「コントレイルは皐月賞でもダービーでも強い勝ち方をした馬。アリストテレスは重賞に走るのもこれが初めてだったので、自信はありませんでした」

 しかし、同時に次のようにも考えていたと語る。

 「アリストテレスの前走、前々走を見たら“能力がある”とは思いました。自分は新馬戦(2着)と未勝利戦(1着)で乗っていたけど、当時より経験を積んだ事でずっと成長しているのが分かる勝ち方でした。だからコントレイル以外には先着出来ておかしくないと考えました」

 その上で近2走の手綱を取ったM・デムーロにも話を聞いたと言う。

 「ミルコと話したけど、レベル的にここに入ってどのくらいやれるかは僕達2人にも分からなかった。だからレベルの話ではなくてクセとかの話を聞きました。ミルコは『道中ちょっと掛かる面がある』というのと『モノ見をする事がある』と教えてくれたので、そのあたりに注意して乗ろうと思いました」

ルメール騎手(筆者撮影)
ルメール騎手(筆者撮影)

思わぬ幸運と誤算

 3冠最終関門のゲートが開くと7~8番手を追走。最初のコーナーにさしかかる前には右隣にコントレイルを見る位置につけた。

 「コントレイルが強いのは分かっていたけど、菊花賞を勝とうと思えばこの馬を負かさないとならないわけですから、マークしていこうというのはレース前から考えていました。幸い、ゲートも遠くない(アリストテレスが9番に対しコントレイルは3番)し、スタートしてすぐに横にいる位置になったので、なんとかここで折り合わせたいと考えました」

 そう思ったルメールにとって幸運な出来事があった。

 「和田(竜二)さんの馬の後ろに入れられて、折り合う事が出来ました」

 和田が乗っていたのはディープボンド。コントレイルと同じオーナーの馬が、はからずもアリストテレスを助ける形になったのだ。

 「後はこの位置をキープする事だけを考えました」

 考えた通りコントロール出来るのがリーディングジョッキーの業だ。コントレイルの外、少しだけ後ろで走り続けた。2周目に入ると、少し行きたがる2冠馬の姿がルメールの目にも入った。レース後「クリストフがプレッシャーをかけ続けたからコントレイルも苦しがっていた」と言う人も多々見受けられたが、これにはフランス人騎手はかぶりを振って答えた。

 「コントレイルはスピードのある馬だから3000メートルの遅い流れで少し行きたがっていました。決してアリストテレスのせいではありません。僕はあの位置でコントレイルにプレッシャーをかけていたわけではありませんでした」

 プレッシャーをかけたわけではなく、別の理由でその位置を守った。ルメールは続けて語る。

 「コントレイルをインに入れてガードしたかったんです。自分の馬の動きが良かったから強敵を馬群の中に抑え込んで脚を使わせないようにしようと考えていました」

 3コーナー過ぎまで思惑通り王者を内へ押し込めた。しかし、4コーナー、誤算があった。

 「コントレイルがサッと動いた時に、アリストテレスは少し忙しくなってカバーし切れなくなってしまいました。その一瞬の間に、コントレイルは馬群の中から外へ出て来ました」

 そして、2冠馬がそういう走りを出来た要因を、次のように続けた。

 「福永(コントレイル騎乗の福永祐一)さんは慌てる事なくずっと我慢していました。だからコントレイルに脚が残っていて、一瞬のうちに抜け出す事が出来たのだと思います」

福永騎手とコントレイル。ホープフルS優勝時(筆者撮影)
福永騎手とコントレイル。ホープフルS優勝時(筆者撮影)

最後の攻防についての真相を語る

 直線はコントレイルとアリストテレスの2頭だけが他の馬とは違う脚色で抜け出して来た。最後の攻防について、ルメールは言う。

 「コントレイルはめちゃくちゃ強いから直線併せてファイトする形にはしたくありませんでした。ラスト150メートルだけサッと伸ばして一気にかわすしかチャンスはないと思いました」

 だからラスト200メートルのハロン棒を過ぎるのを待ってから鞭を入れた。これに鞍下が反応し、3冠を狙う世代最強馬に迫った。この時、新型コロナウィルスの関係で制限された1018人の観客から悲鳴にも似た声援が上がった。おそらく全国のテレビ桟敷でも似たような声が上がった事だろう。ディープインパクトに土をつけたように、その息子をまたルメールが破るのか? 歴史が繰り返されるかと思われたその瞬間だが、とうの本人の気持ちは全く違ったと言う。

 「『もうちょっとだけ走ってください!!』という気持ちで追うと反応はしてくれました。でも、コントレイルに止まる気配は全然ありませんでした。正直、最後の最後まで1度もかわせると思えませんでした」

 こうして父子2代での無敗の3冠馬が誕生。ルメールとアリストテレスはクビだけ届かずに終戦した。

 「2着だったけど僕にとっては優勝でした。強い馬と好勝負が出来たので残念とは思いません」

 こう言うと好勝負を演じた2頭の今後について、次のように続けた。

 「アーモンドアイやグランアレグリアも同じだけど、G1で好レースの出来る馬は、次もまたG1で頑張らないといけません。それはとても大変な事だけど、コントレイルもアリストテレスも良い馬なので、きっとこれからの日本の競馬を盛り上げる走りをしてくれるはずです」

 ディープインパクトに2度先着した男は、今週末の天皇賞(秋)(G1)ではアーモンドアイの手綱を取る。そして、彼が主戦を務めてきたフィエールマンには今年の3冠ジョッキーとなった福永が跨る。菊花賞とは立場が入れ替わる形だが、同じような好勝負が見られるか……。期待したい。

今週の天皇賞ではアーモンドアイに騎乗するルメール(今春、筆者撮影)
今週の天皇賞ではアーモンドアイに騎乗するルメール(今春、筆者撮影)

(文中敬称略、写真撮影=平松さとし)

ライター、フォトグラファー、リポーター、解説者

競馬専門紙を経て現在はフリー。国内の競馬場やトレセンは勿論、海外の取材も精力的に行ない、98年に日本馬として初めて海外GⅠを制したシーキングザパールを始め、ほとんどの日本馬の海外GⅠ勝利に立ち会う。 武豊、C・ルメール、藤沢和雄ら多くの関係者とも懇意にしており、テレビでのリポートや解説の他、雑誌や新聞はNumber、共同通信、日本経済新聞、月刊優駿、スポーツニッポン、東京スポーツ、週刊競馬ブック等多くに寄稿。 テレビは「平松さとしの海外挑戦こぼれ話」他、著書も「栄光のジョッキー列伝」「凱旋門賞に挑んだ日本の名馬たち」「世界を制した日本の名馬たち」他多数。

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