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大接戦に終わったJRA初の無観客G1は、武豊が思わぬ形でキーになっていた?!

平松さとしライター、フォトグラファー、リポーター、解説者
無観客で行われた高松宮記念のゴール前は4頭横並びの大接戦となったが……

コロナ渦に揺れる中、JRA初の無観客G1

 降雪で3レース以降が中止になった中山の、その天候が信じられないくらい中京の空模様は良くなっていった。朝に降っていた雨は止み、昼前には陽光が射すシーンも。気温は14度、15度とぐんぐん上昇した。しかし、本来ならそれに連れて上がっていくはずの場内のボルテージは、変化をみせる事がなかった。3月29日、JRA史上初の無観客によるG1、高松宮記念が中京競馬場で行われた。

無観客でのパドック。写真手前がモズスーパーフレアと松若騎手
無観客でのパドック。写真手前がモズスーパーフレアと松若騎手

 例年ならドバイで取材している時期である。今年も本来、そうなるはずだった。しかし、新型コロナウイルスの騒動でドバイの競馬が中止。それが決定した時点ですぐに中京の仕事をいただいたため受諾したが、事態はその後、悪い方へ急転する。僅か1週間前には予想出来なかったくらい新型コロナウイルスの感染者数が増加。これに伴い、感染者はもとより、諸事情により仕方なく外出する人に対してまで悪者扱いするような判断力に欠ける人も増加。自分だって予測出来なかった事態にもかかわらず、後出しじゃんけんの如く「それ見た事か?!」と騒ぎ出す輩も多く、世の中全体がギスギスした雰囲気の今日この頃だが、一種独特の雰囲気になったのは競馬場も同じ。オーナー関係者やマスコミの取材にも制限が設けられての開催となったが、世の中の流れを考えればいつ中止と言われてもおかしくないほどであり、調教師や騎手といったプレーヤーを新型コロナウイルスから守るためには仕方のない処置と思われた。

第50回高松宮記念という字が余計に寂しく見える無観客の中京競馬場のゴール板
第50回高松宮記念という字が余計に寂しく見える無観客の中京競馬場のゴール板

 話を元に戻そう。第50回という事で本来ならメモリアルレースとして大々的に施行されておかしくなかった春のスプリント王決定戦。今年はマイル路線からのタイトルホルダーも数多く参戦し、レベルの高い混戦模様と目された。そんな中、1番人気を争ったのは藤沢和雄厩舎の2頭と同じく2頭出しの安田隆行厩舎の1頭。結果、1番人気は昨年のスプリンターズS(G1)の覇者タワーオブロンドンで2番人気が桜花賞馬グランアレグリア。終始、後者の方が人気だったが、プラス12キロの馬体重が嫌われたか、最後の最後で逆転し、前者が1番人気に。いずれにしても伯楽・藤沢厩舎の2頭が人気を争った。両頭は共に主戦がクリストフ・ルメール騎手。しかし、今回はこの週の頭までドバイへ行っていた彼が自主検疫期間中のため騎乗出来なくなり、前者が福永祐一、後者は池添謙一にそれぞれ乗り替わり。パドックでは1人ずつ藤沢の下へ駆け寄り最終的な打ち合わせ。藤沢の「頼むな!!」と言う声が静かなパドックに響いたところに、改めて無観客を感じた。ちなみに乗り替わりではもう一件、逸話があったがそれはおって記そう。

1番人気を争った藤沢厩舎の2頭。右前がグランアレグリアで左がタワーオブロンドン。その更に左にはマスクをしたまま両頭に視線を注ぐ藤沢の姿が
1番人気を争った藤沢厩舎の2頭。右前がグランアレグリアで左がタワーオブロンドン。その更に左にはマスクをしたまま両頭に視線を注ぐ藤沢の姿が

 上位2頭と差のない3番人気がダノンスマッシュで、オッズ的には少し差の開いた4番人気がダイアトニック。同じ安田隆厩舎のロードカナロア産駒2頭が3,4番人気。前走のオーシャンSでタワーオブロンドンに完勝した前者の鞍上は川田将雅。一方、後者の鞍上は北村友一。同馬とのコンビでは前走の阪急杯で2位入線も川田騎乗のフィアーノロマーノの進路を妨害したという事で3着に降着。ここは汚名返上を願う1戦となった。

多くの真実と1つの事実に終わった結果

 5頭の誘導馬がファンのいないスタンドに対峙して横並びになり、その勇姿を披露した。誰かが見ているとか見ていないではなく、自分の出来る事をする。今の我々に求められている姿勢とも思えるそんなシーンの直後、ファンファーレがなり70秒に満たないドラマのゲートが開いた。

レース前にはファンのいないスタンドの前で誘導馬が横並びになるシーンも
レース前にはファンのいないスタンドの前で誘導馬が横並びになるシーンも

 雨の残る重馬場の上、好ダッシュを決めたダイアトニックを外からかわしていったのがモズスーパーフレア。逃げ宣言をしていたこの馬がハナに立つとペースが落ち着いた。凶と思われた外枠(16番)だが、そこからでもハナへ行った事が吉を呼び込んだ。まさに禍福は糾える縄の如しで、前半は34秒台。馬場状態を加味してもスプリントのG1としては遅い流れに持ち込んだ。そのため、直線は4頭が横並びの大接戦となったが、後方から伸びて来たのはグランアレグリアだけ。他の3頭は皆、4番手以内でレースを運んだ馬となった。観客がいればどんな声援が起きたのか?!と思えるゴール前ではあったが、僅かな差で1位入線したクリノガウディーが内へヨレて他馬の進路を妨害。手綱を取った和田竜二も自覚があったのか、下馬した後も管理する藤沢則雄調教師と握手すらせず、検量室へ入って行った。

 「真っ直ぐ走ってくれればスンナリと勝っていた」

 被害を受けたモズスーパーフレアと、更に大きな被害を受けたダイアトニックばかりか加害馬であるクリノガウディー、それぞれに投票していたファンが皆、そう言いそうな結果。つまりそれぞれに真実がある結果となった。しかし、事実としては1位入線のクリノガウディーが4着降着で、2位入線のモズスーパーフレアが繰り上がっての優勝となり、松若風馬騎手にとっては初のJRAのG1勝利という結果に終わった。

4頭が横並びになったゴール前。観客がいたらどんな声援が上がっていただろう……
4頭が横並びになったゴール前。観客がいたらどんな声援が上がっていただろう……

大接戦の結果は、武豊が思わぬ形でキーになっていた?!

 さて、ここでもう1つの乗り替わり劇について記そう。このレースで残念ながら最下位に敗れたアイラブテーラーは武豊が騎乗していた。しかし、本来、彼は今週末、ドバイで乗る予定をしていた。そのため、同馬には前々走でも騎乗している和田が1度、依頼をされていたのだ。ところがドバイがなくなった事で急きょ武豊に戻された。そこで騎乗馬のいなくなった和田を、鞍上の決まっていなかったクリノガウディー陣営が指名。初めてコンビを組む事になったという経緯があったのだ。武豊がもし予定通りドバイへ飛んでいたら、果たして今回のゴール前の大接戦はどうなっていたのだろう。そういう意味で、ここでも天才ジョッキーは思わぬキーパーソンになっていたのでは?と思えるのだった。

 また、こんな不思議なめぐり逢いを感じさせるレースだったのだと思うと、改めて競馬が行われている事のありがたさが身にしみた。そして、この面白い競馬が中止に追い込まれぬ様、皆で力を合わせて頑張っていく事が必要だと思うのだった。

思わぬ形でレースのキーになっていたかもしれない武豊とアイラブテーラー。いずれにしても競馬が開催される事に感謝したい
思わぬ形でレースのキーになっていたかもしれない武豊とアイラブテーラー。いずれにしても競馬が開催される事に感謝したい

(文中敬称略、写真撮影=平松さとし)

ライター、フォトグラファー、リポーター、解説者

競馬専門紙を経て現在はフリー。国内の競馬場やトレセンは勿論、海外の取材も精力的に行ない、98年に日本馬として初めて海外GⅠを制したシーキングザパールを始め、ほとんどの日本馬の海外GⅠ勝利に立ち会う。 武豊、C・ルメール、藤沢和雄ら多くの関係者とも懇意にしており、テレビでのリポートや解説の他、雑誌や新聞はNumber、共同通信、日本経済新聞、月刊優駿、スポーツニッポン、東京スポーツ、週刊競馬ブック等多くに寄稿。 テレビは「平松さとしの海外挑戦こぼれ話」他、著書も「栄光のジョッキー列伝」「凱旋門賞に挑んだ日本の名馬たち」「世界を制した日本の名馬たち」他多数。

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