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大魔神・佐々木オーナーが考えた強敵相手のキングジョージに挑んだ本当の理由とは……

平松さとしライター、フォトグラファー、リポーター、解説者
キングジョージ6世&クイーンエリザベスSで6着に敗れたシュヴァルグラン

シュヴァルグランは6着に敗れる

 現地時間7月27日、イギリスのアスコット競馬場でキングジョージ6世&クイーンエリザベスS(G1、芝約2400メートル、以下、キングジョージ)が行なわれ、ここに挑戦したシュヴァルグラン(牡7歳、栗東・友道康夫厩舎)は残念ながら6着に敗れた。

 既報の通り休み明けは勝てないというデータの前に涙を呑む格好となったシュヴァルグランだが、実際、敗因はそれだけだったのだろうか……。

 騎乗したのは日本でもすっかりお馴染みとなったオイシン・マーフィー騎手。彼はレース前に馬場を自らの足で歩き「シュヴァルグランには少し柔らか過ぎるかもしれない」と表情を曇らせていた。調教でも2度、同馬に跨り、そのフォームから少し硬めの馬場の方が向くと感じたようで、レース後には次のように語った。

 「やはり彼にはだいぶ渋い馬場になってしまいました。途中で飛んできた芝の塊が当たった時に、少しやる気をそがれてしまいました」

 「もう少し硬い馬場でやらせてあげたかったですね」

 鞍上に同調するようにそう語って空を見上げたのは管理する友道康夫調教師だ。昼前に雨は止んだが、午前中はそぼ降るという感じの雨が続いた。レース前の一週間ほどはほぼ好天が続き、前々日などはニューマーケットでも気温が36度にまで達した。イギリスでは珍しいほどの日差しはアスコットの芝の水分を奪い、硬い馬場が得意な日本馬に向くかと思われた。しかし、前日から空模様は一転し、この国らしい雨が降った。その雨は当日の朝まで続き、馬場を濡らしたのだ。

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強豪集った今年のキングジョージ

 「天気ばかりは仕方ない」と唇を噛んだ指揮官だが、それでもどんな条件下でもエネイブルやクリスタルオーシャンはしっかり走りますね?と振ると「いやぁ、本当に」と呆れるような表情を見せながら、続けた。

 「強いですよね。本当に凄い馬だと思います」

 エネイブルはこれで11連勝。その中には2017、18年と連覇した凱旋門賞やブリーダーズCターフ(18年)、そして2度のキングジョージ(17、19年)など、9つのG1が含まれる。またそんな女王と叩き合いを演じたクリスタルオーシャンは前走のプリンスオブウェールズS優勝馬。同馬がG1を勝利するのはその時が初めてだったが、イギリスのチャンピオンS2着や昨年のキングジョージ2着など、G1での善戦が幾度もある実力馬だった。

 最後の直線ではこの2騎が抜け出す形だったわけだが、3着のヴァルトガイストにしても、今回は馬群に沈んだデフォーやアンソニーヴァンダイクといった馬達も皆、G1の勝ち馬。キングジョージはG1中のG1であるから、ハイレベルのメンバーが集まるのは当然だが、とくに今年のメンバー構成は素晴らしかったと言えるだろう。

400メートルに及ぶ競り合いを制したエネイブル(中央)と2着のクリスタルオーシャン(左)。右は3着のヴァルトガイスト
400メートルに及ぶ競り合いを制したエネイブル(中央)と2着のクリスタルオーシャン(左)。右は3着のヴァルトガイスト

 そんな中でただ1頭、ヨーロッパ以外から挑戦したシュヴァルグランは、日本流に言えば掲示板に乗れない結果に終わってしまったわけだが、それでも直線の入口でエネイブルやクリスタルオーシャンの後ろで一緒に上がって行こうとした脚には日本のG1ホースの矜持が垣間見られた思いがした。

大魔神がキングジョージを選んだ本当の理由

 そもそもこの強くてタフなG1に挑ませた理由は何だったのか? 元メジャーリーガーでオーナーの佐々木主浩氏に聞くと面白い答えが返って来た。

 「アスコットの2400メートルというのは日本の2400メートル戦よりもスタミナを要すると思うんです。だから日本なら3000メートル級のレースでもしっかり走れるスタミナのあるシュヴァルグランには向くと思いました」

ニューマーケットの入厩先でシュヴァルグランに視線を注ぐ佐々木主浩オーナー(左)と友道調教師
ニューマーケットの入厩先でシュヴァルグランに視線を注ぐ佐々木主浩オーナー(左)と友道調教師

 これは私も常々記事にしている見解と同じである。アスコット競馬場はアンジュレーションがキツい上に、芝も日本以上にうねってタフ。となれば同じ距離でも日本よりもスタミナが要されるはず。距離の絶対値にダマされてはいけないのだ。例えば日本で2400メートル戦に強い馬ならアスコットの2000メートル戦、アスコットの1600メートル戦で勝ち負けしようと思えば日本なら2000メートル戦で好勝負出来る馬を連れて来た方が向くと思われるのだ。勿論、レースは生き物であり流れもその都度変わってくるから一概に当てはめるわけにはいかないが、見解としてはあながちおかしくないと思うのだ。オーナーの思惑も同様で、だからこそここへの挑戦だったわけだ。

 ところが時の運もあり、今年は強力なメンバー構成でシュヴァルグランは6着に敗れてしまったのだが、これに対しても大魔神の言葉を最後に記しておこう。

 「僕は現役の野球選手の頃から強い相手に立ち向かって行くのが好きでした。だから決して『エネイブルがいなければ……』とは思いませんでした」

 シュヴァルグランはこのままニューマーケットに残り、順調なら8月21日にヨーク競馬場で行なわれるインターナショナルS(G1、芝約2080メートル)で再びヨーロッパのターフの上に綺麗な流星の映える栗色の馬体を現す予定だそうだ。エネイブルは直接、凱旋門賞ともインターナショナルSとも言われているが、後者に出ていただき、叩かれて上昇しているであろう日本のG1ホースと再戦して欲しい。そしてシュヴァルグランには是非、強敵相手に日本馬の強いところを披露していただきたい。

ニューマーケットでのシュヴァルグラン。叩かれた次走に期待したい
ニューマーケットでのシュヴァルグラン。叩かれた次走に期待したい

(文中一部敬称略、写真撮影=平松さとし)

ライター、フォトグラファー、リポーター、解説者

競馬専門紙を経て現在はフリー。国内の競馬場やトレセンは勿論、海外の取材も精力的に行ない、98年に日本馬として初めて海外GⅠを制したシーキングザパールを始め、ほとんどの日本馬の海外GⅠ勝利に立ち会う。 武豊、C・ルメール、藤沢和雄ら多くの関係者とも懇意にしており、テレビでのリポートや解説の他、雑誌や新聞はNumber、共同通信、日本経済新聞、月刊優駿、スポーツニッポン、東京スポーツ、週刊競馬ブック等多くに寄稿。 テレビは「平松さとしの海外挑戦こぼれ話」他、著書も「栄光のジョッキー列伝」「凱旋門賞に挑んだ日本の名馬たち」「世界を制した日本の名馬たち」他多数。

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