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今週末、戦列復帰のマテラスカイ。この馬から見えてくる武豊騎手と森秀行調教師の関係とは……

平松さとしライター、フォトグラファー、リポーター、解説者
ドバイゴールデンシャヒーン時のマテラスカイ。右後方に森秀行調教師

強敵集うドバイで見事に好走

 アーモンドアイの参戦で注目を浴びた今年のドバイ開催。そんな中、多くの人の予想以上に好走してみせた馬がいた。

 マテラスカイだ。

 ドバイゴールデンシャヒーンに臨んだ同馬は、コンビを組む武豊騎手を背に、レース3日前に最終追い切りを行なった。戦場となるメイダン競馬場のダートコースで追われるとラスト1ハロンを10秒台。時計的には速かったが……。

 「乗っていて凄く良いという感じを受けるタイプの馬ではないんですよね……。それは今回も同じでした。それでいてこれだけ速い時計が出るのだから調子が良いという事でしょう」

 天才騎手はそう語った。

ドバイのレース3日前、武豊を背に追い切られたマテラスカイ
ドバイのレース3日前、武豊を背に追い切られたマテラスカイ

 同馬が挑戦したのはドバイゴールデンシャヒーン。ダート1200メートルのG1だ。

 前年の2018年にも同じレースに臨んで5着。この時はまだ1600万特別(当時)の橿原Sを勝利したばかりの身。通常ならドバイのG1レースに選出されなくてもおかしくない立場だったが、知将・森秀行調教師が動いた。

 「主催者側にレースぶりを見てくださいと、ユーチューブの動画を送りました」

 楽な手応えのまま2着に5馬身もの差をつけてぶっち切って逃げ切った橿原Sの動画を見てもらった事で、選出されたのだ。

 結果は先述した通り5着だったが、帰国後には準オープンを再度勝利すると、続くプロキオンS(G3)は2着に4馬身の差をつけて逃げ切り。1分20秒3のレコードタイムのおまけ付きで自身初となる重賞制覇を飾ってみせた。

2018年ドバイゴールデンシャヒーンで5着に敗れた直後のマテラスカイ
2018年ドバイゴールデンシャヒーンで5着に敗れた直後のマテラスカイ

 今春、改めて海を越えたドバイゴールデンシャヒーンは、決して楽な戦いではないと思えた。直前の根岸S(G3)では逃げるも一杯になりコパノキッキングから1秒7も離された13着に沈んだ。自身のそんな成績もさることながら、G1レースらしく強敵の集う一戦となったのが、そう思わせた要因だ。

 ブリーダーズCスプリント(G1)連覇のロイエイチこそ脚部不安に見舞われてレース2日前に出走を取り消したが、前年、同馬に先着したエックスワイジェットが今年も名を連ねてきた。この馬は16年にも2着に好走していた。それも過去2度は脚元に不安を抱える中での健闘だった。

 更にインペリアルヒントもいた。こちらは北米のダートスプリント路線でG1を2度も勝っている快速馬。前走時にゲートで右の蹄をぶつけて出走が懸念されたが「完治した」との事で遠征してきたのだから侮れない。

 また、地元で重賞を連勝中のドラフテッドもいた。

 さすがにここまでメンバーが揃うと正直マテラスカイをしても苦戦を強いられると推測されたわけだ。

 ところがそこは百戦錬磨の森秀行調教師&武豊騎手のタッグである。好スタートを切ると枠順の差でエックスワイジェットにハナこそ譲ったものの、インペリアルヒントら有力馬を内へ押し込めて2番手を死守した。そのままの位置で4コーナーをカーブし、直線に向く。実力もスピードもあるエックスワイジェットの脚色は衰えず、なかなか捉まえる事は出来ないが、それでも3番手以下には差をつけて、2頭の攻防が続く。結局エックスワイジェットが振り切って、最後までマテラスカイが先頭に立つ事は出来なかったが、猛追してきたインペリアルヒントを抑え、日本馬が2着。最後には3着馬に半馬身差まで詰め寄られたのだから、スタート直後の経験豊富な鞍上の狡猾な手綱捌きがモノを言っての連対確保だった事は疑いようがない。

 「スタートに全神経を集中しました」

 レース後、日本のナンバー1ジョッキーはそう語った。ドバイのダートコースは圧倒的に前残りが多い。そんな特徴が脳の皺一本一本にまで刻み込まれていると思わせる発言で、実際、それを実践する事で生まれた好走劇だった。

鞍上の見事な手綱捌きもあって2着と好走したマテラスカイ(右から2頭目、赤帽)
鞍上の見事な手綱捌きもあって2着と好走したマテラスカイ(右から2頭目、赤帽)

連覇を目指すプロキオンS

 思えばこの調教師と騎手のコンビは現在では当たり前になってきた海外遠征のパイオニア的存在でもある。もちろんもっと古くから遠征してきた尊敬すべきホースマンは沢山いるが、近代競馬に於いては美浦の藤沢和雄調教師と並ぶ海外遠征のパイオニアだと思う。それを象徴するのが1998年のフランス、ドーヴィルでの出来事だ。藤沢厩舎のタイキシャトルがかの地の伝統のマイルG1ジャックルマロワ賞を1番人気に応えて優勝したが、その1週前に、日本調教馬として初めて海外G1を制したのがシーキングザパールであり、その指揮官が森で、騎乗したのが武豊だった事は広く知られているだろう。

 この時はフランスのモーリスドギース賞(G1)に挑戦するシーキングザパールをイギリスのニューマーケットに滞在させて仕上げた。当時、森は「レースをする競馬場の馬場適性も大事だけど、調教を積む馬場の適性も同じか、もしかしたらそれ以上に大事」と語っていた。

 しっかり調教して仕上げられないと、レースどころではないというのがその見解。当然といえば当然であるが、果たしてそのために国境を越えた場所に滞在させるというウルトラCを考え、実行し、実際に結果を出す事が出来るとは、何と格好良い事かと思ったものだ。

 「森先生とはよく一杯やって、くだらない話もするけど、いざ競馬となると、『ジョッキーの手綱をどれにする?』といった話まで、先生側からされるくらい本当に細かいところまでよく考えていらっしゃいます」

 武豊はそう語る。

 さて、そんなマテラスカイが今週末のプロキオンS(G3)で連覇を目指し戦列に復帰する。ドバイゴールデンシャヒーンの後には鼻出血があったと主催者側から発表があったが、3カ月と少しで戻って来られたのだから軽症だったという事だ。暮れにはアメリカのブリーダーズCを目指すという話もある。レコードで2着に影も踏ませなかった昨年のような強烈な競馬ぶりを期待したい。

マテラスカイでプロキオンS連覇を目指す森と武豊
マテラスカイでプロキオンS連覇を目指す森と武豊

(文中敬称略、写真撮影=平松さとし)

ライター、フォトグラファー、リポーター、解説者

競馬専門紙を経て現在はフリー。国内の競馬場やトレセンは勿論、海外の取材も精力的に行ない、98年に日本馬として初めて海外GⅠを制したシーキングザパールを始め、ほとんどの日本馬の海外GⅠ勝利に立ち会う。 武豊、C・ルメール、藤沢和雄ら多くの関係者とも懇意にしており、テレビでのリポートや解説の他、雑誌や新聞はNumber、共同通信、日本経済新聞、月刊優駿、スポーツニッポン、東京スポーツ、週刊競馬ブック等多くに寄稿。 テレビは「平松さとしの海外挑戦こぼれ話」他、著書も「栄光のジョッキー列伝」「凱旋門賞に挑んだ日本の名馬たち」「世界を制した日本の名馬たち」他多数。

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