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平成最後の海外遠征を制したウインブライト。その勝因とレースから見えてきたモノとは……

平松さとしライター、フォトグラファー、リポーター、解説者
香港クイーンエリザベス2世盃を制したウインブライト

 現地時間4月28日、香港・シャティン競馬場で行われたクイーンエリザベス2世カップ(G1、芝2000メートル、以下QE2)を日本のウインブライト(牡5歳、美浦・畠山吉宏厩舎)が優勝した。

 日本では春の天皇賞が行われたこの日、シャティン競馬場では3つのG1競走が施行され、そのうち2つのビッグレースに計4頭の日本馬が参戦した。

クイーンエリザベス2世盃を勝利したウインブライト。鞍上は松岡正海
クイーンエリザベス2世盃を勝利したウインブライト。鞍上は松岡正海

今年も高くて厚かったスプリントの壁

 日本馬の出走がなかったチャンピオンズマイル(G1、芝1600メートル)は地元の圧倒的1番人気馬ビューティージェネレーションが大方の予想通り楽勝。そのレースの1つ前に行われたのがチェアマンズスプリントプライズ(G1、芝1200メートル)で、ここにはナックビーナス(牝6歳、美浦・杉浦宏昭厩舎)が武豊を背に挑戦した。

 「スタートが悪かったけどすぐ好位に取り付けて道中の手応えも良かったです。ただ、ラスト200メートルから伸びませんでした」と同騎手。勝ったビートザクロックから離され、残念ながら6着。地元・香港が誇るスプリントの壁は高く厚かった。

チェアマンズスプリントプライズに出走したナックビーナス。鞍上は武豊
チェアマンズスプリントプライズに出走したナックビーナス。鞍上は武豊

QE2には3頭が挑戦

 QE2には3頭の日本馬が出走した。

 最も注目を集めたのはリスグラシュー(牝5歳、栗東・矢作芳人厩舎)だ。昨年のエリザベス女王杯(G1)の勝ち馬で香港ヴァーズ(G1)でも2着。かの地でも名が知れており、人気の一角に推された。鞍上はイギリスから呼び寄せたオイシン・マーフィー。

 更に同じ5歳牝馬のディアドラ(栗東・橋田満厩舎)はドバイからの転戦。一昨年に秋華賞(G1)を優勝。前走のドバイターフ(G1)では女王アーモンドアイの後塵を拝んだがそれでも4着。昨年暮れの香港カップ(G1)でこちらも2着と健闘していた。

武豊が乗って追い切られたディアドラ(左)とリスグラシュー
武豊が乗って追い切られたディアドラ(左)とリスグラシュー

 そしてもう1頭がウインブライト(牡5歳、美浦・畠山吉宏厩舎)だ。先述2頭のようにG1勝ちはないが重賞を5勝。前走の中山記念(G2)はG1馬が5頭も出走する豪華メンバーだったが、それらライバル勢を2~6着にくだし、同競走の連覇を決めていた。

 レース4日前の水曜に日本馬は皆、追い切られた。ディアドラには武豊、ウインブライトには松岡がそれぞれ跨り、現地の公式発表で前者はラスト2ハロン20秒9という破格の時計。後者もそこまでは速くないものの同21秒7の好時計で上がっていた。

 「跨った時、少し気が抜けている感じがしたので、気合いを注入する意味で少しビシッとやっておきました」

 松岡はそう語った。

松岡を背にしっかりと追い切られたウインブライト
松岡を背にしっかりと追い切られたウインブライト

 実際、それ以降のウインブライトはだいぶ気の乗る素振りを披露。騎乗した調教助手がコントロールするのに苦労する場面が度々見られた。

 そんな様子を見て、指揮官は手を打った。馬場へは他の馬達が入るのを見届けた後、1頭で入った。ゲート練習やスクーリングもあえて行わなかった。

 「とにかく暑いので必要以上に気合いが入らないように気をつけました」

 そんな陣営に競馬の神様が微笑んだ。枠順抽せんの結果、最内1番枠を引き当てる。

枠順抽せん会で見事に最内1番枠を引き当てた調教師の畠山
枠順抽せん会で見事に最内1番枠を引き当てた調教師の畠山

 結果的にこの枠順を最大に利した。スタートが今一つだったにもかかわらず、インを追走するとコーナーの度に番手を上げた。直線に向くまで終始インにこだわったのも松岡らしい手綱捌き。手応えがあるからといって慌てて外へ出す事なくスタミナを温存させると、直線、見事に馬群を割って抜け出した。

 「ずっと好手応えだったので早い段階で勝てると思いました」と同騎手。ゴールに入る前に早々に左手を挙げ、派手に勝利をアピールしてみせた。

 枠順抽せんを前にして行われた共同記者会見に出席した畠山は、インタビュアーから「なぜ旬のルメールや武豊ではなく、松岡を乗せるのですか?」と問われ、次のように答えている。

 「ウインブライトのデビュー戦から1戦を除いて全てのレースで松岡に乗ってもらっています。競馬だけでなく調教でも乗ってもらい、この馬の事を1番良く分かっているのが彼なんです」

 浪花節的な事を書くつもりはないが、鞍下を育て、パートナーを知っていたからこその海の向こうでの戴冠であった事は間違いないだろう。

 なお、リスグラシューとディアドラはそれぞれ最後に伸びたものの前者が3着、後者は6着だった。

松岡(左)と畠山。ウインブライトの勝利に彼等の絆の強さがあった事は間違いない
松岡(左)と畠山。ウインブライトの勝利に彼等の絆の強さがあった事は間違いない

中距離は日本馬強し

 ウインブライトはこれが初のG1勝利。QE2では過去にネオリアリズムとルーラーシップが同様の形でG1初勝利を飾っている。また、シンガポール航空国際カップを勝利したシャドウゲイトやドバイターフ勝ちのリアルスティールらも日本ではG1を勝っていなかったし、同様のエイシンヒカリに至っては香港カップとフランスのイスパーン賞の海外G1を2勝。今回のウインブライトの勝利は中距離路線における日本馬のレベルの高さを改めて世界に知らしめた結果と言って良いだろう。

 さて、今回遠征した各馬の中にはすでに別の海外からのオファーが舞い込んでいる馬もいる。新たなG1ホース共々、各馬、各陣営がまずは無事に帰国して、その後、再び日本を含めた世界のどこかで輝ける未来が待っている事を期待したい。

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(文中敬称略、写真撮影=平松さとし) 

ライター、フォトグラファー、リポーター、解説者

競馬専門紙を経て現在はフリー。国内の競馬場やトレセンは勿論、海外の取材も精力的に行ない、98年に日本馬として初めて海外GⅠを制したシーキングザパールを始め、ほとんどの日本馬の海外GⅠ勝利に立ち会う。 武豊、C・ルメール、藤沢和雄ら多くの関係者とも懇意にしており、テレビでのリポートや解説の他、雑誌や新聞はNumber、共同通信、日本経済新聞、月刊優駿、スポーツニッポン、東京スポーツ、週刊競馬ブック等多くに寄稿。 テレビは「平松さとしの海外挑戦こぼれ話」他、著書も「栄光のジョッキー列伝」「凱旋門賞に挑んだ日本の名馬たち」「世界を制した日本の名馬たち」他多数。

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