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武豊騎手や北島三郎オーナーら、キタサンブラックをとりまく人々の想い

平松さとしライター、フォトグラファー、リポーター、解説者
キタサンブラックの北島三郎オーナーと主戦の武豊騎手

日本のトップジョッキーが語るキタサンブラック

今週末の25日に行なわれる宝塚記念(G1・阪神競馬場芝2200メートル)で1番人気に推されそうなのがキタサンブラック(牡5歳、栗東・清水久詞厩舎)だ。

武豊とコンビを組むようになった昨年は、春の天皇賞やジャパンCを優勝。2016年のJRA賞年度代表馬に選出された。

今年に入ってからはG1に昇格された大阪杯を勝利すると、返す刀で春の天皇賞2連覇を達成。それも3200メートルを3分12秒5という驚異のレコードタイムをマークする圧勝劇を演じてみせた。

「僕が乗る前から良い馬だという印象はありました。実際に乗せてもらって素晴らしい馬であることは分かったけど、最近はますます強くなっている感じです」

そう語る武豊に、具体的にどういった部分が強味かを以前、伺ったことがある。その時、天才ジョッキーの口からは次のような答えが返ってきた。

「スピードの持続力があるし、パワーもあります。ゲートの中だけ少しジッとしていない面はあるけど、その分、スタートは速い。何かに動じることもなければイレ込みもしません。欠点がないのがキタサンブラックの強味だと思います」

天皇賞後、一旦、放牧に出されたキタサンブラック
天皇賞後、一旦、放牧に出されたキタサンブラック

調教師は力強く「負けられない!!」

諸手を挙げて大絶賛するのは日本が誇るナンバー1ジョッキーだけではない。同馬を管理する調教師の清水久詞も異口同音に語る。

「使う度に成長していて、どんどん弱点がなくなっているという感じです」

逆に言うと、若駒の頃にはまだ弱い面もあったということだろう。指揮官は言う。

「入厩した当初は細くてきゃしゃな体つきという感じでした。でもレースに出る都度、こちらの考えていた以上のパフォーマンスを見せてくれて、勝ちっぷりもどんどんスケールが大きくなっていったように思いました」

先述したように昨年はついに年度代表馬まで上り詰めた。しかしそんな中、宝塚記念では3着に敗れている。果たして1年越しのリベンジはなるのか……。清水は語る。

「去年の今頃とはパワーが違います。年度代表馬に選出されて、立場も変わりました。それだけの馬なので負けるところは見たくない。見せるわけにはいかない。そういうつもりで仕上げていきます」

前走の天皇賞を制した後は一旦、栗東トレセン近隣の宇治田原ステーブルに放牧されたが、5月下旬にはすでに帰厩。約1カ月じっくりと乗り込まれ、春のグランプリへ向かう。

「負けられない!」と語る清水久詞調教師
「負けられない!」と語る清水久詞調教師

北島三郎オーナーと競馬

キタサンブラックの手綱をとる武豊、管理する清水久詞が口を揃えて言うのが「オーナーのためにも勝ちたい」という言葉だ。

キタサンブラックのオーナーは歌手の北島三郎さんだ。誰もが知る大御所ではあるが、騎手、調教師共に「全く威張るところがない人」と言う。

私も北島オーナーを取材させていただいたことがあるが、全くの同感。全然偉ぶることなく、ただ競馬の話を強く語っておられた。

私が北島さんを取材させていただいたのは2016年の秋。当時、体調を崩されていたオーナーはほとんどの取材を断っていたそうだ。しかし、私は偶然にもオーナーのご子息と小学校の先輩後輩にあたる間柄ということで、取材を受けていただけた。体調が芳しくないことから、時間制限付きという制約があったが、実際には制限時間を1時間以上オーバーしてオーナーは答えてくださった。私は時間が気になって仕方なかったのだが、マネージャーに目で合図を送る度、「北島が話しているから続けて良いよ」という目配せが返ってきた。

そして、北島さんの話口調やその内容に本当に馬が好きであることがひしと伝わってきた。その時、話してくださったことを少し紹介しよう。

北島さんが最初に馬を持ったのは1963年。今から半世紀以上も前のことである。最初に持った馬には長男と同じ名前の「リュウ」と名付けた。リュウは見事に新馬勝ちを飾ったが、当然、休養に入る時期もあった。その間は面白くないということで、また別の馬を持った。そんなことの繰り返しで持ち馬の頭数が増えていったと言う。

ところが頭数が増えても勝つことはなかなか難しい。競馬はそう簡単に勝てるものではないからほとんどの場合が負けた。北島さんも人間である。負ければ当然、腹も立つし機嫌も悪くなった。しかし、そんな腹の虫をなだめてくれるのもまた馬だったと言う。

「期待していた馬が負けて、ガックリして厩舎に叱りにいくわけです。でも、実際に馬をみると、彼らは申し訳なさそうに佇んでいる。そんな姿をみたら叱れない。それどころかそういう気持ちでいた自分が恥ずかしくなって最後は『ごめんね』と謝っているんです」

そんな北島さんは、馬を持つにあたって一つの信念を持っていた。大手の牧場ではなく、日高の小さな牧場の馬を買うように心掛けていたのだ。

「日高の小さな牧場でも、皆、一所懸命に馬にたずさわっています。そういう姿をみていたら、彼等の馬で大きいところを勝ちたいなって思うようになりました」

そういう信念を曲げずにやってきたある日、運命的な出会いがあった。

その馬を最初に牧場でみた時「黒い目が本当に綺麗だな……」と思ったそうだ。しかし、そこですぐに話をつけることはなく、1度は車に乗って牧場を後にした。

「でも、黒々としたその瞳が気にかかって仕方ありませんでした」

そこで車の中から牧場に電話をして、改めてその馬を買うことにした。それがキタサンブラックだったのだ。

北島三郎オーナーと武豊騎手
北島三郎オーナーと武豊騎手

世界への架け橋となるか注目の今週末

昨年の春の天皇賞を勝った翌日、武豊のデビュー30周年を記念した武豊展が都内で催された。初日の式典には私も出席させていただいたのだが、その席に北島オーナーが飛び入りで現れた。武豊は「忙しい方なのに、急に来てくださいました」と感激。その後も1時間以上、皆で競馬談義に花を咲かせた。

「改めて北島オーナーが馬を大好きであることが分かりました」

当時、キタサンブラックの主戦ジョッキーはそう言い、感服する眼差しでオーナーをみていたものだ。

そのキタサンブラックだが、今年の春は大阪杯、天皇賞、宝塚記念という路線が早々に発表されていた。一方、秋に関しては当初、流動的と言われていた。凱旋門賞挑戦を勧める声も多かったが、オーナーの体調の問題もあり、関係者の間では積極的に海を越えることはなさそう……という空気が漂っていたのだ。

ところが大阪杯、天皇賞とG1を連勝したことで、オーナーの気持ちにも変化が表れたようだ。

「キタサンブラックはもはや私だけの馬ではない。ファンの皆さんの馬。だから皆さんが望むのであれば、フランスへ行かなくてはいけないかもしれませんね」

秋にはトリコロールの旗の下、キタサンブラックに騎乗する武豊とそれを囲む清水や北島オーナーの姿が見てみたい。今週末の阪神がそのためのステッピングボードとなることを期待しよう。       (文中敬称略、撮影=平松さとし)

宝塚記念では1番人気必至のキタサンブラック。秋は凱旋門賞挑戦があるだろうか?
宝塚記念では1番人気必至のキタサンブラック。秋は凱旋門賞挑戦があるだろうか?
ライター、フォトグラファー、リポーター、解説者

競馬専門紙を経て現在はフリー。国内の競馬場やトレセンは勿論、海外の取材も精力的に行ない、98年に日本馬として初めて海外GⅠを制したシーキングザパールを始め、ほとんどの日本馬の海外GⅠ勝利に立ち会う。 武豊、C・ルメール、藤沢和雄ら多くの関係者とも懇意にしており、テレビでのリポートや解説の他、雑誌や新聞はNumber、共同通信、日本経済新聞、月刊優駿、スポーツニッポン、東京スポーツ、週刊競馬ブック等多くに寄稿。 テレビは「平松さとしの海外挑戦こぼれ話」他、著書も「栄光のジョッキー列伝」「凱旋門賞に挑んだ日本の名馬たち」「世界を制した日本の名馬たち」他多数。

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