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フランス「ユダヤ人大規模移送ヴェルディヴ事件」から80年:マクロン大統領「ホロコースト記憶は継承」

佐藤仁学術研究員・著述家
ヴェルディヴ事件80周年に生存者と参列するマクロン大統領(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

マクロン大統領「ホロコーストの教育は重要です」

2022年7月17日にフランスのマクロン大統領は、フランスのパリで1942年7月におきたユダヤ人狩りの犠牲者13,000人以上を追悼する式典に参列した。今年でちょうど80年である。そして「フランスで起きたホロコーストの歴史を忘れてはいけません。現在でも残っている人種差別やレイシズムとヘイトスピーチ、それらへの無関心な態度も多いです。これからもそのような問題と戦っていく必要があります。ホロコーストの記憶を次世代に継承するための教育は重要です」と語っていた。

当時のユダヤ人狩りを経験して生き延びた高齢の生存者もイベントに参加していた。ラハエル・ジェディナク氏は「真夜中に凶暴なドアのノックがあり、人々は一斉に外に出されていきました。エッフェル塔の影を見ながら歩いていました。母が警察に向かって叫ぶのが今でも耳に残っています。多くのフランス人がユダヤ人を密告して迫害に協力していましたが、何人かは泣いていました」と語っていた。またシャンタル・ブラズク氏は「私の叔父と叔母は6歳、9歳、15歳の子供が検束されて全員殺害されました。彼らの名前はプレートになって入っています。4000人以上の子どもが犠牲になりました。私もその1人です。皆さんには想像できますか?私は高齢なので、もう思い出すのも疲れます」と語っていた。セルジ・カラスフェルド氏は「私は86歳で、当時は6歳でした。もう多くの生存者が死んでいます。私たちの恐怖の記憶を確実に次世代に伝えていく必要があります。ここで終わりにしてはいけません」と強調していた。

1942年7月16日、17日の2日間でパリでは「ヴェルディヴ事件」と呼ばれる大規模なユダヤ人狩りが行われた。全てがフランスの警察によって行われたことからフランス人にとっては今でも重たい事件であり、フランス人にとって過去の負の歴史として集団記憶に深く刻み込まれている。

約4,500人のフランス人の警察官が、2日にわたって徹底的にユダヤ人を検挙した。13,152人のユダヤ人(成年男子3,118人、成年女子5,119人、未成年者4,115人)が検挙された。独身者と子供のいない夫婦4,992人がドランシーに収容された後、親子で検束されたユダヤ人は7月20日まで冬季自転車競技場に監禁されてからピティヴィエとボーヌ・ラ・ロランドの収容所に移送された。そして7月19日と22日、大人だけがアウシュビッツ絶滅収容所に移送されて、そのほとんどが殺害されて帰ってこられなかった。ヴィシー政権がナチスに引き渡したユダヤ人は75,000人以上で生存者は約2,500人、30人に1人の生還率だった。

フランスでのホロコーストの記憶のデジタル化の多くはヴェルディヴ事件

第二次世界大戦時にナチスドイツによって約600万人のユダヤ人が殺害された、いわゆるホロコースト。戦後75年が経ち、ホロコースト生存者らの高齢化が進み、記憶も体力も衰退しており、当時の様子や真実を伝えられる人は近い将来にゼロになる。ホロコースト生存者は現在、世界で約24万人いる。彼らは高齢にもかかわらず、ホロコーストの悲惨な歴史を伝えようと博物館や学校などで語り部として講演を行っている。当時の記憶や経験を後世に伝えようとしてホロコースト生存者らの証言を動画や3Dなどで記録して保存している、いわゆる記憶のデジタル化は積極的に進められている。ヴェルディヴ事件80周年のイベントに参加した生存者らの証言動画もデジタル化されて後世に伝えられようとしている。

デジタル化された証言や動画は欧米やイスラエルではホロコースト教育の教材としても活用されている。またホロコースト映画は毎年制作されている。そのホロコースト映画をクラスで視聴して議論やディベートなどを行ったり、レポートを書いている。

フランスでのホロコースト生存者の証言ではほとんどの方が1942年7月の大規模ユダヤ人狩り、ヴェルディヴ事件について語っている。またフランスを舞台にしたホロコースト映画の多くが1942年7月の大規模ユダヤ人狩りをテーマにしたり、ストーリーの中で登場してくる。映画「黄色い星の子供たち」「サラの鍵」が有名である。

世界中の多くの人にとってホロコーストは本や映画、ドラマの世界であり、当時の様子を再現してイメージ形成をしているのは映画やドラマである。これらのホロコースト映画は史実を元にしておりフランスだけでなく、欧米ではホロコースト教育にも多く使われており、記憶の継承にも大きく貢献している。

このように証言動画や映画、ドキュメンタリーなど様々なメディアでホロコーストの記憶がデジタル化されて次世代に継承されようとしている。

「黄色い星の子供たち」

「サラの鍵」

他にもフランスのホロコースト映画では「少女ファニーと運命の旅」「奇跡の教室 受け継ぐ者たちへ」も有名である。

「少女ファニーと運命の旅」

「奇跡の教室 受け継ぐ者たちへ」

ヴェルディヴ事件80周年でスピーチするマクロン大統領
ヴェルディヴ事件80周年でスピーチするマクロン大統領写真:代表撮影/ロイター/アフロ

学術研究員・著述家

グローバルガバナンスにおけるデジタルやメディアの果たす役割に関して研究。科学技術の発展とメディアの多様化によって世界は大きく進化してきました。それらが国際秩序をどう変化させたのか、また人間の行動と文化現象はどのように変容してきたのかを解明していきたいです。国際政治学(科学技術と戦争/平和・国家と人間の安全保障)歴史情報学(ホロコーストの記憶と表象のデジタル化)。修士(国際政治学)修士(社会デザイン学)。近著「情報通信アウトルック:ICTの浸透が変える未来」(NTT出版・共著)「情報通信アウトルック:ビッグデータが社会を変える」(同)「徹底研究!GAFA」(洋泉社・共著)など多数。

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