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ホロコースト生存者チェリスト・アニタ氏とドイツ語で初のホログラムで対話

佐藤仁学術研究員・著述家
(USC Shoah Foundation)

 第二次大戦時にナチスドイツが600万人以上のユダヤ人を大量に虐殺したホロコーストだが、そのホロコーストを生き延びることができた生存者たちも高齢化が進んでいき、その数も年々減少している。彼らの多くが現在でも博物館などで若い学生らにホロコースト時代の思い出や経験を語っているが、だんだん体力も記憶も衰えてきている。

 現在、欧米ではそのようなホロコーストの記憶を語り継ぐために、ホロコースト生存者のインタビューと動く姿を撮影し、それらを3Dのホログラムで表現。博物館を訪れた人たちと対話して、ホログラムが質問者の音声を認識して、音声で回答できる3Dの制作が進んでいる。

 あたかも、目の前にホロコーストの生存者がいるようで、質問に対してリアルタイムに答えられる。ホロコーストの生存者らが高齢化しても、亡くなってからでも、ホログラムで登場して未来の世代にホロコーストを語り継いでいくことができる。

 映画「シンドラーのリスト」の映画監督スティーブン・スピルバーグが寄付して創設された南カリフォルニア大学(USC)のショア財団ではホロコースト時代の生存者の証言のデジタル化やメディア化などの取組みを行っている。南カリフォルニア大学ではホログラムでの生存者とのインタラクティブな対話の技術開発にも積極的で、同大学ではこの取組を「Dimensions in Testimony」プロジェクトと呼んでいる。ホロコースト生存者が1000以上の質問に事前に回答しており、見学者が質問を問いかけると、音声認識で質問を判断し、あたかもリアルタイムに目の前にいる感じで回答をしてくれる。

 2020年3月から南カリフォルニア大学ショア財団はドイツのベルリンにあるドイツ技術博物館(Deutsches Technikmuseum)と連携して、ドイツ語では初めてとなるホログラムを開発。開発にはEVZ Foundationも支援。2020年6月までベータ版を博物館で公開している。従来は英語のみのホログラムだったが、2020年に入ってスペイン語版がアルゼンチンのホロコースト博物館でも公開されるなど多言語化が進んでいる。

 ドイツのドイツ技術博物館にホログラムで登場するのは、1925年にポーランドで生まれた94歳のユダヤ人、アニタ・ラスカー=ウォルフィッシュ氏。彼女のホロコースト時代の収容所での経験は『チェロを弾く少女アニタ―アウシュヴィッツを生き抜いた女性の手記』(アニタ・ラスカー=ウォルフィッシュ著、藤島淳一訳、原書房、2003年)の本にもなっている。

 アニタ氏は同書でアウシュビッツの生活を振り返って、以下のように述べている。

私を精神的苦痛のどん底に落としたのは、おそらく頭を丸坊主にされたころだっただろう。丸裸にされて極限まで傷つけられ、まったくの廃人にさせられたように感じたのである。素裸、丸坊主で、腕に番号をつけられて立たされて、私たちは短時間で人間の尊厳のすみずみまで奪い取られてしまい、急にお互いの区別がほとんどつかないようになってしまっていた。

出典:アニタ・ラスカー=ウォルフィッシュ著、藤島淳一訳『チェロを弾く少女アニタ―アウシュヴィッツを生き抜いた女性の手記』原書房、2003年 P118

 アニタ氏は1938年からナチス政権下のベルリンでチェロを学習。1942年に姉妹とともに強制労働に従事させられ、1943年にアウシュビッツ絶滅収容所に移送。両親は殺害されたが、アニタはチェロが演奏できることから収容所を生き延びることができ、ベルゲン・ベルゼン強制収容所で解放された。戦後はイギリスに移住し、イギリス室内管弦楽団(English Chamber Orchestra)を創設した。

進む「記憶のデジタル化」

 戦後75年が経ち、ホロコースト生存者らの高齢化が進み、記憶も体力も衰退している。いずれ生存者もゼロになる。そのため、ホロコースト生存者の体力と記憶があるうちに、彼らが当時、経験したことの「記憶のデジタル化」が進められており、ホロコーストの記憶を継承しようとしている。

 ドイツ語で初のホログラムでのホロコースト生存者と見学者の対話のデータを活用して、ポツダム大学のクリスティーナ・ブリューニング氏らが、ドイツ人の記憶の文化とホロコースト教育の観点で倫理学と方法論の研究の分析も行っていく予定。

 南カリフォルニア大学ショア財団のカレン・ユングブルト氏は「アニタ氏のホログラムで対話をした学生らは、ホロコーストの歴史書を本で読むよりも、目の前にいるアニタ氏と実際の会話をしているようで、はるかにリアリティがあると感じています」とコメントしている。

▼BBCの番組で紹介されたアニタ氏(2015年、BBC)

▼ホロコースト時代の証言を語るアニタ氏(南カリフォルニア大学ショア財団)

学術研究員・著述家

グローバルガバナンスにおけるデジタルやメディアの果たす役割に関して研究。科学技術の発展とメディアの多様化によって世界は大きく進化してきました。それらが国際秩序をどう変化させたのか、また人間の行動と文化現象はどのように変容してきたのかを解明していきたいです。国際政治学(科学技術と戦争/平和・国家と人間の安全保障)歴史情報学(ホロコーストの記憶と表象のデジタル化)。修士(国際政治学)修士(社会デザイン学)。近著「情報通信アウトルック:ICTの浸透が変える未来」(NTT出版・共著)「情報通信アウトルック:ビッグデータが社会を変える」(同)「徹底研究!GAFA」(洋泉社・共著)など多数。

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