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War Game(ポリミリ)の役割

佐藤丙午拓殖大学国際学部教授/海外事情研究所所長
(写真:イメージマート)

○War Game(ウォーゲーム)とは

 2022年8月に、日本戦略研究フォーラムにおいて現職の国会議員をプレーヤーとして、尖閣と台湾問題に関するWar Gameが開催されたことが大きく報じられた。このイベントは、「政策シミュレーション『徹底検証:台湾海峡危機 日本はいかに備えるべきか』」と題されたもので、2021年8月に第1回が開催され、今回が第2回になる。

 第1回のシミュレーションの参加者は、元官僚や自衛隊関係者が中心であったが、第2回は現職の国会議員がプレーヤーとして参加した点に大きな特徴があった。つまり、今回割り当てられた職(任務)に、将来的に実際に就任する可能性がある政治家が参加し、役になりきってWar Gameを行ったことで、実際の政策決定者の立場になった時に直面する課題を「疑似体験」したというわけである。

 War Gameについて、諸外国のWar Gameに参加した関係者がいたり、日本国内でも若い世代向け等のイベントに参加した人もいるなど、日本でも知られる政策形成の方法となっている。もちろん、国家公務員や自衛官にすると、日常の政策研究のプロセスに組み込まれている、と反論する人もいるだろう。また、国際関係論を専攻する大学レベルのゼミなどでも、教育の一環として実施されている場合もある。

 しかし、メディア関係者を含め、国会議員によるWar Gameに違和感を持つ人も多かったようである。その違和感は、「疑似体験」の意義と、シミュレーション自体の内容に向けられたものが多かったと感じる。

(War Gameは通称であり、主催する団体によってポリミリやシミュレーションゲームなど、様々な呼称がある。このコラムではWar Gameで統一する。)

○War Gameの意義

「疑似体験」による政策形成の演習には、これまで多くの批判が向けられてきた。War Gameではプレーヤーの数が限られることから、政策決定の複雑さが反映されないとする批判も見られた。その批判は理解できるが、政府全体を巻き込んだ「疑似体験」は不可能であり、一部の人間が、主要な政策決定者(機関)の役割を果たす方式が現実的である。

 さらに、「疑似体験」に過ぎないので、実際の政策決定の現場とWar Gameとでは、臨場感が違う、との指摘も見られる。これも事実であるが、臨場感はWar Gameを実施する意義の一部に過ぎず、その役割は別のところにある。

 War Gameの意義は、大きく二つある。一つは、政策に関わる法制度的な問題点を抽出し、法改正などの手続きを進める際の参考にすることである。たとえば、集団的自衛権の解釈変更は、様々な場所で開催されたWar Gameの結果として、解釈変更が当面現実的な対応と判断されたことで進められた。これ以外にも、外交安全保障政策の変更の背後では、実務家たちがWar Gameを繰り返し、政策の課題を抽出した上で、法制度の変更もしくは現状維持を決めている。

 War Gameの第二の意義は、政策面での選択肢を検証することである。シミュレーションでは、最初に情勢を想定し、その元で参加者に政策を検討させつつ、その後新たな状況を付与するなどして、政策実施に関わる課題を明らかにしようとする。参加者は、割り当てられた役割に従って政策を検討するのだが、自国の意思決定においても、また他国の政策決定者役を果たしたとしても、思ったこともないことに驚かされる場合がある。つまり、我々がいかに自国内での議論のバイアスに取り憑かれているかに気づくことが、シミュレーションの重要な役割なのである。

 War Gameで誤解されている点として、シミュレーションの内容が政策の全て、と考えられる場合がある。端的にいうと、「想定が間違っている」、「検討内容が軍事的な分析に偏っている」、「憲法違反の疑いがある」、「右翼的だ」などの批判である。シミュレーションは主催者側が浮き彫りにしたい政策課題を議論するものなので、政策選択肢の優先順位がWar Gameごとに異なる結果になる。

 シミュレーションの性格上、法制度上の課題も明らかにするために行われることから、全ての選択肢を排除しないところから始まり、現実的な方法論は何か(現行の法制度上)という方向に議論が進む。したがって、多くの機会で、多様な参加者によるWar Gameが実施されると、政策課題を複合的に議論することが可能になり、政治的な課題も明確になる。

写真:ロイター/アフロ

○War Gameで注目すべきこと

 War Gameでは、各国の弱点が明らかになる。

 今回の台湾問題のシミュレーションでも明らかであったが、台湾問題をめぐる日本の外交安全保障政策では、主に三つの課題の存在を感じた。

 第一に、尖閣諸島の防衛に投入する資源のバランスの問題である。尖閣諸島が中国などに実効支配されるリスクは主権問題に関わり、日米安保の発動条件に直結するという前提は理解できる。しかし、そのような法制度面でのリスクを重視して、日本が自衛隊を含めた資源の重点投入に政治的なコストをかけることになると、相手側にすると、日本がリスクを感じる「程度」の圧力をかければ、日米側は、ある意味、自発的にコストを最大化させると見るだろう。

 第二に、台湾海峡問題をめぐる日米の離間である。日米安保体制の下では、米軍の日本防衛への関与と米軍の極東地域での作戦の関係が課題であった。実は法制度的には課題はないのだが、政策的に日米双方の思惑があり、日米安保体制はそれに翻弄されてきた。この事例では、台湾問題に集中し、可能であれば日本の軍事面での協力も期待したい米国と、日本防衛問題への米国の関与を求める日本、という構造だろうか。相互の政治的思惑は、軍事的対応を混乱させる。

 第三に、中国の対米政策に対する誤解である。中国の標的は米国であり、日本や台湾は、米国の優位性を揺るがす過程で浮上する政治課題に過ぎないということを理解する必要がある。中国にすると、尖閣や台湾で強固な対応をして、米国の軍事プレゼンスが高まってしまうことが最大のリスクとなる。中国が強固な対応をした結果、米国が軍事対立を恐れて第一列島線から引く、というのであれば理想的なのだろう。ただ、そのようにならない中で、米国の後退を促すために必要な措置は何かが重要になる。

○「War Gameのススメ」

 このように、War Gameから学べることは多い。筆者自身が関わったWar Gameでも、学生たちが様々な政策を考え、その政策に対する相手側のリアクションに驚くような結果も見られた。政策は自国の利益や考えの投射の手段ではあるが、同時に相手側の反応を確認しながら、こちらで適切な「手」を繰り出す相互作用の面もある。我々は、自分の発動する政策には何らかの効果を期待するが、それが期待通りの結果をもたらさない時どうするか、考える必要がある。

 あるいは、相互に繰り出される政策は、その政策が生み出す影響には幅があり、各国はそれを操作して政治目的を達成しようとしていることを理解する必要があることがわかる。相手が提示する政策目標を額面通りに受け取ってはならず、その政治的影響の幅のどこかに、相手側が求める結果が存在する、と考えればいいのだろう。

 外交安全保障政策をめぐる日本の政策論議は、硬直的であり、教条的である、とされる場合がある。発想を自由にして、政策議論を楽しむために、War Gameは最適な方法であると、各方面に強く訴えたい。

 その意味で、日本戦略研究フォーラムの今回の試みが、たとえば野党政治家のみによるものや、大学生や若い世代に同じシミュレーションを行わせること、さらには高校などの学校教育の場などでも実施されることなどを期待したい。

                                   以上

拓殖大学国際学部教授/海外事情研究所所長

岡山県出身。一橋大学大学院修了(博士・法学)。防衛庁防衛研究所主任研究官(アメリカ研究担当)より拓殖大学海外事情研究所教授。専門は、国際関係論、安全保障、アメリカ政治、日米関係、軍備管理軍縮、防衛産業、安全保障貿易管理等。経済産業省産業構造審議会貿易経済協力分科会安全保障貿易管理小委員会委員、外務省核不拡散・核軍縮に関する有識者懇談会委員、防衛省防衛装備・技術移転に係る諸課題に関する検討会委員、日本原子力研究開発機構核不拡散科学技術フォーラム委員等を経験する。特定通常兵器使用禁止制限条約(CCW)の自律型致死兵器システム(LAWS)国連専門家会合パネルに日本代表団として参加。

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