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給料の消滅時効延長に企業は反対?今日から労政審での議論スタート!

佐々木亮弁護士・日本労働弁護団幹事長
時効が来ると発生した残業代は飛んで行ってしまいます。(写真:GYRO PHOTOGRAPHY/アフロイメージマート)

給料の消滅時効が延びる?

 さて、ちょっと前にこういうニュースがありました。

未払い賃金の請求期間、延長へ さかのぼり「原則5年」

未払い賃金請求期限延長へ 労働者の権利拡大

 これらのニュースは、いずれも給料(賃金)の消滅時効の期間が、現在の2年よりも延びるかも?!という記事です。

 実は、これはけっこう重要な問題です。

残業代請求に大きな影響がある

 たとえば、残業代を考えてみてください。

 「転職したけど、前の会社で残業代もらわなかったな。よし。残業代を請求しよう!」ということって、よくありますね?

 しかし、ここで遡って請求できるのは2年までです。

 具体的には、給料日が毎月25日の会社の場合、今日(2019年7月1日)の時点では、2017年6月25日までの給料(残業代を含む)は消滅時効にかかっています。そのため、たとえ残業代が未払いだからといってこれを請求しても、会社から「時効だよ」と返されてしまうと、払ってもらうのはとても難しくなります(*1)。

 そして、2019年7月25日が過ぎれば、2017年7月25日の給料が時効になり、毎月、毎月、時効が訪れることになります。

 これが2年より長くなるかも?!と言われているのです。

きっかけは民法改正

 だいぶ前のことですが、民法という法律が改正されました。

 そこでは、いろいろな改正があったのですが、消滅時効に関しても改正がありました。

 実は、先ほど当たり前のように給料の時効は2年だと書きましたが、現在の民法では給料の時効は1年とされており(民法174条1号)、もっと短いのです。

 これが労働者を保護するための法律である労働基準法によって2年に延長されているわけです。

 ところが、先の民法改正によって、民法の方の消滅時効が原則として5年に改正されたので(*2)、このままでは労働者を保護するための法律の方が時効が短いという逆転現象が起きる状況になったのです。

 ちなみに、改正民法の施行は、2020年4月からとなっています。

検討会を設置

 そこで、労働に関する法律を所管する厚労省は、民法の改正を受けて賃金等請求権の消滅時効の在り方に関する検討会を設置し、有識者を招集しこの点について検討させました。

 そこでの検討が終わったタイミングで、冒頭に紹介したニュースなど、いくつかの報道があったというわけです。

 まぁ、労働者保護のための法律の方が、一般法である民法よりも労働者の権利を早く消滅させてしまうというのは、さすがにあり得ないわけで、検討会でも当然にその方向にまとまるだろうと思っていました。

 ところが!

 この検討会では、消滅時効を5年とするのが望ましい、などの結論は出ませんでした。

 それは使用者側の猛烈な反対意見があったからのようです。

 それは、次の記載からうかがわれます。

 なお、この検討会の議論の中では、例えば、改正民法の契約上の債権と同様に、賃金請求権の消滅時効期間を5年にしてはどうかとの意見も見られたが、この検討会でヒアリングを行った際の労使の意見に隔たりが大きい現状も踏まえ、(中略)具体的な消滅時効期間については速やかに労働政策審議会で検討し、労使の議論を踏まえて一定の結論を出すべきである。

出典:「賃金等請求権の消滅時効の在り方に関する検討会」論点の整理(案)

 結局、検討会では結論がでなかったので、労働政策審議会にお任せしますのでよろしく!  ということです。

使用者側はどんな理由で反対していたのか?

 使用者側と思われるヒアリングの結果が論点整理案に上がっているので、いくつかピックアップしてみましょう。

 まず、管理が大変という反対理由があります。これが一番有力な反対意見のようです。

・賃金等請求権の消滅時効期間が見直された場合、一定のシステム改修等の負担が発生するとともに、関係書類の保存期間も延長されることになれば、デジタルデータ、紙媒体の如何を問わず、保管コストの負担は相当なものになる。特に経営基盤の弱い小規模事業者にとっては過大な負担となる可能性がある。

出典:同前

・保存期間を3年から5年にするとデータ量が単純計算で約 1.6 倍になるが、それに伴う負担増については、保管の実態にもよるが、保存期間の延長を躊躇すべき理由として挙げられるほど大きいのか考える必要がある。

出典:同前

 まあね。たしかにそういう部分はあるでしょう。

 

 しかし、それほどですか?

 そもそも、民法改正によって消滅時効が延びるのは賃金などの労働債権だけではありません。

 論点整理案には労働者側と思われる次の意見もありました。

・記録が膨大になるという指摘に対しては、今回の民法改正では運送賃や宿泊料等の債権に係る1年間の短期消滅時効も廃止されており、当然それについて膨大な記録を取ることになるが、各事業者から負担を軽くするために短期消滅時効を残すべきという意見はない。労働に限って負担が重くなるというのはおかしい。

出典:同前

 まったくもってその通り。

 他の分野では、こうした駄々をこねたという話はありませんので、結局、企業側の意見は、時効が短い方が残業代を払わないまま逃げ切れる可能性が高くなるからなんじゃないですかね?

 その他の意見としては、

・未払賃金に関して実際に争点になるのは、ある業務について指揮命令があったかどうか、労働時間かどうかという点であり、当該期間の業務指示の有無について、当時の上司に確認する必要があるが、人事異動・転勤・退職等で確認が困難である場合が多く、人の記憶が曖昧なこともあり、正確な記録確認は消滅時効期間が延びるほどに困難になる。

出典:同前

というのもありますが、「え? 5年程度で本気で言ってんの?」というほかないですね。

 たとえば、企業が労働者に払いすぎていた賃金は不当利得返還請求によって返せと言ってきます。

 例として挙げると、通勤手当を本来より多く払っていた場合などがありますが、この場合、現行民法では10年分まで遡って返還請求ができるんですが、企業は普通の顔して10年分請求してきますからね。記憶とかそんなの気にしてないです。

 他にも、解雇事件、懲戒事件、その他もろもろの労働事件がありますが、5年以上前のことを持ち出して労働者を処分してくることはザラにあり、裁判で証言する企業側の人の記憶は、異常なほどはっきりしていますよ。まさか、あれウソだったというわけじゃないですよね?

 それが賃金を請求される側になると、いきなり「いやぁ、記憶が曖昧でねぇ」とは、よく言えたものだと思います。

 最後に、一番見苦しい言い訳としては、

・現行の賃金請求権の消滅時効期間が2年間であることで特段の問題は起きておらず、早期の権利義務関係の明確化の観点から現行を維持するべき。

出典:同前

 いや、けっこうな数の労働者が2年までしか請求できないことに悔しい思いをしています。

 この消滅時効で労働者が悔しい思いをしている分、払わないで得してほくそ笑む企業があることになります。

 特段の問題が起きてないと思うのは、2年程度だったら逃げ切れてるからでしょうね。

 他にもたくさんありますが、長くなるので紹介はこの程度にしておきます。

ちゃんと払っていれば時効なんて恐くない!

 このように、手を替え品を替えて時効が2年より長くならないような主張を展開するのですが、そもそも、残業代も含めて賃金を全額払っておけば何の問題もありません

 恐がる必要なんてないですよ。

 残業代とか、そういう賃金を払わないから、「時効にかかってくれ~」という思いが生じるだけなのですが、ちゃんと払っている企業からすれば、「へー。時効延びるんだぁ」くらいなものでしょう(想像ですが)。

 残業代をどうにかして払わないで逃げ切ろうという強い思いが、ピックアップしたような言い訳につながっているのでしょう。

労政審での議論がスタート

 そして、ついに7月1日に、どのような時効制度にするのかを決める運命の労働政策審議会(労働条件分科会)が開かれることになりました。

 労働関係の法律は、労働政策審議会において、労働者代表と使用者代表の議論を経てから法案化されるので、ここでの議論が大変大事になります。

 7月1日の議論1回だけでは終わらないと思いますので、この議論がどう推移するのか注目していきたいと思います。

 また、後日になりますが、本稿とは別に、この時効に関する論点解説もしていこうと思います。

<注釈>

*1 ただケースによっては時効が中断されている場合もありますので、素人判断するよりは、一回は専門家に相談したほうが確実です。

*2 短期消滅時効と言われていた短い時効期間は廃止され、原則として、権利を行使できると知った時から5年、権利を行使できる時から10年と統一されました。

弁護士・日本労働弁護団幹事長

弁護士(東京弁護士会)。旬報法律事務所所属。日本労働弁護団幹事長(2022年11月に就任しました)。ブラック企業被害対策弁護団顧問(2021年11月に代表退任しました)。民事事件を中心に仕事をしています。労働事件は労働者側のみ。労働組合の顧問もやってますので、気軽にご相談ください! ここでは、労働問題に絡んだニュースや、一番身近な法律問題である「労働」について、できるだけ分かりやすく解説していきます!2021年3月、KADOKAWAから「武器としての労働法」を出版しました。

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