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通常国会で狙われる<定額働かせ放題・残業代0プラン>の対象拡大

佐々木亮弁護士・日本労働弁護団幹事長
(ペイレスイメージズ/アフロ)

 読者の皆様、明けましておめでとうございます(遅い)。

 さて、いきなり本題ですが、共同通信社が世論調査をした「安倍首相下での憲法改正反対」という記事がありました。

 見出しだけだと改憲のことだけ調査したかと思われそうですが、実は「働き方改革」関連法案についても調べているようでした。

 その部分を抜き出しますと、以下の通りです。

「働き方改革」関連法案に盛り込まれる「高度プロフェッショナル制度」導入には賛成が25.4%、反対が54.9%

出典:安倍首相下の憲法改正、反対54%

 このように残業代ゼロ法案と呼ばれる部分の「高度プロフェッショナル制度」(高プロ)については導入反対が賛成を大きく上回っていることがわかります。

 ただ、この法案の怖さは、高プロだけではありません。

 でも、今のところ、どうしても高プロに目が行きます。

 メディアでも、以下のとおり、高プロは要らん!という見解はそれなりに報道されます。

立民 働き方改革 「高度プロフェッショナル制度」は削除を

高プロ制度「必要性全くない」 連合会長、働き方法案で

 高プロは反対という、それ自体はいいのですが、実は、この法案には、もう一つの目玉である<定額働かせ放題・残業代0プラン>と呼ばれる裁量労働制の適用拡大があるのです。

対象者に年収制限なし!

 実は、高プロより裁量労働制の対象者拡大の方が、ブラック企業への栄養剤として即効性があります。

 まず、先の高プロのように、年収要件はありません

 高プロは一応、1075万円の年収要件があると予想されています。

 しかし、裁量労働制の適用拡大の対象者に対しては、年収の要件は全くありません。

 したがって、年収300万円であろうと、200万円であろうと、180万円であろうと、適用の可能性があります。

裁量労働制とは

 ここで裁量労働制ってなに?ということについてですが、裁量労働制を、誤解を恐れずごくごく簡単に言うと、「決まった労働時間を設定し、どんなに長く働いても、どんなに短く働いても、その設定した労働時間働いたとみなす制度」ということになります。

 ただ、実際は、「短く働いてそれ以上の労働時間がみなされる」という例よりも、「長時間働いても短い労働時間とみなされている」例の方が多いと思います。

 裁量労働制では、労働時間が一定とみなされるので、それに応じた残業代しか設定されないため、みなされる時間よりはるかに長く労働しても賃金は一定額で増えることはありません。

 そのため、定額働かせ放題と呼ばれることとなります。

 もちろん、裁量労働制の建前は、労働者に「裁量」があることを前提にし、忙しいときは労働時間も長くなるが、暇なときは最低限の仕事をすればさっさと帰ることもできるということとなります。

 しかし、これは建前です。

 そうです。賢明な読者諸氏の予想通り、実際はそうはなっていません。

 むしろ、裁量がないくらいの量の仕事を押しつけられ、一定額の賃金で長時間労働を強いられる例が数多くあります。

 労働事件を労働者側で扱う弁護士から見れば、裁量労働制は過労死・過労自死の温床であると認識されています。

 

 この危険な裁量労働制を拡大しようというのが、この法案のもう1つの目玉なのです。

拡大の対象は?

 拡大の対象は、2つあります。

 それは、「事業の運営に関する事項の実施管理評価業務」(「実施管理評価業務」)と「法人提案型営業」です。

 うーん・・・。

 何を言ってるのか、わかりにくいですね。

 まず、前者の「実施管理評価業務」ですが、これは厚生労働省の説明によれば、事業の運営に関する事項の実施状況の把握・評価業務とは「課題解決型の開発提案業務」と「裁量的にPDCAを回す業務」と説明されます。

 

 そうですね。やっぱり何を言っているのか、わかりにくいですね。

 そもそもPDCAって言われても・・・という方もいるかと思いますが、PDCAとは、「計画(PLAN)・実行(DO)・評価(CHECK)・改善(ACT)」のことです。

 これは、岡崎体育さんの「まわせPDCAサイクル」という曲を聴くとよく理解できますので、一度聴いてみてください。

 そして、この「実施管理評価業務」ですが、超荒っぽく言えば、管理職っぽい業務、ということです。

 ただ、実際の管理職に限定されませんので、係長やリーダーのような業務を行う者も含まれると思われます。

 つまり、本当の管理職だけでなく、係長や班長、チームリーダなど、極めて広範な労働者が適用対象となる可能性があるというものです。

 おそらく、この業務を対象とした狙いは、労基法41条2号の「管理監督者」に該当しない管理職層や管理職的な業務を行う労働者、いわゆる名ばかり管理職を、広く裁量労働制の適用対象とすることにより、「定額で働かせ放題・残業代0プラン」を適法化させるねらいがあるものと思われます。

 というのも、管理監督者だという主張は、裁判ではそう簡単に認められません。

 なので、今現在の名ばかり管理職の人たちは裁判で争うと、かなりの確率で裁判で勝つ可能性があります。

 しかし、この法案が成立し、現在の管理職と言われる人たちを裁量労働制の枠内に入れてしまえば、残業代は一定となって、定額働かせ放題が実現することになります。

 これがこの法案の狙いの1つです。

法人提案型営業?

 次に、「法人提案型営業」は「法人である顧客の事業の運営に関する事項についての企画、立案、調査及び分析を行い、かつ、これらの成果を活用した商品の販売又は役務の提供にかかる当該顧客との契約の締結の勧誘又は締結を行う業務」とされています。

 はい。そうですね。わかりにくいですね。

 要するに、これまでは対象業務外とされてきた「個別の営業業務」に裁量労働制の対象を広げるもの、と理解してもらって間違いはありません。

 簡単にいうと、法人を顧客とする営業において、顧客のニーズに応じて商品やサービスをカスタマイズして提案する場合は、すべて含まれることになります。

 含まれないのは既製品を売るような営業くらいでしょう。

 ふと思い出したのですが、年末にこんなニュースがありましたね。

 野村不動産に是正勧告 裁量労働制を全社的に不正適用

 この法案を思うと、野村不動産は先取りしていたのかもしれません。

 もちろん、先取りしても今やったら違法ですので、是正勧告は当然でしょう。

 しかし、この法案が成立すれば、これも合法になるかもしれません(もっとも法案要綱は法人営業が対象なので、直ちに合法化されるわけではないですが)。

 でも、労働者側としては、今であれば賃金が支払われた労働が、法案の成立によって賃金が支払われない労働となるのですから、後退であることは間違いないでしょう。

 

不十分な適用限定と健康確保措置

 このほか法律案要綱では、新たに裁量労働制の対象事業に従事する労働者は「対象業務を適切に遂行するために必要な知識、経験等を有するものに限る」としています。

 そして、その基準としては「少なくとも三年間の勤続を必要とすること等」を厚生労働大臣が定めることとしています。

 しかし、この基準は、法律ではないうえ、むしろ、勤続3年を経過すれば裁量労働制の適用を受けることが合理的だということになり、裁量労働制の安易な導入につながりかねません。

 また、使用者が講ずべき健康確保措置として、有給休暇の付与、健康診断の実施、インターバル休息措置、労働時間の上限措置が法文に明記されたのですが、いずれか一つの選択的措置であるので、どう考えても企業にとって一番楽な「健康診断の実施」に流れることは目に見えています。

 しかし、健康診断を実施したくらいでは、過労死・過労自死が防げるはずがありません。

 その意味で、健康確保措置としては全く不十分というほかありません。

拡大自体が問題

 裁量労働制は、労働時間管理がおろそかになり、結果的に長時間労働が放置されたり、実際には労働者が十分に裁量的な働き方をしていないにもかかわらず制度が適用されることになりがちです。

 そのため、残業代や割増賃金の節約のために悪用される危険性が、裁量労働制の制度導入当初より指摘されていました。

 もちろん、その危険は現在も変わりません。

 現行法上は、企画業務型裁量労働制の対象業務は、企業の中枢業務のみに厳しく限定されています。

 しかし、先に指摘したとおり、現実にはみなされる労働時間よりも実際の労働時間のほうが長い例が数多く存在し、長時間労働が問題となり、過労死も起きているのが現状です。

 加えて、裁量労働制の要件を備えていないのに裁量労働制を適用している濫用事例も少なくありません。

 先の野村不動産の例がいい例です。

 

 そんな裁量労働制の対象業務を拡大することは、その危険をさらに拡げるものであり、到底容認できるものではありません。

<定額働かせ放題・残業代0プラン>

 これは労働者にとって、百害あって一利なしです。

 高プロもそうですが、是非、裁量労働制の対象拡大<定額働かせ放題・残業代0プラン>にも注目いただければと思います。

 早ければ予算通過より前に審議が始まると予想されています。

 また、高プロを取り下げて、裁量労働制の拡大は通してしまおうという政府の戦略もウワサされています。

 しかし、高プロと同等、もしくはそれ以上の危険をはらむ裁量労働制の対象拡大は、絶対に阻止しなければなりません。

 通常国会での審議に、是非注目していただきたいと思います。

弁護士・日本労働弁護団幹事長

弁護士(東京弁護士会)。旬報法律事務所所属。日本労働弁護団幹事長(2022年11月に就任しました)。ブラック企業被害対策弁護団顧問(2021年11月に代表退任しました)。民事事件を中心に仕事をしています。労働事件は労働者側のみ。労働組合の顧問もやってますので、気軽にご相談ください! ここでは、労働問題に絡んだニュースや、一番身近な法律問題である「労働」について、できるだけ分かりやすく解説していきます!2021年3月、KADOKAWAから「武器としての労働法」を出版しました。

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