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「テイラー・スウィフト効果」独り占めしたシンガポールに近隣諸国が激怒

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
あちこちで影響力を発揮しているテイラー・スウィフト(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

 テイラー・スウィフトの勢いが止まらない。

 現在行っている彼女の「ERAS ツアー」が最終的に稼ぐと見られる金額は、史上最高の10億ドル。そのコンサートを、スタジオを介さず自前のスタッフで撮影した映画は、宣伝広告費もかけないのに2億6,000万ドルの世界興収を達成。つい最近は、Disney+が7,300万ドルも払ってその映画の配信権を獲得している。スウィフトが恋人の応援に駆けつけた今年のスーパーボウルの視聴率も、歴代最高の数字を上げた。

 その絶大な影響力はあのトランプ前大統領も恐れ、バイデンを支持しないでというメッセージを彼女に対してソーシャルメディアで発信したほど。スーパー・チューズデーであるアメリカ時間5日朝にスウィフトが投稿したメッセージが「あなた自身を最も象徴する人に投票して」と、特定の候補者を名指しするものではなかったことに、トランプはややほっとしたはずだ。

 だが、アーティストとしても、ビジネスウーマンとしても、インフルエンサーとしても型破りな彼女は、思いもかけず、東南アジアにちょっとした摩擦を生じさせることになってしまった。「ERASツアー」を東南アジアで見られる唯一の国でありたいと望んだシンガポールが、スウィフトと独自に交渉していたことがわかったのだ。

ホテルパッケージの購入者は9割が国外からのビジター

 事実、スウィフトはシンガポールで6回コンサートを行うが、ほかの東南アジア諸国を回る予定はない。また、シンガポールで売れた30万枚以上のチケットの多くは、国外から訪れるファンによって購入されたとのこと。高級ホテル、マリーナ・ベイ・サンズが売り出した特別パッケージの購入者も、9割が国外からのビジターだったという。「Wall Street Journal」の報道によれば、東京でも、メルボルンでも、スウィフトがコンサートを行った日のホテルの宿泊平均価格は上がっている。

 タイのセーター・タウィーシン首相は、「宿泊業、観光業から屋台まで、(自分の国でも)みんなにとってこれが必要だったのに」と、「テイラー・スウィフト効果」を独占したシンガポールを批判。さらに彼は、近隣諸国でコンサートをやらないという条件を承諾してもらうため、シンガポールはスウィフトにコンサート1回当たり300万ドルを払ったのだとも指摘している。

 ほかには、フィリピンの議員が、フィリピンの国民にとってスウィフトのコンサートを見るのが高額で困難になってしまったとして、シンガポール政府にこの件についての話を聞いて欲しいと外務省に要請したとされる。たしかに、観光もできて良い機会と割り切れる人たちは良いが、そんな贅沢をできるファンばかりではない。

 シンガポール政府は、「そこまでの金額ではない」と、300万ドルという数字を否定しつつも、スウィフトへの支払いがあったこと自体は認めている。メルボルンでのASEAN特別首脳会議でこのことについて聞かれたリー・シェンロン首相は、その支払いはパンデミック後のツーリズム回復のための資金から捻出されたと語った。しかし、「私たちがこの独占条件を提示しなかったとしたら、彼女は東南アジアのほかの国でもコンサートをしたのでしょうか?そうかもしれませんし、それは関係なかったのかもしれません」と、自分たちの行動を弁護している。

長編映画監督デビューの予定も

 それにしても、人気歌手がコンサートをどこでやるかについて国際首脳会議で話し合われるなどということがあっただろうか。「ERASツアー」は、この後、フランス、ポルトガル、スペイン、イギリス、ドイツ、オランダなどヨーロッパ各国を経て、アメリカ、カナダを回る予定だ。そこでもまたいろいろ話題を提供しそうな彼女には、なんと長編映画監督としてデビューする予定もある。脚本は彼女が書き下ろしたオリジナルとのこと。出演もするのかどうかは明らかでないが、彼女はこれまでに女優として「キャッツ」「バレンタインデー」「アムステルダム」などの映画や、自分で監督した短編「All Too Well: The Short Film」に出ている。

 製作配給は、サーチライト・ピクチャーズ。今年の「哀れなるものたち」をはじめ、過去にもオスカー候補作、受賞作を数多く送り出してきた、センスの良さで知られるスタジオだ。彼らの心を動かしたスウィフトの長編映画とは、どんなものなのか。数年後、彼女はオスカーでも注目を集めることになるのだろうか。この34歳の女性に、世界はまだしばらく振り回されそうである。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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