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松林うららの初監督作品、ロッテルダム映画祭で上映。自身の体験から生まれた「#MeToo」映画

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
ロッテルダム国際映画祭に招待された松林うらら

 女優松林うららが映画監督デビューを果たした。その作品「ブルーイマジン」がお披露目されたのは、現在開催中のロッテルダム国際映画祭。「飢えたライオン」でも主演女優としてこの映画祭を訪れていたが、今回は将来が期待されるフィルムメーカーの作品を集めた「Bright Future」部門で、監督として招待された。

 自身の体験にインスピレーションを得たというこの作品は、日本の映画業界で起きている性加害を扱う、非常にタイムリーなもの。駆け出しの若い女優である主人公の乃愛(ノエル)は、注目の監督が主宰する演技のワークショップに参加し、彼に役をちらつかされて、暴行を受けることになる。彼女を救ってくれたのは、性被害やDVなどを受けた女性たちのための団体、ブルーイマジン。そこで創設者のアシスタントを務めるうちに、自分と同じ男性から被害を受けた女性に出会う。松林氏は、その団体の創設者として出演もする。主演は山口まゆ。

 上映後のQ&Aで、この映画を作ったきっかけを聞かれた松林氏は、「これは初監督作品ですが、前作で初めてプロデュースをした映画も『#MeToo』やハラスメントについてのものでした。あの映画も、自分の身に起きたことを消化したくて作ったものですが、今回はもっと直球に、深めて撮りたいと思ったのです」と述べた。

 立場を利用して若い女性を餌食にする監督。友人でもあるプロデューサーは、知っていても知らんふりをし、監督が告発されてからも彼をかばい続ける。そんな中では、監督以外にも多くの人たちが関わった映画を公開してもいいのかどうかという、よく聞かれる事柄にも触れられる。この問題にまつわる要素が非常に良く盛り込まれているが、性被害自体のシーンはない。それは意図的だ。

「セックスのシーン、性被害のシーンは極力入れたくないと思っていました。映画を見ていただいたらおわかりかと思いますが、性暴力そのものより、その前と後に起きたことを描きたかったので。その方がリアリティがあるし、(私が)映画として表現する上で大切なのはそこだと思ったので」。

上映後のQ&Aでは会場から多くの質問が
上映後のQ&Aでは会場から多くの質問が

 自身が被害者であるだけに、この映画を作る上では、苦しみもあった。

「今でも、本当に作品にして良かったのかなという葛藤や迷い(はあります)。フラッシュバックももちろんあります。でも、今、日本でも『#MeToo』が起きている中で、自分に何ができるんだろう、被害者だけで終わりたくないというのが大きくあったので。映画として表明したかったんです。もちろん痛みは伴うんだけれども、この素晴らしい映画祭で皆さんに見ていただいて、希望を届けたことで、私自身も救われる部分がありました。自分が(作品を)作ることで誰かを救えるということを大事にしました」。

 乃愛を支える多くの女性の中には、フィリピン人もいる。彼女は、最初こそ優しかったが、今は本性を出した日本人の夫と、辛い思いを抑えつつ暮らしている。

「日本社会には外国人差別がまだまだはびこっています。そんな中で、フィリピンの女性が置かれている立場を、同じ女性として語らないといけないと思いました。日本人だけではなく、海外の人たちとも連帯するということを描きたかったですし」。

 実際、女性たちの「連帯」は、この映画のとても大きな部分だ。女性たちはお互いを助け合い、支えていく。最後に女性たちがみんなで楽しく食事をするシーンは、まさにそれを象徴する。

「日本では隠すのが美徳というような歴史もあって、さらけ出すのはなかなか難しい。でも、私が『#MeToo』で大事にしたいのは、ひとりだったのが、手と手を取り合って、団体として大きくなっていくということ。そんな映画を撮りたかったんです。最後の食事のシーンとかも、わりと日本人らしいのかなと思います」。

 日本公開は3月。

今作は将来が期待されるフィルムメーカーの作品を集めた「Bright Future」部門で上映
今作は将来が期待されるフィルムメーカーの作品を集めた「Bright Future」部門で上映

写真はすべて筆者撮影。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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