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「バービー」監督、主演女優部門のオスカー候補漏れは女性差別なのか

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
放送映画批評家協会賞授賞式で舞台に上がった「バービー」のガーウィグとロビー(写真:ロイター/アフロ)

 今週火曜日のオスカーノミネーション発表は、日本作品が3部門(日本出身の特殊メイクアップアーティスト、カズ・ヒロも入れれば4部門)で候補入りするという、日本にとっては嬉しいニュースをもたらした。だが、アメリカでは、入ったものよりも、入らなかったものについての衝撃が、発表から4日経つ今も論争を巻き起こしている。

 その中心にいるのは、「バービー」の監督グレタ・ガーウィグと、主演女優マーゴット・ロビー。「バービー」は、作品部門を含む8部門でノミネートされたのだが、ここまでのアワードシーズンで着実に監督と主演女優部門に食い込んできたこのふたりが入らなかったのだ。

 これは、あらゆる意味で予想を裏切ることだった。昨年夏、アメリカを中心に爆発的なヒットを巻き起こしたこの映画は、ビジュアルも音楽もセンス抜群のエンタメでありつつ、フェミニズムのメッセージを伝えるものとして、各方面から大絶賛を受けた。おもちゃの人形をベースにした映画をこんな優れた映画にしてみせたのは、私生活のパートナーであるノア・バームバックと共に脚本も執筆したガーウィグと、プロデューサーとして「グレタに完全なる自由をあげて」とスタジオを説得したロビー。多様化へのプレッシャーが強まっている近年、監督部門に女性がなかなか入らないことは懸念事項だったが、2024年はガーウィグがいるからその心配はないと、誰もが思っていた。

 この部門においてクリストファー・ノーラン(『オッペンハイマー』)とガーウィグは確定、残り3つの枠をほかの人たちが争うというのが、ノミネーション発表前の、大方の予想。主演女優部門におけるロビーは、ガーウィグほど優位な立ち位置、すなわち5人の枠のうちのトップ2枠にいたわけではなく、正直、別の人に取って代わられる可能性はあった。しかし、ロビーは映画俳優組合賞(SAG)の候補に、ガーウィグは監督組合賞(DGA)の候補に入っている。これらの組合の賞の投票者はオスカーの投票者とかぶるため、ここを押さえたのは相当に強い。

 と思っていたら、こんなことになったのである。これを受けて、当然のことながら、ソーシャルメディアには、ショックと不満を訴える声が多数寄せられることになった。男性優位社会を風刺する映画を作った女性たちが皮肉にも男性優位社会からこんな目に遭わされたとの批判もあれば、5人の候補者の中には「落下の解剖学」の女性監督ジュスティーヌ・トリエも入ったことから、「女性の候補者はひとりじゃなくてもいいのよ」とアカデミーを諭すような投稿もある。しまいにはヒラリー・クリントンまでもが「グレタ&マーゴットへ。興行成績で大成功したのにゴールド(のトロフィー)をももらえないのはムカつくかもしれないけれど、あなたたちは大勢のファンに愛されています」とX(旧ツイッター)に投稿し、政治まで絡むような騒ぎへと発展した。

女性差別というよりも国際化の表れ?

「バービー」は個人的に2023年のベスト映画であるばかりか、映画史上最も重要な作品のひとつでもあると考える筆者も、この結果にはびっくりしたし、とても残念だった。だが、ソーシャルメディアや世の中の風潮が示唆するように、ガーウィグが漏れたのは女性差別のせいなのかと言われると、疑問を覚える。2016年だったら間違いなく「そうだ」と断言したが、アカデミーが本気で投票者の多様化に向けた努力をし、当時より女性を50%以上増やした2024年においては、そうと言い切れない気がするのだ。

 まず、前述したように、監督部門の5人には、トリエが入っている。だから、オスカーの投票者が一概に女性を軽視していたとは言い難い。また、トリエがDGAには入らなかったことから、彼女がガーウィグの枠を奪ったととらえる人もいるが、それはつまりトリエが5人の候補者の5番目だったと勝手に決めつけることになり、トリエに対して失礼だ。DGAに入らなかったのにオスカー監督部門に入った人には、「The Zone of Interest」のジョナサン・グレイザーもいる。繰り返しになるが、DGAと一致していないからと言って、このふたりが5人のうちの4番目と5番目だったとは限らない。

「落下の解剖学」でカンヌ映画祭の最高賞パルムドールを受賞したトリエ監督
「落下の解剖学」でカンヌ映画祭の最高賞パルムドールを受賞したトリエ監督写真:ロイター/アフロ

 会員のレベルを下げることなく多様な人たちを招待するために、近年、アカデミーは、意図的に海外在住の映画人を多く招待してきた。2020年、いわゆる“アカデミー好み”の「1917 命をかけた伝令」ではなく、韓国語映画「パラサイト 半地下の家族」が作品賞を受賞したことに象徴されるように、次第にアカデミーはアメリカの団体ではなく、国際的な団体へと形を変えてきている。今年の作品部門も、10本のうち2本、「落下の解剖学」(フランス映画)と「The Zone of Interest」(イギリス映画だが言語はドイツ語)が、外国語映画だ。

 そんな国際色豊かな今のオスカー投票者には、監督が女性か男性かに関係なく、単にこの2本のほうがハリウッド映画である「バービー」より良かったと感じた人が多かったのではないか。そうだとすれば、主演女優部門に「落下の解剖学」のザンドラ・ヒュラーが入ったことも説明がつく。ヒュラーは「The Zone of Interest」にも出ていることもボーナスポイントになったかもしれないし、それがなくても入ったのかもしれないが、いずれにせよ、アメリカ国外に住むオスカーの投票者は、外国語だということを気にせずに対等に評価する傾向があると思われる。

「The Zone of Interest」のザンドラ・ヒュラー。彼女は「落下の解剖学」でオスカー主演女優部門に候補入りした(Courtesy of A24)
「The Zone of Interest」のザンドラ・ヒュラー。彼女は「落下の解剖学」でオスカー主演女優部門に候補入りした(Courtesy of A24)

「落下の解剖学」もフェミニスト映画(トリエ自身がそう語っている)だが、「バービー」よりやり方がずっと微妙。静かでじわじわと胸に迫ってくる「The Zone of Interest」は、アウシュビッツ強制収容所の隣で平和に暮らすナチの家族に焦点を当てる、ホロコーストものとしては異例の作品だ。これらの見るからに知的で洗練された作品を好む人たちにとって(見るからに、とあえて付け加えたのは、『バービー』も、知的で洗練された頭脳があったからこそ生まれた作品だからだ)、ピンクと笑いに満ちた「バービー」は、良いと思ったとしても、個人的な上位に入る作品ではなかったのかもしれない。だから、「バービー」は10枠ある作品部門には入っても、5枠しかない監督部門からは落ちたのではないか。

監督部門の枠を増やすべき時では

 もしその読み通りであれば、それは差別でなく好みの問題だ。そこはどうしようもない。そうは言っても、ガーウィグが漏れたのが残念なのは確か。今後、こういったことが再発するのを防ぐためには、監督部門の枠を広げるべきではないだろうか。そもそも、作品部門の枠が5本から拡大されたのも、「ダークナイト」が候補から漏れて批判されたのがきっかけだった。演技部門は、以前から、男女別、主演と助演別で、合わせて20人が入れるようになっている。作品部門の候補が10本なのに、監督をその半分にしておかなければいけない理由はない。

 候補枠を増やしたとて、最終的に受賞できるのはただひとりだ。それはつまり授賞式当日にがっかりする人も増えるということ。だが、その一歩手前まで行ったことを喜べる人たちが増えるのは、悪いことではないだろう。これだけたくさんの映画があるのだから、祝福気分を味わえる人がもう少し増えてもいいはずだ。この騒ぎを機に、アカデミーがその部分について検討することを望みたい。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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