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「オッペンハイマー」オスカー作品賞最有力へ躍進。「君たちはどう生きるか」「ゴジラ」は?

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
CCA作品賞は「オッペンハイマー」(CCA/Getty Images)

 アワード戦線もいよいよ中盤戦。アカデミー賞授賞式まではまだ2ヶ月近くあるものの、ここへきてクリストファー・ノーラン監督の「オッペンハイマー」が、作品部門のフロントランナーに踊り出た。

 7月下旬の北米公開以来、批評面でも興行面でも大成功してきた「オッペンハイマー」は、早くからオスカー候補入り間違いなしとささやかれ、配給のユニバーサルも積極的かつ堅実なキャンペーンを展開してきている。だが、12月上旬から次々と発表される賞では、ニューヨーク映画批評家サークルとナショナル・ボード・オブ・レビューが「キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン」、ロサンゼルス映画批評家協会が「The Zone of Interest」を選び、今ひとつ勢いに乗り切れていなかった。

 そこへきて、今月10日、ドラマ部門とコメディまたはミュージカル部門のふたつがあるゴールデン・グローブで、ドラマ部門を受賞。そして、現地時間14日には、作品賞がひとつしかない放送映画批評家協会賞(Critics Choice Awards/CCA)で、「キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン」、「哀れなるものたち」、「The Holdovers」など、9作品のライバルを見事に制してみせたのだ。

「オッペンハイマー」はCCAで監督、助演男優、撮影、作曲、視覚効果、編集、演技アンサンブル賞も受賞する圧勝ぶりだった(Melinda Sue Gordon/Universal Pictures)
「オッペンハイマー」はCCAで監督、助演男優、撮影、作曲、視覚効果、編集、演技アンサンブル賞も受賞する圧勝ぶりだった(Melinda Sue Gordon/Universal Pictures)

 1週間にこのワンツーパンチが起きたことで、一気に弾みがついた形。ただし、過去を振り返ると、CCAの作品賞とオスカー作品賞の一致率は5割強で、予想の頼りにするにはやや微妙だ。昨年は「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」がCCA、オスカーともに受賞したが、その前の年は、CCAがそこまではフロントランナーだった「パワー・オブ・ザ・ドッグ」を選んだのに対し、オスカーはその後になって勢いを増してきた「コーダ あいのうた」に行った。そのひとつ前の年は「ノマドランド」で一致しているも、さらにひとつ前の年はCCAが「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」だったのに対し、オスカーは韓国映画「パラサイト 半地下の家族」が受賞している。

 それに、CCAとアカデミー賞は、投票者がまるでかぶらないのだ。CCAの投票者は批評家と映画ジャーナリストおよそ650人で、そのうち9割近くがアメリカ人とカナダ人。一方、アカデミーは、映画を作る人たちの団体で、会員数は1万人以上。近年、多様化を目指してきたため、今や会員の多くはアメリカ国外に住む外国人である。完全にアメリカの話である「ワンス・アポン・ア・タイム〜」と外国語映画である「パラサイト〜」の受賞結果にも違いが明らかに見て取れるように、それぞれの投票者の好みは必ずしも同じではないのだ。

「オッペンハイマー」の場合、アメリカの話ではありつつも、ノーランと助演のエミリー・ブラント、フローレンス・ピューはイギリス人だし、主演のキリアン・マーフィはアイルランド人で、海外のアカデミー会員がどこまで気に入るのかは、興味深いところ。個人的には、ナチの家族に焦点を当ててホロコーストの恐怖と罪を描くイギリス映画(ただし言語はドイツ語)「The Zone of Interest」が、アカデミー賞では作品部門でも強く出てくるのではないかと予想している。とは言え、現地時間23日に発表されるオスカーノミネーション「オッペンハイマー」の名前が作品部門を含む多数の部門で聞かれるのは確実。現在はまさにノミネーション投票の真っ最中で、その理想的なタイミングにこのダブルパンチがあったのは、追い風になったと思われる。

せりふがすべてドイツ語のイギリス映画「The Zone of Interest」は、ロサンゼルス映画批評家協会から作品、監督を含む複数部門の賞を授与された傑作(A24)
せりふがすべてドイツ語のイギリス映画「The Zone of Interest」は、ロサンゼルス映画批評家協会から作品、監督を含む複数部門の賞を授与された傑作(A24)

 もうひとつ大きく関係してくるのは、「オッペンハイマー」がこのピークを維持し続けられるかどうかだ。オスカー戦線では、ピークをどこに持って来られるかが重要になる。それはコントロールしたくてもできるものではないのだが、ピークが早く来すぎてしまって息切れすることもある。逆に、先に述べた「コーダ あいのうた」のように、終盤になって急に力を増し、そのまま猛進する場合もある。この後に発表されるプロデューサー組合賞(PGA)、映画俳優組合賞(SAG)、監督組合賞(DGA)など、アカデミー賞と投票者がかぶる重要な賞で、そこは見えてくるだろう。

日本の作品はどこまで健闘するか

 さて、日本人としては、「君たちはどう生きるか」と「ゴジラ-1.0」も気になるところだ。ゴールデン・グローブでアニメーション賞を手にした「君たちはどう生きるか」は、CCAでは「スパイダーマン/アクロス・ザ・スパイダーバース」に負けた。この2作品はいずれも非常に評価が高く、接戦が予想されてきたが、最近発表されたアニー賞ノミネーションでNetflixの「ニモーナ」が最多部門に候補入りし、戦線がより複雑になってきている。ディズニーの「ウィッシュ」、ピクサーの「マイ・エレメント」がアニー賞の候補から漏れたこともあり、この3作品の争いになったと言っていい。

アニー賞に最多部門で候補入りした「ニモーナ」(Netflix)
アニー賞に最多部門で候補入りした「ニモーナ」(Netflix)

 一方、「ゴジラ-1.0」は、CCAの外国語映画部門に候補入りしたが、フランスの「落下の解剖学」に負けて受賞を逃した。アカデミー賞の国際長編部門では、ひとつの国から1作品を選んでエントリーするのがルールで、日本はヴィム・ヴェンダース監督、役所広司主演の「PERFECT DAYS」を選んだため、「ゴジラ-1.0」は土俵にも立てない。

「ゴジラ-1.0」が外国語映画部門に候補入りし、CCA授賞式に出席した山崎貴監督(CCA/Getty Images)
「ゴジラ-1.0」が外国語映画部門に候補入りし、CCA授賞式に出席した山崎貴監督(CCA/Getty Images)

 しかし、「ゴジラ-1.0」は、視覚効果部門でノミネーションのひとつ手前である“ショートリスト”に食い込んだことから、ここでの候補入りは可能性がある。ショートリストに入ったほかの作品の多くは、「インディ・ジョーンズと運命のダイヤル」(製作費2億9,400万ドル)、「ミッション:インポッシブル/デッドレコニングPART ONE」(製作費2億9,100万ドル)など巨額のお金が費やされているだけに、1,500万ドルというハリウッドの基準では低い予算でそれらに並ぶ視覚効果をやってみせた「ゴジラ-1.0」は、業界のその分野の人々に感心されるのではないか。

 いずれにせよ、先に述べたようにオスカーまでには時間があり、この後どんなことも起こり得る。それに、本格的な流れを作っていくのは、ここまでに発表された批評家たちの賞ではなく、これから発表になる、映画を作ることで生計を立てている人たちの賞だ。キャンペーンにたずさわる人たちのハードワークは、まだまだ続く。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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