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DV容疑のマーベル俳優に有罪判決。今年最もホットなはずだったスターはこれからどうなる

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
ニューヨークの裁判所に出廷したジョナサン・メジャース(写真:ロイター/アフロ)

 今年の初め、ジョナサン・メジャースは、2023年に最も注目すべき俳優と思われていた。もちろん、良い意味でだ。しかし、今、彼は、別の意味で注目の人となってしまった。ニューヨークで行われたDV容疑についての裁判で、向こうみずな行動の結果の暴力と、ハラスメントに関して有罪判決が出たのである。

 ただし、意図的な暴力、悪質なハラスメントの疑いに関する判決は、無罪。量刑が言い渡されるのは2月。軽罪に当たるため、保護観察処分と社会奉仕活動を言い渡される可能性が高いが、最大、1年の懲役もありえるという。

 こんなことになるなんて、9ヶ月前には想像もできなかった。その出来事が起きるまで、彼はキャリアで最高の時期を満喫していたのである。

 まずは、1月のサンダンス映画祭で上映された主演作「Magazine Dreams」での演技が大絶賛を受けた。「早くも来年のオスカー候補が誕生したか」との声も出たほどだ。複数の配給会社が手を挙げる中、サーチライト・ピクチャーズが権利を獲得し、オスカー戦線に有利な12月上旬の北米配給日を早々と設定した。2月には、彼が悪役カーンを演じる「アントマン&ワスプ:クアントマニア」が公開。Disney+の「ロキ」第1シーズンでも姿を見せていたが、カーンとして正式に登場するのはこれが初めてだ。2026年と2027年に公開が予定される新たな「アベンジャーズ」映画でも、彼は大きな役割を果たすことになっていた。

「Magazine Dreams」では、ボディビルダーとして名声を得ることを夢見る男性を演じた(Sundance Institute)
「Magazine Dreams」では、ボディビルダーとして名声を得ることを夢見る男性を演じた(Sundance Institute)

 そして3月上旬には、「クリード 過去の逆襲」が北米公開され、シリーズ最高のオープニング成績を達成。メジャースが演じるのは、主人公アドニス・クリード(マイケル・B・ジョーダン)の幼馴染み。長い間入っていた刑務所から出てきた彼は、リングの上でアドニスと対決することになる。今作では監督も兼任したジョーダンは、メジャースとはこれからも多くの作品で組んでいくつもりだと語り、ハリウッドに新たな名コンビが生まれたかと、業界を興奮させた。

 だが、それからまもなく、その出来事が起き、状況はがらりと変わる。3月25日、メジャースは、当時の恋人でイギリス人ダンサーのグレース・ジャバリに暴力をふるって怪我をさせた疑いで、ニューヨークの警察に逮捕されたのだ。

逮捕には人種への偏見が関係している?

 何が起きたのかについて、メジャースとジャバリの主張は食い違っている。しかし、ディナーを終えたふたりが運転手の運転する車で家に向かっている時、メジャースの携帯に「今、あなたにキスできたらいいのに」というテキストメッセージが飛び込んできたのを目撃したジャバリが携帯を取り上げ、メジャースが必死で取り戻そうとして争いになったのはたしかなようだ。

 その夜、メジャースはホテルに泊まったが、翌朝、ふたりが住む家に戻ると、ジャバリが倒れていた。驚いたメジャースは、911番(警察、救急車に共通する番号)に電話。録音された通話で、メジャースは、「彼女は意識がない状態です。上にトレーナーを着て、下半身は裸です。彼女は僕の元恋人です。僕たちは別れました。彼女がほのめかすようなテキストメッセージを送ってきたので、帰ってきたのです」と話している。ジャバリは病院に送られて治療を受け、メジャースは警察に連行された。

 メジャースの弁護士は、彼が逮捕されたのには人種が関係していると主張。メジャースは黒人男性、ジャバリは白人女性であることから、「彼らは、ぱっと見て、どちらが被害者でどちらが加害者なのかを決めたのです」と述べている。アメリカに住む黒人はみんな、警察に目をつけられるとどんなことになるのか十分わかっているのに、あえてメジャースが911番に電話をしたことも、無実の証拠だとした。最終弁論でも、「警察は、グレースの嘘を信じたのです。この件は、すべてグレースの嘘の上になりたっているものです。彼女はひどい嘘つきです」と、ジャバリを責めている。

 一方、地方検事は、判決の後、「裁判で出てきた証拠は、心理的、感情的な虐待が日常にあり、エスカレートしていったことを物語っていました。これは、カップルの間でよくあることです。本日、陪審員は、メジャース氏が恋人にハラスメント、虐待をしていたと判断をしました。ひどい経験を思い出すのは辛いにもかかわらず、勇気を持って声を上げた被害者のために奉仕してくださった陪審員のみなさんに感謝します」と声明を発表した。陪審員は、男性3名、女性3名で、うち黒人はひとりだった。

判決を受けてマーベル作品をクビに

 この判決が出るとすぐ、ディズニー傘下のマーベルは、今後の作品からメジャースを降板させると決定。彼のマネージャーとパブリシストは、逮捕からまもなく彼との契約を切ったが、マーベルは裁判の結果が出るまで様子見をしていた。同じくディズニー傘下であるサーチライトの「Magazine Dreams」は、すでに公開カレンダーから外されていたが、この結果を受けて、ますます日の目を見る希望が遠のいてしまった。

 しかし、メジャースの所属エージェンシー、ウィリアム・モリス・エンデヴァー(WME)は、まだ契約を保っている。これから製作されるプロジェクトには、スパイク・リーが監督する「Da Understudy」があるが、リーがどのように判断するのかはわからない。メジャースの弁護士は、「彼はまだ司法を信じています。汚名をそそげる日が来るのを心待ちにしています」と、彼が諦めていないことを示している。陪審員が「意図的な暴力」「悪質なハラスメント」がなかったと判断したことにも勇気づけられているようだ。これからの動きが注視される。

HBOのドラマ「ラブクラフトカントリー 恐怖の旅路」の1シーン(Eli Joshia Ade/HBO)
HBOのドラマ「ラブクラフトカントリー 恐怖の旅路」の1シーン(Eli Joshia Ade/HBO)

 メジャース(34)はカリフォルニア州ロンポック生まれ。家族は何度も引っ越しをしたが、近所にはドラッグディーラーや刑務所から出てきたばかりの人が住んでいることも多く、子供時代は楽ではなかった。彼自身も高校時代、万引きで逮捕されたり、喧嘩をして停学処分を受けたりしている。そんな中、「ダークナイト」のヒース・レジャーに刺激を受け、演技の魅力に目覚めた。演技は、ノースカロライナ大学とイェール大学で勉強。出演作に、「ラストブラックマン・イン・サンフランシスコ」、「ザ・ハーダー・ゼイ・フォール:報復の荒野」、テレビドラマ「ラブクラフトカントリー 恐怖の旅路」などがある。

 ジャバリはイギリス生まれの30歳。メジャースとの出会いは、2021年8月、「アントマン&ワスプ:クアントマニア」の撮影現場。ダンサーのジャバリは、この映画のムーブメントコーチを務めていた。ダンサーとして、この夏公開された「ミッション:インポッシブル/デッドレコニングPART ONE」、「バービー」にも出演している。この後の彼女のプロジェクトについては記載がない。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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