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ロバート・デ・ニーロ泥沼訴訟の裏にあった「オフィス妻」と「恋人」の確執

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
長年勤めた社員と泥沼の争いを展開したデ・ニーロ(写真:REX/アフロ)

 2度のオスカーをはじめ数々の賞をかっさらっても、そして世界で最も有名でパワフルな人物だったとしても、すべての戦いに勝つとは限らない。ロバート・デ・ニーロ(80)は、最も痛い形でそれを思い知らされた。今週、デ・ニーロの製作会社カナル・プロダクションズは、元社員グラム・チェイス・ロビンソン(41)との訴訟に負け、120万ドル(およそ1億8,000万円)の支払いを命じられたのである。

 この敗訴については日本でも「デ・ニーロから背中を掻いてくれと言われた」「バイス・プレジデントに昇格してからも伝統的に女性がやるような雑用をやらされた」など、ロビンソンの主張の一部が報じられている。しかし、この争いは単純ではない。そもそも、この醜い法廷争いを始めたのは、デ・ニーロなのだ。

 デ・ニーロがロビンソンを訴訟したのは2019年。ロビンソンが勤務中にNetflixで「フレンズ」を55話も見ていた、会社が所有するデルタ航空のマイルを勝手に自分のアカウントに移した、自分の食事代やドライクリーニング代など私用の出費を会社のクレジットカードで落としていたなどという理由で、600万ドルの損害賠償を要求した。それを受け、ロビンソンは、デ・ニーロの職場で性差別を受けたとして、デ・ニーロとカナルに対し、1,200万ドルを要求する逆訴訟を起こしたのである(日本ではデ・ニーロは被告ではなかったと報道されているが、訴状には、被告としてデ・ニーロとカナルの名が連ねられている)。

デ・ニーロの新恋人と衝突

 ロビンソンは、25歳だった2008年、ハリウッドでのキャリアを夢見てデ・ニーロのアシスタントとして働き始めた。その後、製作ディレクターを経て製作とファイナンスのバイス・プレジデントに昇格したが、「男性と女性は同等なのだという考えを受け入れられない」(彼女自身の言葉)デ・ニーロは、服のボタンをつける、洗濯をする、寝ているデ・ニーロを起こしに来る、新居の飾り付けを手伝うなど雑用を申し付け、「オフィスの妻」のように扱い続けた。朝7時から夜8時まで働いても、残業代も出ない。夜中の11時に、デ・ニーロが共同創設した高級寿司屋Nobuからマティーニを届けろと言ってきたこともある(デ・ニーロ自身も裁判でそんなことがあったかもしれないと認めている)。

 そんなところへ、デ・ニーロはティファニー・チェン(45)と付き合い始めた。今年4月、デ・ニーロの娘を出産したチェンの出会いは、2015年の映画「マイ・インターン」。マーシャルアーツのインストラクターであるチェンは、映画の中で太極拳のインストラクターを演じた。それから2年後、それが恋へと発展すると、チェンとロビンソンはお互いの存在が疎ましくなる。デ・ニーロは、チェンと住む家の改装にまつわる作業をロビンソンに言いつけたが、壁のペンキ塗りに備え、かけていた絵画を移動するというささいなことでも、チェンとロビンソンは喧嘩。デ・ニーロがもういらないと思う物をロビンソンがしばしば家から持ち出しては、人にあげたり、自分の物にしたりするのも、チェンは不快に感じた。ベッドでチェンが寝る側にある充電器を全部はずすという嫌がらせをされたこともあると、チェンは述べている。

デ・ニーロとチェンの間には、今年赤ちゃんが生まれた
デ・ニーロとチェンの間には、今年赤ちゃんが生まれた写真:REX/アフロ

 そのうちチェンは、ロビンソンがデ・ニーロに恋心を抱いていると思い始めた。裁判で、チェンは、ロビンソンは自分がデ・ニーロの妻なのだと思いたかったのだろうと証言している。「でも、実際はそうでないと彼女は知っています。そのせいで彼女は怒っていたのです」と、チェンは述べている。

 2019年3月、チェンはデ・ニーロに、ロビンソンをクビにするよう要求するテキストメッセージを送っている。その翌月、ロビンソンは自ら辞表を出したが、同時に弁護士を通じ、性差別と賃金未払いでデ・ニーロを訴訟することを考えていると伝えた。そう聞いたチェンは、デ・ニーロに「彼女は自分があなたの妻だと思っていたのよ。私には最初から見えていたわ。そう言ったじゃない」とテキストメッセージを送っている。それに対し、デ・ニーロは「いったいどんな神経の持ち主なんだ!偉そうに。生意気なことを考えやがって」と、ロビンソンへの不満をぶちまける返答をしている。そしてデ・ニーロは、先回りしてロビンソンを訴訟することにしたのである。

裁判でお互いを「サイコパス」と描写

 証言台に立ったチェンは、ロビンソンのことを「意地悪で、自信がなくて、縄張りを守ろうとする女」「狂っている」「サイコパス」と描写した。一方、ロビンソンも、チェンについて同じように「狂っている」「サイコパス」と呼び、デ・ニーロの元妻グレース・ハイタワーを引き合いに出して、「グレースはまだわかりました。彼女はわかりやすい悪魔でした。ティファニーはサイコパスです。全然違うやり方をするのです」と語っている。

 ロビンソンの弁護士は、裁判が始まってからロビンソンのもとに嫌がらせのテキストメッセージが送られてきたことも明かした。「本当に嫌な奴だな。80歳の年寄りの人生をめちゃくちゃにする以外、やることがないのか。お前が人を苦しめたように、お前とお前の家族が苦しむことを願う」という内容で、送り主はデ・ニーロの子供のひとりのようだ(デ・ニーロには、チェンとの間に生まれた娘以外に6人の子供がいる)。

 しかし、8人の陪審員らは、5時間の論議の末、ロビンソンに勝利を与えたのである。賠償金の金額は求めていた1,200万ドルの10分の1とは言え、陪審員は、カナルに勤務している間にロビンソンが会社から盗むことはしていないとの判決も出した。

 一方、デ・ニーロにとっても、最悪の結果にはなっていない。陪審員が120万ドルの支払いを命令したのは、カナル。デ・ニーロ本人は、罰を逃れている。判決を受け、彼の弁護士は「デ・ニーロ氏について、陪審員は正しい判断をしました。そこは嬉しいです。デ・ニーロ氏には何の罪もなかったのです」と語っている。

 それでも、デ・ニーロとチェンは面白くないに違いない。判決が読まれた時、デ・ニーロは裁判所にいなかったが、ロビンソンは勝利の笑顔を満面に浮かべて裁判所から出てきている。報道でその表情を見たふたりは、どんな会話を交わしたのだろうか。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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