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Netflix、俳優のスト終了後に値上げを計画 #ハリウッドのストライキ

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
脚本家のストライキは終わったが、俳優はまだストライキ中(筆者撮影)

 脚本家のストライキはようやく終了したものの、俳優のストライキはまだ続いている。今週月曜から交渉が再開され、とりあえず前向きに進んでいるようなので希望は持てるが、合意に達するにはまだ時間がかかりそうだ。本来なら秋に始まるメジャーネットワークの新シーズンを遅らばせながら始めるためにも、年末に向けて公開される賞狙いの映画のプロモーション活動に俳優を参加させるためにも、今月末までにはストライキを終わらせたいところである。

 そんな中、Netflixが、ストライキ終了後に月額料金を値上げする計画を立てていることがわかった。「Wall Street Journal」が報じるところによれば、対象となるのは広告なしのプラン。具体的に、いつ、いくら値上げするのかは不明だが、アメリカ、カナダをはじめ、世界の複数の市場で行うつもりだという。

 最近もアメリカではDisney+やDiscovery+など配信各社が広告なしプランの値上げを発表したばかり。そもそも、広告ありプランは価格に敏感な消費者を引き寄せるために導入されたものだが、実は広告から得られる収益は月額料金を安くした分を補っても十分余裕があるほど大きかったため、広告ありプランに切り替えさせようという狙いもあるのかもしれない。

配信各社は利益を出すプレッシャーに頭を悩ませている

 初期の頃にはNetflixに追いつこうととにかく会員数確保に必死だった各社は、市場が成熟してきた今、収益を出さなければというプレッシャーに頭を抱えている。何度かにわたって社員のレイオフも行ったし、Max(旧HBO Max)やDisney+は、赤字計上するため、たとえ巨額の製作費を注ぎ込んだ作品であっても、アクセス数の少ないものをラインナップから外して身軽にした。オリジナル作品を作るに当たっても、過去のように巨額な製作費の見積もりを簡単に承認することはせず、慎重に考えるようになっている。

 そんな状況だから、脚本家組合(WGA)と映画俳優組合(SAG-AFTRA)が、契約更新に向けての交渉の中で出してきた要求を、スタジオと配信会社の代表である全米映画テレビ製作者協会(AMPTP)は撥ね付け、検討もしなかった。とりわけ彼らが問題外としたのは、作品のヒットに応じてレジデュアル(印税、あるいは再使用料)を払って欲しいという要求だ。ほかにも、最低賃金のアップ、AIの規制など争点はいろいろあったものの、最も大きなハードルは、データを公表することを迫られるレジデュアルである。

 しかし、睨めっこが4ヶ月以上も続くとさすがにスタジオと配信会社もただ突っぱねているわけにはいかなくなり、先月にはついにディズニー、ワーナー、ユニバーサル、Netflixのトップが直々に出てきて、WGAの代表と本気で交渉を始めた。その結果、脚本家たちには、来年1月以降に配信開始されるオリジナル作品に関して、最初の90日にアメリカに在住する会員の20%が視聴するヒットになった場合、レジデュアルにボーナスが出ることになったのだ。また、最低賃金も、1年目は5%、2年目は4%、3年目は3.5%アップすることで合意している。

 俳優たちとの交渉でも、AMPTPはレジデュアルに関して、WGAと合意したのと同じ条件を提示していると推測される。しかし最低賃金に関して、SAG-AFTRAは、当初15%のアップを要求し、妥協しても11%まででそれ以上は下げられないと強気な態度を崩さなかったため、脚本家たちと同じ5%、4%、3.5%の条件をあっさり受け入れるとは思えない。ほかにも、SAG-AFTRAが要求していることは多数ある。たとえば、パンデミックですっかり定着した自録りオーディションが撮影するための部屋や機材の用意で俳優たちに経済的負担を増やしているとして、これに関する制限も必要だとしている。

スタジオと配信会社は想定していたより払うことになった

 いずれにしても、スタジオと配信会社にとっては、今までより俳優たちと脚本家への支払いが増えるのは必至だ。AMPTPが当初WGAに提示した(彼らいわく)“寛大な”オファーはこれまでの契約より8,600万ドル上がったものだったのに対し、最終的に合意した条件は2億3,300万ドルだった。脚本家たちに8,600万ドル多く払うことは覚悟していたのだろうが、そのうち脚本家たちが泣きついてくるとたかをくくっていたスタジオと配信会社は、結局、その3倍を払うことになったのだ。そこに、さらに俳優が加わる。しかし、それは当然のこと。脚本家と俳優がいてこそ作品ができるのだから、正しい対価を払うべきである。

 そもそも、安い月額料金は、そこをケチることで設定されていたものだ。なので、消費者には辛いが、ストライキの後、そこが値上げされるのはある程度しかたがないかもしれない。しかし、利益を出すのに苦戦している配信会社が抱える問題は、それだけでは解決しない。多くの消費者にしてみたら全部の配信会社の会員になることは予算的に不可能なので、そのうち各社の合併が始まるだろうとの予測も聞かれる。

“Netflixストライキ”とも呼ばれる今回のハリウッドのストライキは、テクノロジー会社の参入で業界のモデルが崩れ、労働状況や報酬に影響が出たことから起きた。配信の登場で、多くのことが変わったのだ。だが、配信はまだ模索を続けており、ストライキが終わってからも変化は続くだろう。脚本家と俳優が次に契約を更新する3年後、また何か新しく、難しい争点が出てくるだろうか。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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